第27話 花火と肝試し(上)

 ボクらのクラスは、神社下の公園に集まった。

 男子はTシャツにジーンズが多いけど、女子は浴衣を着ている人もいる。

 堀田さんも、白地に青い朝顔を染めた浴衣を着ていた。

 クラスのみんなは、彼女があんな美少女だと夢にも思わないだろう。なぜなら、今日の彼女は、黒縁眼鏡で髪を頭の上で丸くまとめた、いつもの姿に戻っていたからだ。


「遅くなりましたー!」


 ぎこちない日本語を口にしているのは、派手な色づかいの浴衣を着たケイトさんだった。

 浴衣に合わせたのか、髪をアップにしている。

 白く長い首筋にドキリとさせられる。

 シャツがぐいぐい引っぱられたので後ろを見ると、堀田さんが上目づかいにボクを見ていた。


「では、時間なので。七時から始まる花火を見たら、八時までにここへ帰ってきてください。花火が終わる八時半には道が混むので、時間厳守ですよ。肝試しは、八時ちょうどに始めます」


 委員長の桃木さんが、声を張りあげる。

 みんなは拍手したあと、川沿いの土手をてんでに登っていく。

 河原には屋台も並ぶから、土手上の道はすでに混みあっていた。

 ボクは、神社の石段へ向かった。小さなころ、神社の境内から家族で花火を見たことを思いだしたからだ。


 石段を登っていると、後ろでカランコロンという音がする。

 振りかえると、薄暗がりを通して浴衣が二つ見える。

 他にも神社へ向かう人がいるらしい。

 ボクは二段飛ばしで石段を駆けあがった。


 ◇


 手水で手と口を清め拝礼を済ませると、体の火照りも引いてきた。

 境内の隅に設けられた木のベンチに腰掛ける。

 ここは風の通り道なのか、絶えず微風が感じられて涼しい。

 

 カランコロン

 

 背後で木下駄の音がする。振りむこうとすると、小さく柔らかい手がボクの目を覆った。


「だ、だれ?」


「……分かりませんか?」


「堀田さん?」


「はい、そうです」


「浴衣で石段登るの大変だったでしょ」  


「……いえ、そうでもありませんでした」


 確かに、堀田さんは息も切らせていない。


「はい、ここに腰かけるといいよ」


 暗がりの中、木のベンチに手探りでハンカチを広げる。 

 

「あわわわ」


 そんな声を上げ、堀田さんが隣に座った。


「はあ、はあ、あ、あんた、またやってくれたわね!」


 ん? この声は?


「苦無君、ケイトです」


 やっぱり!


「その女、インチキを使って先を越したんですよ」


 ケイトさんの声は刺々しかった。

 でも、「インチキ」ってなんだろう?


「あら、ずい分鼻息が荒いわね。牛のような匂いがするわ」


 いつになく冷たい堀田さんの声。

 ボクは美少女だった彼女を思いだした。


「ああ、疲れましたわ。苦無君、私、ここに座ってもいいかしら」


 ケイトさんは、堀田さんの言葉を無視して、ベンチに座ろうとする。

 ところが、二人掛けのベンチは三人には狭い。

 ケイトさんの浴衣がボクの体にぴたりとくっついた。


「あ、あんた、なにしてんの!」


 スマホのライトでこちらを照らした堀田さんが、悲鳴のような声を上げた。

 

「あら、どこからか、負け犬の遠吠えが聞こえてきますわ、ホホホ」


 ケイトさんの手にしたウチワが風を送ってくる。

 香水だろうか、風には甘い香りが混ざっていた。


「この蜘蛛女!」


 左の太ももになにかが載る。


「ああ、苦無君……」


 そこから堀田さんの声がした。

 ボクの足に頭を載せてる!?


「なんて破廉恥な! このコケシめ!」

「うるさい、蜘蛛!」


 ドン、ドン、ドン!


 二人が争う声は、夜空に咲いた花火の音でかき消されてしまった。



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