第54話 王子様と囚われの姫君(4)
翌朝はいつもより早く目が覚めた。
柔らかすぎるベッドと、変な夢を見たせいかもしれない。
夢の中で、ケイトさんは大きなコウモリに追われていて、ボクは必死にそれを助けようとするのだが、どうしても足が前に進まない。コウモリが鋭い牙をケイトさんに突きたてようとしたとき、ちょうど目が覚めたのだ。
窓の外は白っぽい朝の光に満ちていて、深い青色に染まった空は、ここが日本ではないことを教えてくれる。
その空の下には、重なりあった緩やかな荒れ地の起伏が続いている。
堀田さんは、昨日メモで、ケイトさんが近くにいると教えてくれたけど、近くに建物らしいものが見えないことを考えると、この屋敷のどこかにいるのかもしれない。
そんなことを考えていると、ノックの音がして堀田さんが入ってきた。
彼女は、ここに来たとき着ていた、空色のTシャツに青色のパーカー、ジーンズという格好だった。
ピンクのスニーカーは、今日もたくさん歩く予定だからだろう。
堀田さんは、いつになく真剣な表情だった。
「苦無君、すぐにここを出るわよ」
「えっ? まだ朝の五時だよ」
「でも、もう充分明るいでしょ。ケイトのところに行かなくちゃ」
「え? ケイトさん、この屋敷にいるんじゃないの?」
「きっと違うわ。あの子がいる場所に心当たりがあるの」
「じゃあ、すぐに用意するね」
「虫よけ塗ってた方がいいよ」
「うん、分かった」
堀田さんが部屋から出ていくと、ボクは急いでシャワーを浴び、服を着替えた。
ベッドを整えてから、デイパックを背負い部屋を出る。
隣の部屋の扉が開き、堀田さんが出てきた。
彼女は黒髪をポニーテールにまとめていた。
「さあ、行きましょう」
彼女はボクの手を引き、広い階段を降りる。
通りかかったメイドさんに、英語で話しかけた。
散歩してくる、って言ってるみたい。
ボクたちは、屋敷を出ると門の所へ急いだ。
近づくと金属製の黒い扉がすうっと開く。
さっきのメイドさんが、開けてくれたのだろう。
ボクたちは、昨日タクシーで来た道を歩きだした。
しばらく歩くと、道の左右に木立が現れる。
堀田さんはボクの手を離すと、いきなり右の木立に走りこんだ。
慌ててその後を追いかける。
白っぽい木々が並ぶ木立は、枯れ枝が落ちていたりするが、思ったより歩きやすかった。
堀田さんは、ときどき進路に現れる木をかわしながら、道なき道をどんどん進んでいく。
彼女、体育は苦手なはずだけど、こういうことには慣れているみたいだね。
やがて、木立の切れ目で彼女が立ちどまる。
木の幹に手を着き、その後ろに隠れるように向こうを見ている。
広がる荒れ地の起伏から、円錐形の屋根が見えていた。
塔?
でも、部屋からは見えてなかったよね。
「ケイトは、たぶんあそこにいると思う」
目の前で揺れているポニーテールの向こうから、そんな声がした。
「あれ塔でしょ? あんなところにいるの?」
「ええ、あそこはブリッジス家の子供が悪さすると、閉じこめられる場所だそうです」
「えっ!? なんでそんなことを?」
「古い家の因習は、外の人間には理解できないものなんです」
振りむいた堀田さんの顔は、なんだか苦しそうだった。
「昨日、マイケルが言ったこと覚えてますか?」
「ええと、マイケルって?」
「夕食で、私たちの向かいに座ってた人です」
「ああ、あの人か」
「彼が言った言葉、覚えてますか?」
「うーん、正直よく聞いてなかったかな」
そういえば、「イノウ」って言ってたかな。なんだろう、あれ? 誰かの名前だろうか?
「そうですか……いえ、いいんです。
ケイトを救いだせたら、その時――」
クゥオオオオーン
木立の向こう、背後から、なにかの声が聞こえてきた。
狼だろうか?
「さあ、行きましょう!」
堀田さんは、頭を下げた姿勢で、荒れ地の草むらに走りこんだ。
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