第20話 図書館デート(中)

 夏休み初日の土曜日、ボクは朝九時少し前に待ちあわせた公園までやってきた。

 あいにくの曇り空だけど、日焼けに弱いからかえって助かった。

 この街で一番大きな公園は、思ったより人が少なかった。

 公園の中央にある噴水の前に着くと、ケイトさんと佐藤君が待っていた。


 赤い顔をした佐藤君はチェック柄のシャツにジーンズ、デイパックを背負っている。寝癖のついた髪がぴょんと頭の横から突きだしていた。

 ケイトさんは、空色のシャツに青く薄いハーフジャケットを羽織っている。膝上までの白いスカートが、涼し気だった。銀色のパンプスがよく似合っている。

 彼女はこちらに気づくと、笑顔で手を振った。


「お早う、苦無」


 えっ、ケイトさん、ボクのこといきなり呼びすて?

 三日前初めて会ったのに?

 でも、日本語が不自由ならしかたないよね。


「く、苦無くん、もう来たんだ」


 なぜか佐藤君の機嫌が悪い。

 おウチで何かあったのかもしれない。


「もう一人は誰が来るの?」


 佐藤君がそう尋ねたとき、近づいてきた足音がボクのすぐ後ろで停まった。

 

「苦無君、おはよう。佐藤君も」


 そこには、見知らぬ美少女がいた。

 黒くつややかな髪は、腰の辺りまである。少し端が吊りあがった黒目がちの大きな目が印象的だった。

 視線が合って思わずドキンとする。

 

「ええと、人違いだと思います」


 薄桃色の袖なしワンピースに白い麦藁帽の少女には、どう考えても見覚えがないのだから、そう言うしかなかった。


「私です、苦無君」


 うーん、声は聞いたような気がするんだけど、いくらなんでもこんな美少女の知りあいがいたら忘れないだろう。


「堀田ですよ、苦無君」


「「えっ!?」」


 驚きの声はボクからだけでなく、佐藤君からも上がった。

 これが堀田さん!?

 それはないよ。

 だって違いすぎるでしょ!

 似てるの小柄なところだけじゃない!


「さすが化けもの」


 えっ?

 気のせいだよね。ケイトさんがそんなことを言うはずないよね?


「さ、苦無君、図書館に行くんでしょ!」


 まだ目の前の美少女が堀田さんだと信じられないボクの手を、彼女が握った。

 え?

 これって恋人がやる手の繋ぎ方じゃない?


 黒髪の美少女にぐんぐん手を引っぱられ、ボクは早足になった。

 そこで、もう一方の手が、ぐいっと引かれる。


「痛いっ!」


 肩が抜けそうな痛みに思わず声を上げる。

 後ろを見ると、なぜかケイトさんが、真剣な顔でボクの左手を握っていた。

 

「なに抜けがけしてんのよ、このタコ!」


 えっ!?

 ケイトさん、実は日本語ペラペラ?


「なにがタコよ! あんたなんか、まっ白けのイカ娘じゃない!」


「なんですって!」


「やるの?」


「ちょ、ちょっと、どうしちゃったの二人とも? それに、君、ホントに堀田さん?」


 佐藤君!

 助かるよ!

 どうなってるのこれ!?


「なんだかわからないけど、いきなり喧嘩はよくないよ! とにかく、落ちついて!」


 あんなに内気な佐藤君が、がんばってくれてる。

 ボクもなんとかしなくちゃ。


「佐藤君の言うとおりだよ。みんなも図書館に行きたいんでしょ?」


「「……」」


 ケイトさんと美少女が黙りこむ。


「一時休戦ね」


 ケイトさんが、そんなことを言った。やっぱり、日本語しゃべれるみたい。


「まあいいわ。その内、相手してあげる」


 うーん、声は堀田さんなんだけど、イメージが違いすぎて彼女が堀田さんかどうか、まだ自信ないよ。


「苦無君、行こう」


 黒髪の美少女がボクの手を普通に握る。この手の感じ、覚えがある。やっぱり堀田さんだ。


 

 

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