第58話 望まぬ再会
森の中を歩きはじめて一時間以上たった。
さすがに疲れがたまってきたけど、野犬らしきものが追ってきているから足を止めることはできない。
堀田さんとケイトは、ふらつきながらもなんとか前に足をだそうとしているが、大きく肩で息をしている。
このままだと、野犬に追いつかれるのも時間の問題だろう。
ただ、少しおかしいと思うのは、野犬ならばボクたちの匂いをたどって、簡単に追いつくと思うのだが、時々聞こえてくる背後の唸り声は、左や右に方向がぶれている気がする。
そのために、まだ追いつかれていないのだから、不満に思うのもおかしいのだが、もしかすると、追ってきているのは、野犬ではないのかもしれない。
「きゃっ!」
堀田さんが声を上げ、前を行く二人が停まった。
「どうしたの?」
近づいてみると、ケイトさんと堀田さんが立っているところから先は、崖とまではいわないが、かなり急な斜面となっていた。
斜めになった枯れ木が何本か、その斜面につき刺さるように立っている。
「少し向こうに降りる場所があるわ!」
ケイトさんは、かすれた声で言いながら、もう右の方へ駆けだしている。
「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ!」
堀田さんがその後を追い、ボクもそれに続いた。
水の流れが削ったのだろう、急斜面の一部が、えぐれたようになっており、その溝のようなくぼみに、ケイトが入っていく。
くぼみは、両手を開くとちょうど土の壁に届くほどの幅で、足元が凸凹しているぶん、かえって降りやすい。
ボクたち三人は、それほどかからず急斜面を降りきることができた。
「グルルルルゥ」
背後からあの唸り声がする。
ボクたちが振りかえると、斜面の上、さっきぼくたちが足を停めたあたりに、人影が見えた。
灰色の迷彩服を着ているその人物は、小柄に見えた。
顔は泥や落ち葉で汚れ、人相までは分からない。
それでも、その黒い髪の毛が、東洋人の特徴を示していた。
「グルルゥ」
短い唸り声は、確かにその人物の口から洩れていた。
彼、あるいは、彼女は、くるりと後ろを向くと、姿を消した。
よかった、ボクたちを追うのは、諦めてくれたようだ。
その考えは、すぐ信じられないような現実によって否定された。
斜面の上からこちらに向け、灰色の影が飛びだしたのだ。
姿が消えたのは、助走をつけるためだったのか!
だけど、あんな高さから落ちれば無事では――。
ザンッ
ボクたちを跳びこえたその人物は、落ち葉に覆われた地面を深くえぐり着地した。
あんな高さから落ちたのに、まるで平気な様子だ。
はね飛ばされた土が、周囲に広がる。
それはボクたちのところにも、飛んできた。
「ぺっぺっ! 口に入ったじゃない!」
ケイトさんは、そんなことを言っているが、堀田さんはブルブル震えながらその人を指さした。
「さ、佐藤君!?」
土で汚れたその顔は、言われてみれば、確かに佐藤君のようだった。
だけど、その目はまっ赤で、口からは尖った二本の犬歯が見えていた。
片方の犬歯がそのあごの上あたりに刺さっており、そこから深紅の血がたらりと流れおちる。
「ゲ、ゲイド……」
その口が開き、出てきた言葉はケイトさんの名前だった。
「ひぃっ!」
赤い目で見つめられたケイトさんが、二歩三歩と後ろへ下がる。
佐藤君は、そんな彼女の方へ足を踏みだした。
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