第75話 違和感(下)

 

「ところで苦無君、私はあるものに興味があってね」


 ボクの向かいに座ったストーナン先生は、そんなことを話しはじめた。


「幼いころからその研究に時間を費やしてきたんだよ。そして、いくつかの力を手に入れた」


 そう言うと、先生は葉巻を挟んだ指をテーブルの上にある灰皿へ向けた。

 さっき使った、長いマッチの軸が、少しずつ立ちあがってくる。 

 やがて、それはほぼ垂直に灰皿から立った。

 先生が指揮者のように葉巻を振ると、それがぱたりと倒れた。


「だが、その力というのは、せいぜいこの程度のものさ。僕は手に入れたいのさ、本当の力というものをね」


 さっきまで自分のことを「私」と呼んでいた先生は、「僕」という言葉をつかうと、まっ白な歯をむき出しにして笑った。その笑顔はどこか不吉な感じがした。


「あ、そうだ! 先生、ホテルのプールにこれ忘れてたでしょ?」


 ボクはあの時からなんとなく持っていた、銀色のネックレスをポケットから取りだした。

 テーブルの上にそれを置くと、ドクロの飾りがカチリと鳴った。

 まるでドクロの歯から音が聞こえたような気がして、ドキリとする。


 ん?

 なんか変だぞ。

 どうしてボクはこんなところにいるんだろう?

 先生の家?

 それは分かるのだけど、どうしてこんな所に来たのだろうか?

 ホテルで会った時、先生の印象は最悪だった。

 そんな人に誘われたのに、なんでのこのこ家にまでついてきたのだろうか。


 なんだか、ここのところ頭にもやがかかっているような気がする。

 なにかがおかしい。


「ふふふ、気がついたようだね。そのネックレスだけど、ブードゥーの呪いがかかっている。身に着けている者の意思や感情をある程度操れるんだよ」


 そんな!

 ポケットに入れていただけなのに!

 テーブルの上にあるドクロの飾りが、よけい禍々しいものに見えてきた。

 二つの黒い目の穴にじっと見つめられているような気がする。


「ボク、帰ります!」


 立ちあがろうとしたが、足がもつれてソファーの背を抱えるような姿勢で倒れてしまった。


「な、なにを……」


 しゃべろうとしたが、舌がうまく動かなくなり言葉が途切れてしまう。

 

「君がさっき飲んだジュースに少し細工したのさ。さあ、僕の実験につきあってもらうよ」


 近づいてくる青い目と白い歯が、幾重にも重なって見える。

 ボクは、乗り物酔いのような感覚に呑みこまれていった。

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