第17話 家族旅行(5)
「あれ? 母さんたち、どこ行ったんだろう?」
喫茶店を出た後、母さんたちとはぐれてしまった。
暑いのか、隣では堀田さんが、手で顔をあおぐような仕草をしている。
『せっかくだから、二人で散歩してきなさい。夕食をご馳走してあげること。堀田さんもアイビープレイスに泊ってるそうだから送ってきてあげて』
姉さんから、スマホにそんなメールが来てた。
へえ、堀田さんもあそこに泊ってるのか。
そういえば、喫茶店で堀田さんと内緒話してたけど、あのとき聞きだしたのかな。
「堀田さん、この後、時間ある?」
「ひ、ひゃい! ありまひゅ……」
あれ、堀田さん、手のぱたぱたが激しくなってる。
涼しいところへ連れていってあげようかな。
「堀田さん、ここは人が多いから、裏通りに入ろうか?」
「ひゃいー……」
すっごく顔が赤くなってる。
熱中症にならないよう、どこかお店へ入らなくちゃ。
◇
ボクたちは、ガラス器を扱っているお店に入った。
間口が狭いそのお店は、中へ入ると思ったより広かった。
「はい、いらっしゃい。まあ、カワイイお二人ね」
デニムのエプロンを掛けた、三十くらいの短い髪の女性が微笑みかけてきた。
「え、ええと、見てもいいですか?」
「ええ、どうぞどうぞ」
女の人は、そう言うと、商品を説明をする気がないのか、店の奥でなにか作業を始めた。
「ステキ! 青いガラスなんですね!」
堀田さんが言うとおり、土地の名を冠したガラス器は、青いものが多かった。
うすい水色から紺色まで、様々な青色の食器が並んでいる。
「へえ、これなんて涼しい色だね」
木目の浮いた棚に、ちょこんと載っている小さな器を指さす。
「えっ? は、はひ……」
あ、堀田さん、背が低いから、器が見えないんだね。
これ、手で触れてもいいのかなあ。
「どうぞ、手に取ってごらんください」
「わっ!」
とつぜん耳元で声がして、驚いてしまった。
店員さんが、いつのまにか後ろに立ってたよ。
「じゃ、じゃあ……」
小さな器を手に取る。
ガラスの滑らかな肌が、手に優しい。
口のところが差しわたし五センチもない小さな器は、薄い青緑色の線がスッと引かれて、見ているだけで涼しかった。
「はい」
堀田さんの小さな手のひらに、器を載せる。
小ぶりの青い器を通し、色白の肌が浮かんでいる。
ボクは、なぜかドキリとした。
「ふわ~、キレイです~」
堀田さんが、うっとりした顔で器を見ている。
そして、
「あの、これ買います」
「まあ、この子を買ってくれるの? 素敵なぐい飲みでしょ! 私、いつもこれ眺めてたのよね」
あれ? 「ぐい飲み」ってお酒を飲む器じゃなかったっけ?
でも、まあいいか。
堀田さん、胸に抱えこんでるし。
レジに行くと、店員さんがニコニコしている。
「五千円になります」
えっ!?
高っ!
あんなにちっちゃいのに?
もしかして、この人がニコニコしてたのって、高額商品が売れたから?
「君、見る目があるわね! あのぐい飲み、有名な作家さんの作品なの」
なるほど、だから高かったのか。
「堀田さん、そのぐい飲み包んでもらおうよ」
棚の前でぐい飲みを抱えたままの堀田さんに声をかける。
「あ、ひゃい!」
ガラスの器を落とすのが怖いのか、堀田さんは、抜き足差し足って感じでこちらにやってきた。
「はい、それでは、お包みしますね」
「……」
堀田さん、それ抱えたままだと、包んでもらえないよ。
「お包みしますね」
「あわわ」
二度店員さんに言われ、やっと気づいた堀田さんが、器を差しだす。
「あ、包装はプレゼント用でお願いします」
「わかりました。この子が、いい人に買われてよかったわ。ありがとう」
店員さんが、優しい顔でぐい飲みを包んでくれる。
ウグイス色の小さな紙箱に入れたそれは、紺色の紙袋にちょこんと収まった。
「ありがとうございました」
深々と頭を下げる店員さんにお礼を言い、足早にお店を出る。
「あわわわ」
そんな声がして振りむくと、堀田さんが赤い顔をしていた。
「あ、ごめん、
「い、いえ、そんなことないです」
ボクは左手で繋いでいた堀田さんの手に、さっき買った紙袋を持たせた。
「これ、プレゼント。堀田さん、それ、すごく気に入ったみたいだから」
「ひゃっ!」
堀田さんが、なんだか驚いてる。
「でも、でも、でも……」
安いものじゃないから、遠慮してるのかな?
「好きな人が持ってるのが、その子も一番幸せだよね」
「……」
「堀田さん、大丈夫?」
なんか、フラフラしてる。
「邪魔! どいてっ!」
そんな堀田さんを、誰かがドンと押した。
彼女が手にしていた紙袋が、アスファルトの道にカタリと落ちた。
「ひゃっ!」
倒れかけた彼女を、危うく抱きとめる。
「おい、どうした?」
茶髪をぴんぴんに立たせた若い男の人が、堀田さんにぶつかった女の人に声を掛ける。
「このおダンゴ頭、ホント邪魔!」
「おい、ライブに間に合わねえぞ! 急げよ!」
へそ出しファッションの二人は、そんな会話をすると、駆けだした。
プツン
あ、やっちゃったかも……。
「堀田さん、大丈夫?」
ボクが声を掛けたのに、堀田さんは、腰を地面に着けたまま、落とした紙袋の中をがさがさやっている。
「よかった……割れてない」
ああ、ぐい飲みが割れてないか心配だったんだね。
「じゃあ、裏通りを歩いて帰ろうか。その方が涼しいし、白壁も見られるから」
「ひゃい」
ボクは堀田さんの手を取り立たせると、頭の中で描いていた地図に沿って歩きだした。
◇
今日は、共通の友人に招かれ、ライブハウスで盛りあがった。
ミキが借りているアパートへ帰った時には、すでに深夜二時過ぎだった。
「なによこれ!」
「おい、どうなってんだこれ!」
部屋に入った二人は、あまりの惨状に、一気に酔いが醒めてしまった。
狭いアパートは、全てのガラス窓が割れ、その破片が室内に散乱していた。
数少ない食器類から、写真立てまで、ガラス、陶器の類が全て壊れている。
蒸し暑い外気が、部屋に充満していた。
朝になって到着した警察官が調べたが、人が侵入した跡は残されていなかった。
事情聴取を受け、被害届を出した二人が警察署から戻ると、アパートの管理会社から派遣された男性が、補修費用の請求書を持って現れた。
「ちくしょう! いったい、どうなってんだよ!」
ミキは叫んだが、まさかその原因が、昨日道ですれ違っただけの少年にあるなど思いもしなかった。
【因果反転】
発動条件は、強い感情の発露。
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