第74話 違和感(上)
ボクは午後の授業に出ないまま、公園の周りをぶらぶらして時間をつぶした。
学校の方から放課後のチャイムが聞こえてくると、ストーナン先生との約束通り公園のベンチに戻った。
ブロロロロン
お腹に響くような音がして、公園の横に真紅の車が停まる。
一般の車より屋根が低いその車のドアが、鳥の翼みたいに斜め上に開いた。
サングラスをかけた先生が車から降りてきて手招きする。
ボクは公園のフェンスを乗りこえ、車に乗りこんだ。
「シートベルトを締めて」
そう言われたが、ウチの車とシートベルトの仕組みが違って戸惑っていると、先生が手伝ってくれた。
シートは思ったより後ろに傾いていて、飛行機のファーストクラスに乗った時のことを思いだした。
体全体に響くエンジンの低音が心地よい。
車は、はじかれたように走りだした。
高速に入った車は、わりと混雑している道を縫うように進んでいく。
一般道に降りた車は、各国の大使館が並ぶ区画に入っていった。
以前、ケイトさんのお見舞いに来た辺りだ。
車が道から歩道を乗りこえ、石壁へ近づくと、その石壁の一部が下に降り、四角い入り口が現れた。
そこからオレンジ色の灯りが漏れてくる。
その入り口から入った車は、曲線を描くスロープを降り、地下駐車場へ入った。
車二台分は停められるほどの広い駐車スペースがいくつかある。
「さあ、着いたよ」
ストーナン先生は、長い足をひらめかせ、鮮やかに車から降りた。
ボクは慣れないシートベルトを外すのに悪戦苦闘し、やっと車の外へ出た。
「こちらだよ」
先生が壁の木製扉に近づくと、それは左右に分かれ、壁に引きこまれた。
四畳半ほどの部屋が現れる。
「?」
先生の後について部屋に入ると、扉が閉まった。
「えっ? これ、エレベーター?」
「まあ、そうだね」
個人の家にエレベーターがあるって、凄い事じゃないかな。
でも、扉が開くともっと驚いた。
目の前には広い部屋があり、見たこともない形のソファーが置かれていた。大きな窓の外には木々の緑が広がっている。
足元にはフカフカの茶色い絨毯が敷かれていた。
「……」
「苦無君、わが家へようこそ。といっても、東京での仮住まいなんだけどね」
以前ケイトさんをお見舞いした時、すごい家に住んでると思ったけれど、ここはそれ以上だった。
「さあ、そこに座って」
先生に言われ、ソファーに腰かける。
見まわすと、部屋はまだ奥へと続いているようだが、そこにはおしゃれな棚が置いてあり、その向こうまで見通せなかった。
目の前にあるどっしりしたテーブルの上には、磨かれた木のケースとガラスの灰皿、みたことのない道具が置いてあった。
テレビはないようだ。
奥に消えていた先生が、Yシャツとスラックスだけの姿になって戻ってきた。
「さあ、どうぞ」
彼がテーブルに置いたお盆には、グラスが載っていて、黒い炭酸飲料が満たされていた。
この部屋にそんな庶民的な飲みものがあるのが不思議だった。
「これ、いいかな?」
先生が、テーブルの上にある木箱を指さす。
ボクがよく分からないままうなずくと、彼はその箱を開けた。
箱の中には紺色のビロードが張られており、大人の指ほどの茶色い筒のようなものが並んでいた。
先生は慣れた手つきでそれを一本取りあげると、置いてあった道具でその片端を切った。
彼はその筒を口にくわえると、普通の五倍はありそうな長いマッチで切り口に火をつけた。
「葉巻が好きでね。よく吸うんだ」
茶色い筒は、葉巻だったらしい。
ふくよかな香りが立ちこめるが、タバコのにおいが苦手なボクはむせてしまった。
「ゴホゴホッ」
先生は、そんなボクに向けて、葉巻の煙を吹きつけた。
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