第42話 ひかるの準備

 都立ながら学力が高いことで知られる『城西高校』は、大きな公園を背にしている。

 公園は地域の人々の憩いの場であり、この学校の生徒たちにとっては通学路やデートスポットとなっていた。

 その一角、池のほとりに学生服姿の男女が座っていた。

 背の高い男子はよく日焼けし、スポーツで引きしまった体をしており、時おりのぞく歯が嫌味なほど白かった。

 隣に座るセーラー服姿の女子生徒は、肩までのさらりとした髪と整った顔立ちで、芸能人でもちょっと見られないほどの美人だった。


「なあ、ひかる、例の旅行、一緒に行ってくれるんだろう?」


 男子生徒の声には、相手の気持ちをうかがうような調子があった。


「あー、あれね、行かないことにした」


「なっ、なんでだよ! お前、海、楽しみにしてたじゃないか!」


 男子がひかるとの距離を詰めようとしたが、彼女は手で彼の肩を押し、それを避けた。

 

「太田、あんた、私に嘘ついてたでしょ」


「う、嘘ってなんだよ!」


「伊豆の別荘? そこに行くの私だけじゃない」


「……いや、ケイやコータも誘うには誘ったんだよ! だけど、あいつら忙しいって――」


「言い訳なんて、みっともないわよ! はっきり言っておく。私、あんたのこと友達としてしか見てないから」


 木で鼻をくくったようなひかるの言葉に、男子生徒の声が大きくなる。


「なっ、なんでそんなこと言うんだよ! ずっと一緒に遊んでたじゃないか!」


「うーん、どっちかというと暇つぶしね。普通の高校生がしてること、ちょっと興味あったの」


 そう言ったひかるは、あっけらかんとした表情だった。


「なっ……そんな言い方ないだろう! じゃあ、俺たちって、お前に利用されてただけなのかよ!」


「あんた、よくそんなこと言うわね。私の体が目当てで、親の別荘に連れこもうと計画してたくせに」


 再び詰めよろうとした男子生徒は、ひかるの冷たい視線によって動けなくなった。


「ぐっ! そ、そんなこと考えてねえよ!」


 少年の顔が醜く歪む。


「私ね、家族でイギリスに旅行するんだ」


「海に行かないのはそれが原因かよ!」


「ちょっと、顔近づけないでね。前から言おうと思ってたけど、あんた息が臭いよ。それから、海へ行かない理由はもうさっき言ったでしょ」


「と、友達とは旅行できないのに、家族とはするのかよ!」


「そうよ。それに、こんどの旅行は、苦無にとってすごく大切なものなの。応援してやりたいのよ」


「弟と俺、どっちが大事なんだよ!」


「……はっきり言ってもらいたいの? 弟に決まってるじゃない。あんた、どこまで馬鹿なの?」


「ぐぅっ! お、覚えてろよ! お前の弟にも――」


 プツン


 男子生徒は急に口を押え、ベンチの前で体を丸めた。

 立ちあがったひかるが、ぴくぴくと震えている彼を、ガラスのような目で見下ろしている。


「苦無に何かしようと思うなら覚悟することね。まあ、あんたみないな雑魚には、なんにもできないでしょうけど」


 美少女は、何事もなかったようにその場を立ちさった。

 犬の散歩に来ていた年配の男性が、倒れている少年を見つけ、彼のところへ駆けよる。

 

「おい、君! 大丈夫か! どうした!?」


 男性が少年の肩をつかみ、その背中がベンチにもたれかかるようにする。


「がはっ!」


 少年は、なにか黒いものを口から吐きだした。


「なっ、なんだこりゃ!?」


 荒い息をする少年の膝には、黒い毛玉が転がっていた。



毛根もうこん把握】 

 切田きれた家の長女ひかるが持つ異能。特定人物、特定部位に生える毛の伸長を自在にコントロールできる。発動条件は、強い感情の発露。






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