第73話 誘い

 保健室を後にしたボクは、気がつくと学校近くの公園にいた。

 隅の方にあるベンチの前には、ぱらぱら夏草が生えている。

 強い風で揺れる緑の葉は、まるで自分の心を表しているようだった。

 上を見ると灰色の雲がうねりながら流れていく。

  

 堀田さんは【力】が目的でボクに近づいてきたって言ったけど、その意味が分からない。

 だって、母さんたちと違ってボクの【力】は、自分の意思で使うことはできないから。

 いつも勝手に発動してしまう【力】に、いったいなんの価値があるんだろう。

 こんなことなら、そんな能力、最初から無ければよかったんだ。

 ボクは膝に肘をつき、頭を抱えてしまった。


「おやおや、放課後でもないのに、こんなところでナニをしてるのかな?」


 灰色のスラックスと、磨かれた茶色い革靴が視界に入ってきた。

 顔を上げると、そこに立っているのはストーナン先生だった。


「先生たちが心配していたよ。もう午後の授業が始まってるからね」


「……先生もボクの能力に興味があるんですか?」


「能力? なんのことだい? なにか得意なことでもあるのかい?」


 ボクの質問に答える先生は、正直に答えているようだった。


「いえ、いいです」


 いつのまにか、先生がボクの横に座っていた。

 立ちあがろうとするボクの肩に彼が触れると、なぜか力が抜けて、ぺたりとベンチに座ることになった。

 

「いやあ、東京は蒸し暑いねえ」


 キザな感じに足を組んだ彼が自身の顔に向け手のひらをパタパタ振ると、こちらにまで涼しい風が吹いてきた。

 もしかして、今のは能力?


「そうだ。君は伊能さん、いや、堀田さんと親しいみたいだね」


「……」


「彼女が私の婚約者だということは、もう言ったよね? 放課後、そのことで君に相談があるんだ。一緒に来てくれないかな?」


「どうしてボクなんですか?」


「私がただ誘っても、どうせ君は来てくれないだろう? 共通ののためになら来てくれるよね?」


「……」


「君は友人が危険にさらされているのを捨ててなんかおけないはずだよ。うん、絶対に放ってはおけないはずだ。じゃあ、放課後、ここで待ってるから」


「あ、ちょ、ちょっと、危険って……」


 ストーナン先生は、まっ白い歯をキラリと見せると、背中を向け去っていった。 

 ベンチにとり残されたボクは、なんだかぼうっとしたままつぶやいていた。


「……友達……捨てられない」


 一瞬、頭の隅に違和感が浮かんできたが、それも霞がかかったような意識に溶けて消えた。

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