第52話 憧れのアレに搭乗する

「そういえば和花のどか。最初に転移して時に居た竜也りゅうやの取り巻きの女子が5人もいたけど、なんかこっち見て脅えてたように見えたんだけどなんかあったの?」

 すこし前の光景を思い出す。父が来なければその場で確認しようかと思ってたんだよね。


「まー死んだと思い込んでたむかつく女がピンピンしてたんだから驚くんじゃないの?」

 竜也りゅうや和花のどかの組み合わせは、双方にメリットがあった。竜也りゅうやからすれば高貴な身分の女性と付き合っているというステータスが手に入る。このステータスだが馬鹿には出来ない。人間って不思議で優れた人間と懇意があると分かると周囲の者はその人物を下駄を履いた状態で評価するようになる。だからこそ優秀な人物の側には人が集まる。恩恵を預かろうとしたりお零れを預かろうとする者が擦り寄ってくるのだ。それもあって竜也りゅうやの元には人が集まった。


 しかし和花のどかの返しには違和感を感じる。あの五人のの瞳は驚きじゃない。間違いなく畏怖だと思う。彼女たちも体験しているからこの世界には蘇生の奇跡とか魔術があるのは分かっているはずだしどうも不自然だ。僕の知らないところで何か隠すような事があったんだろうか?

 でも、今聞き出そうと思っても適当にはぐらかされそうな気がするし話してくれる日を待つしかないか…………。



「そうだ! 目が覚めたら先生が話があるって言ってたんだ」

 いま思い出したと言わんばかりにそう叫んだが、多分話題転換の為だろう。

「みんな向こうで待っているんだよ。早くいこ」

 そう言って僕の腕を掴みぐいぐい引っ張る。ますます怪しい。


 そー言えば竜也りゅうやの奴はどうしているんだろうか? 真意を聞いて友情は感じなくなったがそれも最初のころはまだ友達だったはずなのだ。



 ▲△▲△▲△▲△▲△▲



 皆の待つ場所に着いたら五つ櫓が組んであり、それぞれに魔導練習騎マギ・トレーナーが固定されている。

 そういえば操縦方法を教えてもらう約束していたなーとか思い出す。


 やぐらは簡易整備台ハンガーだ。騎体が吊るされ固定されている魔導練習騎マギ・トレーナーは全高1.25サート約5m程で魔導従士マギ・スレイブより小柄だ。箱型状の胴体に手足が付いている。操縦槽ディポッドが剥き出しで上半分は装甲がなく骨格がむき出しだ。頭部に相当するパーツが胸部につけられているのは魔導従士マギ・スレイブによくあるタイプだ。一次装甲インナー・スキンのみなのはどういった理由だからだろうか?


いつきー。遅いぞー」

 僕の存在に気が付いた健司けんじが叫んでいる。健司けんじ隼人はやとも既に操縦槽ディポッドに座ってお預けを喰らっている状態の様だ。

 やぐらに登ればいいのだろうか?


 勝手するわけにもいかないので師匠を待っていると、

「二人とも待ってたぞ。まずはそこの倉庫でこいつに着替えてこい」

 そう言って師匠が投げ寄越した袋を受け取り指示通りに倉庫へと移動する。

 袋を開け中身を確認すると…………。


「全身タイツ?」

 取り出したそれは素材がよくわからないがかなり伸び縮みするようだ。ご丁寧に壁に身に着け方が載っているので見ながら着替えていく。この全身タイツのような騎乗スーツは下着の着用すら禁止で身に着けると体形が…………いや、なんか、裸より恥ずかしい。それに革製の防具を身に着けることで人前に出られる格好になる。



「待ちくたびれてる奴が居るからさっさとやぐらに上がれ」

 戻ってくるなり師匠に指示された。いそいそとやぐらというか整備台ハンガーに設置された梯子を上り操縦槽ディポッドを観察する。

 座面が堅そうな座席シートは簡素な背もたれが付いている。正面に映像盤モニター、その下に計器類とスイッチが付き座席シート映像盤モニターの間というか両足の間に半球状の感応器サンカーと呼ばれる魔力マーナを探知する装置、よーするにパッシブソナーのようなものらしい。


 一通り観察し座席シートに乗せてあった専用のヘルムを被り座席シートに座り込み固定帯四点式のシートベルトで身体を固定する。そうすることでバケットシートのような感じで身体が固定されるがほとんど動けない。これは衝撃防止の意味で必要な処置なのだそうだ。人型の胸部って結構激しく揺れる。そう考えるとロボットアニメのコクピットの慣性中和っぷりはチートだなと思う。


 あれ? そういえばセシリーと瑞穂みずほはどうしたんだろう?

 周囲を見回してみるとこの演習場に隣接する野外炊事場で女中メイドさんらと忙しそうに動き回っている。


 師匠の指示で、まずは起動装置も兼ねている感応器サンカーに触れる。すると僕から体内保有万能素子インターナル・マナを吸い取り足元の万能素子転換炉マナ・リアクターが唸るような音を立て始める。それと同時に若干の脱力感を覚える。

 その後感応器サンカー映像盤モニターが光りだす。そして心肺器クーパウモンが動き出し冷却水管パーライ・ベセル血液パーライトが循環し始める。映像盤モニターには外の光景が映し出されるが何か違和感を感じる。


 あ、胸部にある眼球ユニットオーギャプフェルが見たものが投影されているから視点の違いか。

 感応器サンカーには中央に光点があり左側に4つ光点が並ぶ。中央が自騎で左側の四つは他の騎体だ。

 この状態でようやく動かすことが可能になる。

 次に映像盤モニターの下にある情報盤インフォマティブル・タブレットを確認する。これは騎体状態コンディションが表示される。この情報盤インフォマティブル・タブレットはタッチパネル式だそうで触っていると様々な情報が表示される。異常がない事を確認したのちに足を操踏桿ペダルに手は操縦桿スティックを握る。


「問題がないようなら整備台ハンガーから切り離すぞ」

 師匠の声と共に整備台ハンガーの固定具が外され伸びきっていた下半身に重量がかかる。

 これでようやく動かすことが可能となる。

 基本は思考制御方式レオリー・メドワルとの事なので歩きたいと思いつつ右の操踏桿ペダルを踏み込むと騎体の右足が上がり一歩踏み出す。右の操踏桿ペダルは速度調節や左右方向転換、減速や制動ブレーキに用いる。左の操踏桿ペダルはというと左右の横移動と左右ステップと後進やバックステップだ。最初はかなり意識しないと歩くこともままならない。

 脳核ユニットゲハーンカーンが専用のヘルムから騎手ライダーの思考を読みとり再現するというシステムなのだが、この脳核ユニットゲハーンカーンが曲者で品質クバリテットによって再現度と追従性が大きく異なる。いま乗っている魔導練習騎マギ・トレーナーは敢えて高級な脳核ユニットゲハーンカーンを使っているからそれなりに動くけど中古で出回っている安い騎体だと数テンポ反応が遅れたり細かい動きが出来ない騎体も結構あるらしい。

 では、左右の操縦桿スティックは何かというと、左右の腕部の大雑把な強弱と指の強弱である。

 人体に似せているとはいえ構造の違いから騎体の可動範囲を覚えておくのも重要だ。更に二次装甲アウター・スキンを付けることで可動範囲は更に狭まる。


 その後、師匠の指示通りに四苦八苦しながら騎体を動かしていると急激に脱力感に襲われ操縦を止めてしまった。


「やっぱ、その騎乗スーツは余計だったか」

 師匠の説明によるとこの騎乗スーツと専用のヘルムは初心者用装備との事で、適性が高い者や訓練でコツを掴んだものなら不要な装備なのだそうだ。事実師匠はいつもの平服だしヘルムも被っていない。


 という事は初心者でこれだけ動けるという事は僕らはみんな適性が高いという事か。だがそれとこの脱力感の関連性は?

 その疑問は次の師匠の説明で晴れた。

「騎体を動かすのに騎手ライダー体内保有万能素子インターナル・マナが必要だし、脳核ユニットゲハーンカーンとのやり取りにも体内保有万能素子インターナル・マナが用いられる。今着ている騎乗スーツは効率よく体内保有万能素子インターナル・マナを吸い出す機能があり、この脱力感は吸われ過ぎによるものだそうだ。


「適性は十分すぎるほどあるのは分かったんで、休息後は騎乗スーツは脱いで動かしてみよう」


 師匠の号令でその場で駐騎姿勢、ようするに片膝立ちをとる。固定帯四点式のシートベルトを外し立ち上がろうとすると結構ふらつく。周囲を見るとみんな同じ状態のようで順番に師匠が駆る魔導練習騎マギ・トレーナーに抓まれて地面に下ろされている。


 女中メイド達に混じって瑞穂みずほとセシリーが食事の用意をしているのをのんびり眺めていると僕も師匠によって地面に下ろされた。


「取りあえず着替えてこい。それからメシだ」

 そう伝えた師匠は他の使用人ディペンデントにあれこれと指示を出す。

 何故か魔導練習騎マギ・トレーナーも片付けられていく。


 平服に着替え広場というか演習場に戻ってみるとやぐらというか整備台ハンガーが取り払われ駐騎姿勢の二騎の魔導従士マギ・スレイブと一騎の魔導騎士マギ・キャバリエがいる。

 座学で聞いた知識を思い出す。

 駐騎姿勢の魔導従士マギ・スレイブは天面などにも装甲が施されていることから重装ラーフ型と呼ばれる戦闘用の騎体のようだ。魔導騎士マギ・キャバリエの方は二次装甲アウター・スキンを外しているようだが、全長からすると中量マルト級と呼ばれる最も普及しているタイプだろう。


「誰かこいつに乗ってみるか?」

 魔導騎士マギ・キャバリエの腹部にある操縦槽ディポッドの開いた開閉扉ハッチを乗るかと師匠が指す。

「俺がいきます!」

 真っ先に手を挙げたのは隼人はやとだった。


 魔導騎士マギ・キャバリエの足元に居た使用人ディペンデント梯子ラダーをかけるのを待ち隼人はやと操縦槽ディポッドへと登っていく。実に楽しそうな表情だ。




 師匠から説明をされいざ起動となったとき、拡声器越しにこの世のものとは思えない絶叫が上がった。


「あ、やっぱダメか」

 師匠がそんな事を呟いている。

 使用人ディペンデントたちが隼人はやとを搬出しているのを眺めつつ師匠に理由を問うと…………。

 隼人はやとの身に何があったかを端的に言えば脳核ユニットゲハーンカーンとの精神接続に失敗したんだそうだ。

 この精神接続だが品質クバリテットの高い脳核ユニットゲハーンカーンほど細やかな動きができる反面、人によっては脳内をかき回される感覚に陥り拒絶反応を示すらしく、通常は品質クバリテットの低い脳核ユニットゲハーンカーンで慣らすそうだ。貴族などは10歳あたりから魔導従士マギ・スレイブに搭乗させて慣らし成人までに魔導騎士マギ・キャバリエに適合させるように訓練を施すそうだ。


 師匠曰く、「異世界人ならいけるかなって思ったけどダメだったな」いう割とひどい理由だ。

 魔法の適性と比例するという研究結果もあるそうなので僕か和花のどかならいけそうだろうか?


「師匠、次は僕が」

 そう名乗りを上げた。まさか和花のどかを実験台にはできない。



 梯子ラダーを登り操縦槽ディポッドを覗く。

「思った以上に狭いな…………」

 それ以上に予想外だったのがてっきり完全密閉かと思ったが、ところどころ隙間があって外が見える事だ。傍にいた師匠の説明によると衝撃で映像盤モニターが割れた場合は隙間から外の状況を確認して操縦するらしい。

 そのせいか稀に隙間から狙撃されることがあるそうだ。

 高級機になると完全密閉で空調機エアコン完備の騎体も存在するという。


 さて…………先ずは起動させてみよう。

 座席シートに座り固定帯四点式のシートベルトで身体を固定する。次に専用のヘルムを被り操縦桿スティックを握り、操踏桿ペダルに足を置く。


「あれ?」


 まだ起動キーとも言うべき感応器サンカーに触れてもいないのに体内保有万能素子インターナル・マナが吸われる感覚と心肺器クーパウモンが動き出し血液パーライトが循環しだす。


いつき、お前興奮してるだろう?」

 師匠の言う興奮とはもちろん性的な意味ではない。

 精神の高揚を示すものだ。それは間違っていない。起動したが特に脳に干渉されているという感覚はない。それを師匠に伝えると…………。


「お前さんは稀に見る逸材だな。騎士キャバリエライダーの精神の高揚が未起動の騎体に伝わって勝手に起動したんだよ。冒険者エーベンターリアなんぞやってるより、手持ちの資金で中古の騎体を買って自由騎士フリーランスにでもなってどこかの貴族に拾ってもらった方が安泰かもしれんぞ」

 師匠はそこで一旦言葉を切り、「動かしてみろ」そう言うと開閉扉ハッチから飛び降りた。


 先ずは駐機姿勢から立つことをイメージする。右の操踏桿ペダルを踏むことで立ち上がる速度を調整できる。左右の操縦桿スティックを小刻みに動かし上半身の平衝バランスを取りつつ直立姿勢となる。


「ちゃんと開閉扉ハッチを閉めておけー」


 集音器キャスグリアドが足元にいる師匠の声を拾う。

 そーいや忘れていた。

 密閉型の操縦槽ディポッド開閉扉ハッチを閉じないと映像盤モニター情報盤インフォマティブル・タブレットが見えないのだった。

 開閉扉ハッチを閉じるように意識すると勝手に開閉扉ハッチが上がり施錠ロックされた。


「おー!」


 映像盤モニターに映る光景が見慣れぬ視点へとなる。目線の高さが1.75サート約7mほどになるのだ。普段より遠くを見渡せる。 単純計算で2.5サーグ約10kmほど先まで見通せる事になる。

 ただこの騎体…………安物っぽいのか眼球ユニットオーギャプフェルには望遠機能はないようである。


 好きに動かしてみろという師匠の許可も出たので歩いてみることにした。


 程なくして走る事も出来るようになったので、以前座学で習った魔闘術ストラグル・アーツに挑戦した。

 最初は右手の拳に魔力マーナを集中させる【練気】から始めたのだが、体内保有万能素子インターナル・マナを練り始めた途端に得も言われぬ不快感と激痛に襲われる。


 最初は何事かと思ったが自分が浮かれていて肝心なことを忘れていた事に思い至った。

「そうだ。導管コンディットを痛めたから使わないように言われてたんだった…………」

 すぐさま体内保有万能素子インターナル・マナを練るのを止めると不快感と激痛は消えていった。


 導管コンディットという霊的器官アンドレグ・リフリーの損傷具合は目に見えないし回復具合も判りにくいので注意しろと言われていたことを思い出す。


 魔闘術ストラグル・アーツがダメなら武技グウェラー・アーツを試そうと思い【疾脚しっきゃく】を行おうとイメージするも騎体が追従してくれない。

 身体で覚えている動作と僕のイメージがイマイチ噛み合っていないせいだ。

 何度か転びそうになりながらもチャレンジすること五分ほどでうまく調整できたのかイメージ通りの動きが出来た。

 ならここは更なる大技【八間やげん】だと思い実行しようと思ったその時…………。


 虚脱感と共に崩れ落ちるように前のめりに倒れていくのを認識した。


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