第25話 破滅の引き金

 僕は、陽にあぶられた歩道をゆっくり歩いていた。

 最低だ!

 今日という日も、僕を残して図書館を去ったケイトも。

 そして、全ての原因ともいえる苦無。

 アイツさえいなければ、ケイトと仲良くできてたんだ!

 生まれて初めて、誰かを好きになれたのに……。


 涼しいショッピングモールに入ると、身を焦がすような激情がすうっと引いていくのを感じた。

 熱しやすく冷めやすい。

 三日坊主未満。

 なにをやってもダメなやつ。

 憎しみの感情に代わり、これまで他人からぶつけられてきた評価が、頭の中をぐるぐる回りだす。


 僕は震える足で、ショッピングモールのエスカレーターに乗った。

 上の映画館では、数少ない趣味であるアニメ、そのなかで特にお気に入りのタイトルが上映されているはずだ。

 とにかく、それでも見て気持ちを落ちつけた方がいい。

 自分になにか別のものが乗りうつった、そんな感覚を早く消してしまいたかった。


 四階へ上がるエスカレーターに足を掛けたとき、僕は自分の体が氷柱つららに貫かれたような感覚を味わった。

 後ろに続く誰かが、なにかわめいていたが、それは耳には入ってこなかった。


 通路を歩くケイトを目にしたからだ。いや、彼女の手を引く少年に気づいたからだ。

 あろうことか、苦無はケイトと堀田二人の手を引き、得意気に通路を歩いていた。

 ついさっき体の奥に押しこめた激情が、怒涛となってあふれだす……。


 ユ、ユルサナイ。

  

 僕の体が、心が、なにかどす黒いものに侵食されていく。


 ケイト、クナイ、オマエタチヲ、ユルサナイ


 黒い何かは、声にならない産声を上げた。

 振りむくと、アロハシャツを着た、大柄なお兄さんがそこにいた。

 さっきから怒鳴っていたのは、この人だろう。

 ドレッドヘヤのお兄さんは、色のついた眼鏡越しにこちらを見ていた。

 急に黙りこんだ、彼の顔がなぜか青い。

 ぶるぶる震えている。


 僕が一歩そちらに踏みだす。


「ひ、ひいいいっ!」


 腰を抜かした彼のズボンに染みが広がる。

 ドレッドヘヤの頭にそっと触れる。

 

「ぶふぉ……」


 目、鼻、口、耳、穴という穴から血が吹きだし、お兄さんは赤黒い血だまりの中へ顔から倒れた。

 床を黒く染めていく血を見て、喉の渇きが抑えきれない。

 周囲から上がる悲鳴が耳に心地よい。

 こちらに駆けてくる警備員らしき青い制服の男性に気づいた。

 あんなヤツ、簡単に倒せる。

 なぜかそう確信したが、頭のどこかで今は逃げた方がいいという声がする。


 僕はエスカレーターに足を乗せ、上の階へと向かった。


 ◇


「ククク、うまくいったな。いや、うまくいきすぎたと言った方がいいかな。まさか、『狂戦士化バーサーク』を越え、『吸血鬼化ヴァンプリック』するとは。天才の名をほしいままにしたケイトも、これでお終いだな」


 エスカレーターの所で起きた惨劇、その一部始終を見ていた青年が、柱の陰から現れる。

 長身で顔立ちの整った白人の彼は、ケイトと同色の金髪だった。

 

「ブリッジス家時期当主はこの私だ」


 カツカツと靴音を鳴らし通路を歩く男マイケル=ブリッジスは、自分が世界を破滅に導く引き金を引いたかもしれないことに、露ほども気づかなかった。






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