第52話 王子様と囚われの姫君(2)

 石造りの門にたどりついたのは、木立の中を一時間ほど歩いた後だった。

 途中、堀田さんもボクも黙っていたから、よけいに長く感じられた。

 だけど、この家、タクシーを降りたところから私有地が始まっているなら、とんでもない広さだ。


 石を積みあげた二本の柱が不愛想な黒い金属の壁を挟んで立っている。

 ボクは日本でお見舞いに行った、ケイトの屋敷を思いだした。

 あそこの門も、やっぱり人を寄せつけない感じだった。


 堀田さんは、左の石柱へ手を伸ばすと、その一部を押した。

 するとその一部が、ぱかりと開き、ディスプレイが姿を現した。

 彼女はためらいなくそれに触れた。

 ディスプレイには、痩せた初老の男性が映った。

 話しかけてきた男性に、堀田さんが早口の英語で答えると、扉の黒い鉄板が真ん中で割れ、音もなく内側へ開いた。

 

 紫がかった茶色の石でできた三階建ての屋敷まで、さらに十分ほど歩いた。

 そこへ続く歩道は、緩やかな曲線を描いており、どこか日本の気配がした。

 屋敷の前には、初老の男性が立っていたが、それは門のところでディスプレイに映った人物だった。

 堀田さんは堂々とした態度で彼と二言三言言葉を交わすと、こちらをチラリと見てから、ちょうど出てきたメイドさんが開いたドアから屋敷に入った。

 

 中は心地よい室温に保たれており、濃い赤の絨毯が目に鮮やかだった。

 堀田さんが執事だと教えてくれた先ほどの男性が、ボクたちをソファーが並べられた広い部屋まで案内してくれた。

 窓の外には、よく整えられた西洋風の庭が広がっていた。


「まあまあまあ、よく来たわねえ!」


 左手壁にあるドアがこちらへ開き、若い女性が話す日本語が聞こえた。

 声の後から入ってきたのは、ケイトの姉ローズだった。

 濃紺のメイド服を着た、小柄な中年の女性を後ろに従えている。


「よく、こんなに遠くまで」


「こんにちは、ローズさん。お招きもなくうかがってもうしわけありません。ケイトとの約束がありまして」


 堀田さんは、悪びれもせず嘘をついた。


「とにかく座ってくださいな。疲れたでしょう。元気になるハーブティーでも入れますわ」


 ボクたちは、窓を右手に二人並んでローズさんの向かいに座った。

 

「お久しぶりです」


「苦無君も、よく来てくれたわ。ケイトがいれば喜ぶんでしょうけど」


 そう言いながら、ローズさんは肩をすくめて見せた。


「ケイトさんは、ここにいらっしゃらないんですか?」


 思わず身を乗りだし尋ねたボクに、ローズさんは優しい笑顔を見せた。


「ええ、彼女は祖父から言われた仕事に出かけてるの」


「……そうですか」


 もしかして、東京にいた時、空港からかかってきたケイトの電話はなにかの間違いだったのだろうか。

 あれが本当にあったことなら、彼女はなぜボクに助けを求めたのだろう?


「苦無君、どうしました?」


 ローズさんから声をかけられ、物思いから覚めたボクは、はっとした。

 テーブルには、いつの間にか白地に小さな花をあしらった瀟洒なポットや、同じ柄の砂糖入れ、マーマレードや蜂蜜、白いクリームが入った小さな入れ物、色違いのスコーンが載った平皿、そして同じく花柄のカップとソーサーが並んでいた。


「冷めないうちにどうぞ」


 おそらく値の張る紅茶なのだろう。しかし、ケイトさんのことが気になるボクには、その味が分からなかった。


「ローズさん、ケイトは本当にいないんですか?」


 堀田さんは、初めて聞く不愛想な声でそう言った。

 そんなことを言われても穏やかな微笑みをうかべているローズさんと、厳しい顔の堀田さんとは好対照だった。


「ええ、本当にいないわ。にはね」


 ローズさんは堀田さんの質問に答えると、なぜかウインクした。

 

「そうですか……。あの、お願いがあるんですが。今日はもう遅いし、長旅で疲れているから、ここに泊まらせてもらっていいですか?」


 窓の外、まだ明るい庭を指さし言った堀田さんのお願いに、ローズさんは、おおらかな笑顔で答えた。


「もちろんよ! おじい様にも、あなたたちを紹介したいし。お茶が終わったら、お部屋に案内するわ」  


「「ありがとうございます」」


 堀田さんとボクの声が重なると、ローズさんが満足げに頷いた。

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