第32話 お見舞い(上)
「佐藤君、大丈夫かなあ」
「どうでしょう。お母様のご様子だと、あまり良いとはいえないかもしれません」
クラスメートと一緒に佐藤君のお見舞いに行った帰り、ボクは堀田さんと並んで歩いていた。
さっきまで堀田さんが持っていた日傘は、ボクの手にある。
背の低い彼女がなんとかボクを傘の下に入れようとピョンピョン跳ねていたので、それを持ってあげたのだ。
「ふふふ、苦無君とあいあい傘……」
そんな小声が聞こえたが、きっと気のせいだろう。
ボクたち二人が向かっているのは、ケイトさんの家だ。
なんでも大使館が立ちならぶ地区にあるとかで、彼女はきっとお金持ちなんだろう。
彼女はクラスメート全員のお見舞いを断ったが、後で電話があってボクだけ来るようお願いされた。
堀田さんが一緒なのは、なぜだかそのことを知っていて、ボクについてきたのだ。
彼女はお見舞いのメロンまで用意していた。
「うわー、日本じゃないみたいだね!」
歩道沿いに続く高い塀の上から、生い茂る木々が頭を出している。
時々大きな鉄の門があり、格子を通して敷地の中が見えた。
どの建物も石造りの大きなもので、きっとあれはどこかの大使館なのだろう。
「ああ、あそこね」
堀田さんが指さした先には、ことさら高い壁があった。
「馬鹿のくせに広いところに住みたがるんだから」
そんなことを言いながら、彼女が歩みを早める。
さらに五分ほど歩き、やっと門の所に着いた。
黒い金属製の門は板状のもので、いかにも不愛想といったふうだ。
堀田さんは、門の脇にある石塀に埋めこまれたディスプレイに小さな手で触れた。
画面が明るくなり、執事風のおじさんが映った。
「これはこれは、イノウのお嬢様、お久しぶりでございます。今日はなんのご用で?」
白人なのに流暢な日本語は、長いことここに住んでいるのかもしれない。
彼が言った「イノウのお嬢様」って、堀田さんのことかな?
「ケイトのお見舞いよ。苦無君もいるわ」
堀田さんは、メロンの箱が入った袋をディスプレイの上にあるカメラに押しつけた。
ガチャ
そんな音がした後、大きな黒い門が左右に割れ、それぞれが音もなく内側に開いた。
堀田さんは、以前ここに来たことがあるのか、迷いのない足取りで花の咲きみだれる庭園を横切る。
見えてきた石造りの建物は、もうお城と言った方がいいほど大きかった。
建物の正面は、石畳の道が半円形に引きこまれている。
その上には、屋根までついていた。
なんか映画なんかで見る光景だな。
そう思いながら、堀田さんの後を追った。
◇
彫刻された分厚い木製の扉が開くと、さきほどディスプレイに映っていた、白人の執事さんがいた。
ちょっと映画俳優っぽい執事のおじさんは、腰を少し曲げ右ひじを曲げる、優雅な身振りで挨拶した。
「いらっしゃい。どうぞこちらへ。お嬢様がお待ちです」
執事さんの後を追い、白くつるつるした廊下を土足のまま歩いていく。
長く広い廊下は、個人が住む家のように思えなかった。
角を曲がったところで、長身の白人青年と出くわした。
白いシャツ、灰色のスラックスという姿のその人は、整った顔がケイトとよく似ていた。
「トーマス! なんだ、こいつらは!」
彼は吐きすてるように、英語でそう言ったようだ。
「マイケル様、このお二方は、ケイトお嬢様のお見舞いにいらしゃいました」
執事さんは、きっぱりした口調の日本語でそう言った。
「見舞い? 東洋の山猿が見舞いだと?」
青年は少しぎこちない日本語でそう言ったが、その目は堀田さんを睨んでいた。
「さすが文化果つる国の出身ね。見舞客に対する礼儀すらわきまえていない」
堀田さんは静かな声でそう言ったが、なんだかからかっているような感じだった。
顔を赤くした青年が母国語でなにかまくしたてたが、英語があまり得意じゃないボクは、全く聴きとれなかった。
ガチャッ
青年の向こう、左手にあるドアが開き、若い白人の女性が顔を出す。
彼女は、静かな口調で何か青年に話しかけていた。
青年は顔がよけい赤くなると、なにか英語で捨て台詞を残し、去っていった。
あの人、一度もボクと目を合わさなかったなあ。
なんでだろう?
「あら、ぴょんちゃんじゃない!」
穏やかな顔つきの女性は、自然な日本語で堀田さんに話しかけた。
「お久しぶりです、ローズさん。でも、『ぴょんちゃん』はやめてください。私、もう中学生ですから」
「えー、かわいいのに。ケイトのお見舞いでしょ。とにかく入ってちょうだい」
堀田さんに続き、ボクも部屋へ入った。
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