第28話 花火と肝試し(中)

 その後、花火がたて続けに上がると、ケイトさんも堀田さんも、口喧嘩をやめた。

 大きな花火が上がるたび、河原の方から歓声が聞こえてくる。

 

「宇治川の花火を思いだすわ」


 ケイトさんが小さな声でそう言った。


「あの花火、もうやってないよ」


 堀田さんが、どこか幼く聞こえる声でそう答えた。


「そう……そうでしたの。じゃあ、あの約束も――」


「ケイト、あなたなんで帰ってきたの?」


 ケイトさんがなにか言おうとしたのを堀田さんがさえぎった。


「そ、そんなこと、あなたに言う筋合いなんてありませんわ」


 ケイトの体がボクに押しつけられる。

 木々の匂いに混じって、金木犀のような香りが漂ってくる。


「知らないというのは、恐ろしいわね」


 ボクの膝から体を起こした堀田さんが、そんなことを言った。


「どういう意味よ」


「なにもかもよ。どうせ、あなた虫よけすら使ってないんじゃない?」


「そんなこと……なんだかあちこちかゆいですわ」


 花火の明かりに浮かぶケイトさんの白い手が、うなじの辺りをかいているのが見える。

 

「あ、かいちゃダメだよ! 痕になっちゃう」 


 ボクは腰のポーチからマグライトと虫よけを出した。

 

「あー、刺されちゃってるね」


 まぐライトで照らすと、ケイトさんの白い肌に赤い斑点ができている。

 どうやら、たくさん蚊に刺されたようだ。


「虫刺されの薬を持ってくればよかったなあ。とりあえず虫よけスプレーだけでもしておくね。いいかな?」


「……苦無君優しい。どうぞ、してくださいな」


 最初に手、次に足元、そして最後に首筋にスプレーする。


「ああん、冷たくて気持ちいいですわ」


 ささやくような声とともに彼女の息がボクの耳にかかり、思わずドキリとする。

 暗闇でなければ、顔が赤くなっているのが二人にバレちゃう。

 

「はい、残りは自分でやってね」


 ボクの肩にかかったケイトさんの手に虫よけスプレーを持たせる。

 

「ケイトって、昔は蚊に刺されただけで泣いてたんですよ」


「なんてこと言うの! 苦無君、まだ小学校にも上がってない頃の話ですわ!」


「二人は小さな頃からの知りあいなの?」


「「違います!」」


 うーん、声はぴったりそろっているけど、やっぱり昔からの知りあいのようだね。

 

「私が住んでいた場所の近くに、このコケシが住んでただけですわ」


「そうだったんだね。どこに住んでたの?」


「京都ですわ」


「……ケイト、あんたねえ」


 堀田さんが、初めて聞く低い声を出した。


「あ~ら、なにかあなたに都合の悪いことでも? おほほほ!」


「苦無君、この女には気をつけた方がいいですよ。なにせ、こいつのようなヤツですから」


「あ、あなた! なんてことを! 苦無君、私、決して魔女なんかじゃありませんわ!」

 

 ケイトさんの声は、なんだか震えているようだった。

 

「あ、もう、こんな時間! 肝試しが始まっちゃう! 苦無君、下の広場に行こう」


 スマホで時間を確認した堀田さんが、ボクの腕を引っぱる。

 

「苦無君、その女にこそ気をつけた方がよろしいわよ。なんせ、そいつこそ日本の魔女――」


「さあさあ、行きましょう!」


 ケイトさんが、なにか言いかけたけど、堀田さんがそれに言葉をかぶせた。

 ボクはケイトさんが口にした「日本の魔女」という言葉が、妙に気になった。

 

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