第26話 切田家の朝

 切田きれた家では、四人そろった朝食の席で、パジャマ姿のひかるが夏らしい話題をとり上げた。


「ねえ、苦無、あんた知ってる? 吸血鬼が出るんだって」


「ひかる、弟に馬鹿な話を吹きこむんじゃないよ。あたしゃ、都市伝説なんて信じる人の気が知れないよ」


「母さん、違うの! 今回は、本当の本当に吸血鬼かもしれないんだから」


「ちょっと、お醤油とってくれる? どこが本当によ、まったく、その話はもうやめなさい!」


「ご飯、お替わり。だって、血を抜かれた犬の死骸があったって――」


「ひかる、食事中だよ」


「ご、ごめんなさい、お父さん。でも、本当のことだから」


「はい、お替わりだよ。苦無があんたくらい食べてくれたらねえ」


「やめてよ、私が大飯ぐらいみたいじゃない!」


「違うのかい?」


「若き乙女には、エネルギーが必要なの」


「はいはい、分かったよ。ああ、苦無、ごはんは全部食べな。あんたの茶碗ヒカルの半分くらいなんだから」


「うん、わかってる。あ、そうだ、母さん。今日帰りが遅くなってもいいかな?」


「なんの用だい?」


「今日、花火の日でしょ。その後、クラスのみんなで肝試しするんだって」


「じゃあ、しょうがないねえ。あまり遅くならないようにするんだよ。遅くなったら、堀田さん送ってあげな」


「うん、分かってる」


「虫よけとライト忘れないようにな」


「あーっ、その封筒なに? それ、お金でしょ! 苦無だけずるい!」


「ひかる、あんた苦無のなん倍小遣いもらってると思ってるんだい!

 ぐだぐだ言ってると、同じ額にするからね!」


「あ、やっぱりいい。さっきのナシね」


「ほんと調子のいい子だよ、あんたは。苦無、気をつけて行っておいで」 


「はい」


「苦無のしおらしさが、あんたに少しでもあればねえ」


「なにがしおらしさよ。乙女はパワーよ! はい、お替わり」


「そこらでやめときな。いつかみたいに太るよ」


「じゃ、あと半分だけ。妥協案よ」


「妥協って、あんた学校で言葉の意味ちゃんと習ってるのかい?」


「ごちそうさま」


「はい、お粗末でした。苦無、洗い物しなくていいからそこに置いときな」


「いいよ、慣れてるからボクがする」


「はあ~、姉弟で、どうしてこれほど違うかねえ」


 切田家の朝食は、およそいつもと変わらない風景だった。

  


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