第78話 潜入

 屋敷を跳びだした二人の少女は、横から叩きつける雨にふらつきながらも、なんとか歩道を走っていた。

 そして、五分もかからないうちに、灰色の高い塀の前までたどり着いた。


「トムがいるのは、この塀の向こうよ!」


 横なぐりの風に負けないよう、ケイトが声を張りあげる。


「え? こんなに近くなの!?」


 目的地があまりに近かったことで、堀田は驚いている。


「ここは、知る人ぞ知る高級住宅地だからね。それより、ここからどうする? あんたのアレは使えないんでしょ?」


 雨粒が垂れるフードの中から、ケイトが堀田の顔色をうかがう。

 

「一刻を争うのよ! アレを使うしかないじゃない! 通行人がこちらを見ていないタイミングを教えて!」


 堀田が使おうとしているのは、彼女に備わる異能だった。

 友人の手を取った彼女は、目を閉じ小声で呪文の詠唱を始める。

 その声が途切れるころ、雨足が強くなり、視界が極端に悪くなった。

  

「今よ!」


 ケイトの合図と同時に、彼女たちの周囲の景色が変わった。

 目の前に広がっているのはよく手入れされた西洋風の庭で、左手には石造りの洋館、右手にはまるでここを守る巨人のように大木が並んでいた。

 二人の背後にあるのは、先ほど前にしていた灰色の石壁だ。

 堀田は、【瞬間移動】で壁を跳びこえたのだ。

 ただ、この異能はただでさえ彼女の体に大きな負荷をかける。ケイトを連れて能力を行使するとなるとなおさらだ。

 

「うっ……」


 足元に膝をついた堀田へ、ケイトが声を掛ける。

 

「そらみなさい! この後、どうするのよ!」


「しょ、しょうがないでしょ! い、急いでるんだから!」


 青い顔でそう言った堀田の腕をケイトが引っぱり、彼女を立たせた。


「もう、無茶しないでよね! 後のことは私に任せなさい!」


 ケイトは堀田の肩を抱えると、洋館へ近づいていく。

 それまで強まっていた雨と風が、少しだけ弱まったてきた。



 ◇


 ストーナン邸の一室では、黒い御影石の台をとり囲むように数多くの蝋燭がゆらめいていた。

 その台の上には、一人の少年が横たわっている。

 その体にかけられた黒いビロードが規則正しく上下しているから、彼がまだ生きていることは分かったが、その顔は紙のように白かった。

 

 少年の額に赤く着色された香油で目のような模様を描きおえたのは、黒いローブを着たストーナン青年だった。

 青年の額には少年と同じ目の模様があり、そこから垂れた赤い雫が、まるで血涙のようにその頬を伝っていた。

 

「苦無君、君の【力】は僕がもらうよ。ただの中学生には過ぎた贈り物ギフトだからね。あの能力は、神に選ばれた僕にこそふさわしいのさ。くくく、やっと本物の力が手に入るぞ! この時をどれほど待ったことか。さあ、僕たちの儀式を始めよう!」


 青年が世界中から集めた異能のデータを研究し創りだした術式は、一人の能力を他人に移しかえるものだった。

 満を持して儀式を行おうとした彼の動きがピタリと止まる。

 ろうそくの灯りだけだった部屋に、赤い光が点滅していた。

 それは、侵入者を知らせる非常灯の灯りだった。   


「ちっ! これからという時に!

 誰か知らないが、大切な儀式の邪魔をした報いは受けてもらうよ」


 ニヤリと笑った青年の顔には、獲物を狙う蛇のような目が光っていた。  

 


 

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