第79話 窮地

 

 緊張した面持ちのケイトは、まだ顔色の優れない堀田の先に立ち、ストーナン邸の一階にたどり着いた。

 一面のガラス張りを通して見える部屋は、応接間のように見える。

 重厚な木のテーブルには、木目の美しい箱とクリスタル製の灰皿が載っていた。

 

 ケイトはためらわず、魔術の詠唱に入る。

 彼女が創りだした火の玉は、分厚いガラスに触れ、その一部を溶かした。


「ガラスが飛びちるわよ! 気をつけて!」


 その声に続けて唱えられた水の魔術によって生じた水玉が、さきほど火で熱せられたガラスに触れた。

 熱せられたところを急に冷やされたのだ。いくらガラスが分厚くてもひとたまりもない。


 バシュン!


 そんな音を立て、放射状にひびが入ったガラスは脆くなり、自重に耐えかね、ばらばらに崩れおちた。


 ガシャーン!


 ケイトたちは、派手に飛びちったガラスの破片に用心しながら、窓枠を乗りこえ屋敷の中へと入った。

 二人の少女は、警報器の電子音が鳴る中、屋敷の奥へ奥へと踏みこんでいく。

 廊下がない造りになっているためか、置いてある家具をよけながら左へそして右へと進んでいくと、やがて左手に両開きの扉が現れた。

 黄金色の扉は、凝った樹木文様が浮き彫りされており、豪華さが強調されていた。

 ケイトが左、堀田が右に立ち、それぞれが扉の取っ手を勢いよく引いた。


「ほははは、やはり君たちか。もしかすると来るかもしれないとは思っていたが、ずい分大胆だね。不法侵入、器物破損などなど。二人とも、もうあの学校にはいられないね」 

 

 黒ローブ姿のストーナン青年が、歓迎するように両手を広げると、まっ白な歯を見せ、からかうように笑う。 


「どこなの! 苦無君はどこ?」


 堀田が大声で尋ねる。

 彼女は、青年の背後、黒い御影石の上に横たわる苦無少年に気づいた。


「く、苦無君!」


 走りよろうとした堀田だが、ストーナンがポケットから取りだしたもので、彼女を止めた。

 それは黒い銃だった。

 

「フィアンセの前で、他の男性の名前を叫ぶのはどうかと思うよ。撃たれて当然だと思うけど」


 堀田は一度足を停めたが、まるで銃が目に入らなかったように苦無へ駆けよろうとする。

 ケイトがその腕を両手でつかんだ。


「行ってはだめ!」


「でも、苦無君が――」


「今は冷静になるのよ!」 


 二人のそんなやり取りを、ストーナンは薄笑いを浮かべ眺めていたが、おもむろにローブへ手を入れるとペットボトルを取りだした。

 透明なボトルには、どうやって入れたのか、大きな蜘蛛が入っていた。 


「ト、トム!」


「僕の周囲をこそこそ嗅ぎまわっていたので捕まえておいたのですよ」


 青年がペットボトルを乱暴に振る。


「や、やめて!」


 人質ならぬ虫質をとられたケイトが、思わず跳びだそうとする。

 今度は堀田が、その二の腕をつかみ彼女を制止した。


「はははは、これは愉快だ! 儀式が済むまで黙って見ているなら、苦無君もこの蜘蛛も無事返すと約束しましょう」


「「くうっ!」」


 ケイトと堀田の声が重なる。

 右手に火の玉を浮かべたストーナンは、その手を横たわる苦無の方へゆっくり伸ばした。


「やめて! わ、わかったわ! どうすればいいの?」

 

「これを着けてもらいましょうか」


 青年はそう言うと、左手に持っていたペットボトルを小脇に抱え、ローブの内側から取りだした手錠を二人の方へ投げた。

 ケイトと堀田は、足元に転がっている合成樹脂製の手錠を手にとると、互いの両手首にそれを掛けた。


「ふふふ、とんだ邪魔が入りましたが、おかげで僕の晴れ舞台を祝福してくれる観客が二人も手に入りましたよ。さあ、舞台の幕を開けましょうか!」


 ストーナンは黒いローブを鮮やかにひるがえすと、横たわる苦無少年の脇に立ち、禍々まがまがしい儀式を再開するのだった。 





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