第48話 ベッドと塔

 ホテルの人に案内されたのは、ホテル最上階だった。

 従業員のお兄さんは、制服の下にスカートではなく普通のスラックスをはいていた。

 なんか、それだけで落ちつく感じがする。


「本日お泊りのお部屋はこちら、クラッシックスイートでございます」


 え!? この人、日本語話してる!

 まさかスコットランドまで来て、日本語を聞くことになるとは……。

 そして、そんなことより……。 


「な、なに、この部屋!?」


 なんか、見えてるところだけで、すごく広い。

 そして、豪華だけど落ちついた雰囲気だ。

 地味な色づかいが、かえって高級感を高めていた。


「なにかお困りの際は内線の一番をどうぞ」


 お兄さんは、トレーラーから下ろした堀田さんとボクのスーツケースを部屋に運び込むと、お辞儀をして出ていった。


「ねえ、堀田さん、ここって高いんじゃない?」


「ふふふ、苦無君は気にしなくていいんですよ」


 堀田さんは、いつもと違いやけに大人びて見えた。

 部屋は中央に書斎までついていて、窓からはお城のようなものをいただく丘が見えていた。

 

「カールトン・ヒルですよ。あそこからの眺めは絶景なんです」


 堀田さんは、どこか遠い目をしてそう言った。あの丘に登ったことがあるのだろう。

 部屋をチェックしていたボクは、あることに気づいた。


「堀田さん、この部屋、ベッドが一つしかないよ」


 クイーンサイズより一回り大きそうなベッドが、寝室の中央に一つ置かれてある。

 ヘッドボードの前には、枕が二つ並べてあった。


「一緒に寝ればいいじゃないですか」


「さ、さすがにそれはダメじゃない?」


「苦無君は、私と一緒だと気になりますか?」


「いやいやいや、そんな問題じゃないんじゃない? ボクは向こうにあったソファーで寝るよ」


「……やっぱり、私と一緒じゃ嫌なんですね?」


 あー、堀田さんが涙目になっちゃってる。


「と、とにかく、堀田さんはくつろげる服に着替えるといいよ。ボクは食事までその辺を散歩してくるから」


「あ、苦無く――」


 堀田さんがなにか言う前に廊下へと脱出した。


 ◇ 


 エディンバラから西へ百キロ、グラスゴーがあるストラスクライド地方まであと少しの場所に古めかしい石造りの館があった。

 芸術といえるほど庭師が手を掛けた庭に囲まれた館、その一階奥の部屋にローズが顔を出した。

 

「おじい様、そろそろ窓を閉めないと冷えますわ」


 夕日差す窓際に立ち、パイクをくわえ外を眺めている老人のところへつかつかと歩みよると、彼女は開けはなたれていた二重窓を閉めた。

 

「年寄あつかいするなと言ってあるだろう」


 パイプを口からはなし、出てきた言葉自体はきつかったが、その口調は愛する孫への優しさがあふれていた。

 彼がそのような態度をとる相手は、ローズただ一人だ。

 皮肉にも弟や妹とちがい、魔術の才能がなかった彼女は、祖父の愛情を一身に受けているように周囲から思われていた。


「それより、例の少年はどうなっている」


「はい、計画通り、エディンバラまで来ておりますわ」


「ふむ。ローズ、お前に魔術の才能さえあればと、つくづく思うぞ」


「ふふふ、それは言っても詮無きことですわ、おじい様」


「とにかく少年は、なんとしてもこの家に取りこまなければならん。それを何よりも優先せい」


「分かっておりますわ、おじい様。それよりケイトはどうしましょう?」


「あの少年が調査通りの性格なら、そして、お前の言うたとおり、すでにエディンバラまで来ておるなら、ケイトは彼へのよい餌になるだろう」


 実の孫娘を「餌」と呼ぶことに、彼は全く躊躇がなかった。

 ローズは窓からその先端だけが見える尖塔に目をやった。

 そこにケイトが閉じめられているのだ。


(お願い苦無君、あの子を救ってやって)


 彼女は祖父から見えない位置で、手を合わせ奇跡を祈るのだった。

 

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