第31話 誤算

 

 ドロドロした気持ちを抱えたまま、佐藤少年は闇の中を足早に歩いていた。

 丘の斜面に生えた灌木や草につかまりながら、石段から遠ざかる。 

 手ごたえはあった。

 苦無とケイトには、石が当たったはずだ。

 

 計画は成功したが、心の中にわだかまる、マグマのような熱はいっこうに引かなかった。

 あいつらをもっと苦しめてやる!

 闇の中で浮かべた暗い笑いは、しかし、すぐに凍りついた。


「なっ!? ど、どういうことだ!?」


 目の前に石段があった。

 それから遠ざかるように逃げたはずなのに……。

 少年は、再び石段に背を向け斜面を下った。

 何度も転び、体中をひっかき傷だらけにしながら前へ進む。

 ここまで来れば、もう大丈夫だろう。

  

 少年は腰のポーチを開け、マグライトを取りだした。

 ついでに、ポーチの中に詰めこんでいた残りの石ころをその場に捨てる。

 

 カチリ


「な、なんで!?」


 マグライトの光に白く浮きあがったのは、またも石段だった。

 そんなはずはない!

 この丘に石段は一つしかないはずだ。

 いったい、どうなってる!?


「くそっ!」


 少年は、やけばちな気持ちで石段へ駆けよる。

 こうなったら、人に見つからないよう急いでこの場を立ちさるだけだ。

 彼が羽織っている薄手のパーカーにはフードがついている。

 万が一のことを考え、それを選んだことを神に感謝した。


 フードを目深にかぶった少年は、転げるように石段を駆けおりた。

 あと少しで、石段が終ろうとするところで、前方から声が聞こえてきた。


「あー、肝試し面白かった!」

「そう? 私、怖いだけだったよ」

「あれ、暗すぎるよね!」

「私、ずっとスマホつけてた」

「あー! それ、反則だよー!」


 聞きなれた声は、クラスメートのものだった。

 少年は、大きな鳥居の陰に入った。

 鳥居は白っぽい石でできていたが、その太い柱は彼の小柄な体を隠すにはぴったりだった。

 クラスメートは、時間がくれば解散するはずだ。

 それまでここに隠れておこう。

 そう考えた少年は、鳥居の柱に抱きつくような姿勢をとった。


 カランコロン


 木下駄の音が石段を降りてくる。

 それは、つい先ほど彼が狙った三人だった。

 中央には、頬にハンカチを当てたケイトがいて、その両腕を抱えるように左に堀田、右に苦無がいた。

 二人が片手に持つスマホの明かりが、その足元を照らしている。


 大丈夫だ。

 あの明かりならここまで届かない。

 佐藤少年は、息を殺し三人が通りすぎるのを待った。

 さきほど石ころを捨ててしまったのが悔やまれる。

 あれがあれば、もう一度ぶつけてやれたのに……。


 ターゲットの三人が、石段を下りおえる。

 ふふふ、次はどうやってあいつらを苦しめてやろうか。

 襲撃が成功したことで、気持ちが晴れるどころか、ドロドロした思いはかえって膨れあがった。

 

 グラリ


 そのとき、彼が予期せぬことが起きた。

 足元が揺れたのだ。

 揺れは次第に大きくなる。

 思わずしがみついた、石の鳥居がグラグラと揺れていた。

 地震!?


 カラン

 カラン


 硬いものが石段にぶつかる音がする。

 いったい、あれはなんだ?


 少年は、すぐに身をもってその答えを知ることになる。

 なにかが肩にぶつかり、強い痛みが走ったのだ。

 

「ぐうっ!」


 思わず上げそうになった悲鳴を押しころす。

 やがて地面の揺れが収まり、なにかが上から落ちてくることもなくなった。


 くそっ!

 鳥居の上にある石が落ちてきたのか!


 この鳥居は、その上に石ころを投げあげ、落ちてこなければ恋愛が叶うとされている。

 だから、その上には、大小の石ころがたくさん載っているのだ。


 ふう、なんて運が悪いんだ。

 

 そう思った少年が、鳥居から離れようとすると、もう一度地面が揺れた。

 おそらく先ほどあった地震の余震だろう。


 ゴッ


 なに気なく見上げた彼の顔に、大人の握りこぶし二つ分はある大きな石くれが命中した。

 

「ぎゃっ!」


  薄れゆく意識の中で、佐藤少年は聞きおぼえある誰かの声が聞こえた気がした。


  

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