第63話 結婚式
ここはロンドン郊外。緑に囲まれた小さな教会で、聖子とひろしの結婚式が行われようとしていた。
いつもは、わざと目立たない格好をしている聖子だが、この日は本来の美しさをとりもどしていた。
「母さん、本気になるとマジ綺麗! いつも、そんな感じにすればいいのに!」
白いレースを重ねたウエディングドレスの聖子にスマホを向け、ひかるが興奮した声を上げる。
「ひかる、写真を撮るのはいいけど、もうその辺で勘弁してくれない? みんながこっちを見てるわよ」
最初は微笑みを浮かべ母娘を見守っていた教会の関係者も、それが三十分以上も続いた今では、迷惑そうな顔をしている。
「一生に一度のことなんだから、ここはワガママ言っていいのよ!」
妙に自信たっぷりに言い、ひかるがスマホを構える。
さすがに、しびれを切らした神父が奥から出てきて、式の開始を告げた。
聖子とひろしが、間にひかるを挟んで、バージンロードを歩きだそうとしたとき、教会の扉が勢いよく開いた。
「はあ、はあ、ま、間に合った?」
駆けこんできたのは、Tシャツにジーンズ姿の苦無少年だった。
その後ろから、カジュアルな格好をした堀田とケイトが入ってきた。
「おばさま……すごく綺麗です!」
乱れた長い黒髪を整えながら、堀田が花嫁へ賞賛をおくる。
「おじさま、カッコいいですわ」
着慣れないタキシードの首元を気にしているひろしに、ケイトが声をかける。
二人の少女はバージンロードの両側にある木の長椅子に、左右別れて座った。
ひかるがひろしと、苦無が聖子と腕を組み、バージンロードを歩く。
前で待つ牧師のところまで両親を連れていった姉弟は、下がってきて苦無が堀田と、ひかるがケイトと、それぞれ並んで座った。
オルガンの音が鳴り、結婚式の決まり事が始まると、ひかるは涙を浮かべ、苦無は微笑んで式の進行を見守った。
◇
式が終わり、聖子、ひかる、ひろしが貸しだされていた礼服から自分たちの服へ着替えると、六人は教会を出て近くのカフェに立ちよった。
この日はそれほど暑くなかったので、オープンテラスに座った彼らは、好みの飲み物を注文すると、にぎやかな会話を始めた。
「ふー、指輪交換、見てるだけで緊張したー!」
「ひかる、なんであんたが緊張するのよ」
「苦無、よく来てくれたな」
「うん、式に間にあってよかったよ。エディンバラからの列車が遅れたから、ほんとギリギリだったんだ」
「おばさま、おじさま、こんな格好で式に出てすみません」
「いいのよ、堀田さん、そんなこと気にしなくて。参加してくれただけで、私たちは嬉しいわ」
「素敵な結婚式でしたわ! 私もきっといつか――」
「ん? ケイトちゃんって、あんな結婚式がやってみたいの? ねえ、相手がいるの? どんな人?」
「姉さん、ケイトさんが困ってるよ」
「でも、お母様は、どうしていつも地味な格好をしていらしゃるんです?」
「あれ? ケイトさん、ウチの母さんと会ったことあったっけ?」
「い、いえ、それは、その……」
「ケイトちゃん、母さんはね、ある意味有名人なの。おしゃれなんかして街を歩いたら、熱狂的なファンが群がっちゃうのよ」
「そ、そうなんですか……」
「そういえば、苦無、知ってるかい? 今朝のニュースで見たんだけど、スコットランドで、あんたくらいの年の、東洋人の少年が保護されたんだって」
「……へえ、保護ってどうして?」
「なんでも、記憶を失ってるらしいんだよ。多分、日本人じゃないかって話なんだけど。そのニュース見た時にゃ、それがあんたじゃないかって、あたしゃ寿命が縮んだよ」
「……心配してくれてありがとう」
苦無はケイト、堀田の二人と視線を交わしたが、聖子たちがそれに気づくことはなかった。
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