第51話 王子様と囚われの姫君(1)
市街地を走っていたタクシーが、やがて丘陵地帯へとさしかかると、周囲は自然が増えてきた。
道路沿いに生えている木々の向こうには、低木の緑と枯れ草の茶色が混ざった、寒々しい荒れ地のような風景が広がっている。
それは、ロンドンから来るとき目にした、牧歌的な景色とは対照的だった。
やがて、左手に木立が見えてくると、タクシーはそこへ続く脇道へと入っいった。
白い木の幹を左右に見ながら、二車線の道を十分ほど走ると、石造りの門が見えてきた。
堀田さんが運転手さんと言葉を交わし、車が停まる。
僕らはタクシーを降りた。
鼻の大きな運転手さんは、半分開けた窓越しになにか大声で一言二言ボクらに声をかけたが、スコットランド訛りが強いせいか何を言っているのかまるで分らなかった。
遠ざかるテールランプを見ていると、急に心細くなる。
こんな所まで来ちゃったけど、帰りはどうするんだろう?
道はボクの胸の辺りまでしかないフェンスでふさがれており、そこにはめられた金属版には、白いペンキで何か書かれていた。
「『ここから私有地』とは、ブリッジス家らしい愛想のない看板ですわ」
堀田さんは、顔にかかった黒髪を手で払いながら言ったが、その口調にはどこか軽蔑したような感じがあった。
そして、細い手でフェンスの留め金を外すと、開けた隙間がからためらいなく向こうへ入った。
「これ、入ってもいいの?」
ボクが彼女の後からフェンスを通りぬけると、堀田さんは質問に答えるかわりにフェンスを閉じ、隙間から手を伸ばし留め金をかけた。
「さあ、行きましょう」
ボクの手を取った彼女は、力強い足どりで、木立の中に続く道を歩きはじめた。
◇
ケイトの兄、マイケル=ブリッジスは、グレイシャー邸の一室でモニターを見ていた。明かりもつけていな小部屋は、モニターの光で薄暗く照らされていた。
画面には、長い黒髪の少女が私道へのフェンスを開ける様子が写っていた。
椅子のせもたれにふんぞりかえった大柄の青年は、どこか楽しそうだった。
「ふふふ、自分から罠に飛びこんでくるとはな。問題は、いつヤツをけしかけるかだな」
大柄な青年は、角ばったあごを撫でると、唇の片端をきゅっと吊りあげた。
そこに浮かんだのは笑顔というにはあまりに邪悪な表情だった。
「もうすぐお別れだよ、ケイト」
歪んだ唇からそんな声が洩れたが、それを聞くものは誰もいなかった。
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