第53話 王子様と囚われの姫君(3)


 堀田さんとボクは、グレイシャー邸の二階にある、別々の部屋を割りあてられた。

 部屋は十二畳ほどもあり、大きなベッドと机があった。

 広さの割には小さな、縦長の窓が二つ、部屋の壁と等間隔に並んでいた。

 ワードローブを探していると、トイレと猫足の浴槽が置かれた部屋との間に、ウォクーインクローゼットがあった。

 クローゼットが、ウチにあるボクの部屋と同じくらいの広さで、ちょっと悲しくなってしまった。


 遠慮がちなノックの音がしたのでドアを開けると、素早い動きで堀田さんが入ってきた。

 手にはメモ帳を持っている。

 彼女は、なぜか開いたページを左手で覆うようにして、ペンで文字を書きこんだ。

 目の前に突きだされたメモ帳には、やけに小さな字で次のような言葉が書いてあった。

 

「盗聴、盗撮の恐れあり。スマホ×。ケイトは近くにいる」


 ◇


 堀田さんが自分の部屋に帰ってしばらくすると、中年のメイドさんが部屋まで呼びにきた。 

 英語が聞きとりにくかったけど、夕食ができたと知らせに来たのだと思う。

 彼女に案内され、一階の広間へと入る。

 広い長方形の部屋には、黒い大型のテーブルが置かれ、そこにはすでに四人が座っていた。

 それぞれの前には、すでに小さな丸皿に載った料理とナイフやフォークが並んでいた。

 

 テーブルの一番奥には、がっちりした体格の老人が座っていた。

 飾りのついた白いシャツの上に、渋い茶色のブレザーを着ている。

 家の中で着るには、堅苦しいかっこうだけど、威厳のある白人の老人には似合ってた。

 立派な白い口髭が動き、腹に響くような分厚く低い声がした。


「どうぞ、座ってください」


 老人の英語を日本語にしてくれたのは、ケイトの姉であるローズさんだった。

 髪を後ろで緩く束ねた彼女は、ミルク色の地に草花が散らしてあるドレスを着ていた。


 彼女の左には、紺色のブレザーを着た、大柄な白人の青年が座っていた。

 彼のニヤニヤ笑いを見て、どこかで見たことがあると思ったら、ケイトさんのお見舞いに行った時、廊下ですれ違った人だった。

  

 執事っぽい若者に椅子を引かれ座った横には、堀田さんが座っていた。

 薄いピンク色のドレスに着替えた彼女は、ボクの方を見ると微笑んだ。


「苦無君だったな。ようこそ、グレイシャー邸へ。ワシはブライアン=ブリッジス、ケイトの祖父だ。君を歓迎するよ」


 ローズさんが老人の言葉を訳してくれた。

 老人の言葉を合図に、夕食が始まった。 

 屋敷に入る時、ボクたちを出迎えてくれた初老の執事さんが、グラスにワインを注でまわる。

 ボクと堀田さんには、メイドさんが黄金色の飲み物を出してくれた。

 口をつけてみると、炭酸が入ったリンゴジュースのようだ。

 

「苦無君は、中学生だったな。学校ではどんな勉強をしているんだい?」


 ケイトのおじいさんは、ボクにいろんなことを尋ねた。

 なぜか、おじいさんと通訳してくれるローズさんを除くと誰も話さない。

 気になったのは、おじいさんが堀田さんのことを無視しているようなのだ。

 ただ、堀田さんは、そんなこと全く気にしていないようで、黙々と食事をしていた。

 いろんな料理が次々に運ばれてきたが、息が詰まるような雰囲気に、なんだか食べたような気がしなかった。

 食事の皿が片づけられると、お茶が出されたが、その時になってやっと青年が口を開いた。


「どうしてイノウの娘が来てるんだ?」


 わざわざ日本語で発せられたその言葉を聞いて、堀田さんがびくっと震えた。 

 

「お前なぞ、誰も招待していないはずだが」


 口を歪め、そんなことを言う彼を、ローズさんがたしなめた。


「マイケル、お行儀が悪いわよ。ぴょんちゃん、ごめんなさいね。この子、いつまでたっても大人になれないの」


 顔を赤くした青年がローズさんに向かって英語で何か言ったけど、それは速すぎてボクには聞きとれなかった。


 くつろげたとは到底言いがたい食事がやっと終わった。

 だけど、ケイトのおじいさんがボクを見る目つき、なんだか怖かったなあ。

 顔は笑っていても、視線はずっと冷たいままなんだもん。 

 なんだか、置物を見るような感じだった。

 ただの気のせいかもしれないけど。

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