第51話 幕間-3

「お疲れ」

 肩で息する初老の男に近づいてきた偉丈夫がそう声をかけた。


「まったく驚いたよ。随分と技量うでをあげたんだな」

 初老の男は偉丈夫の声に手を上げ無言で答えながら懐から取り出したタオルで汗をぬぐう。そして倒れ伏す息子を見てそう感想を漏らす。

「いやいや、あんたが歳を喰っただけかもしれんよ」

 偉丈夫はそういってクツクツと笑う。

「まだ50にもならんというのに年寄り扱いか。まー確かに全盛期より体力スタミナは落ちているのは自覚しているが別れてから半年弱でここまで伸びるとは思わなんだよ」

 行方不明前の最後の仕合では汗すらかかなかったし【残身ざんしん】すら使わなかった。それがまさかというわけである。

「俺もそれなりに厳しく指導したし実戦を経験したからな」

「実戦を…………それでったのか?」

 初老の男の言うったは人を殺したのかという意味だ。

「当人にいまいち自覚はないが二人ほど」

「自覚がない?」

「その後すぐに生死の狭間行きだったからな」

「そうか…………」


 少し考え込んで後に初老の男はこう言った。

「しかし、まさか奥義の【残身散打ざんしんさんだ】を使わせるとは思いもしなかったよ。やはりいつき天稟てんぴんは息子たちの中で一番のようだな。五男だったのが非常に惜しいよ」

 武家は特権がある反面、市民には見えないところで様々な制約を受ける。一部例外はあるものの長子相続や血統操作もその一つだ。最も資質の高い者を後継者に選べないのだ。


 初老の男はそうぼやいた後に足音のした方へと振り向く。


「あの…………」

小鳥遊たかなしの嬢ちゃんか。何用だ?」

 近づいてきたのは年齢より幼く見える小柄な少女だ。

いつきくんを連れて行かないでください…………お願いします」

 小柄な少女はそういうと膝をつこうとするのを初老の男が慌てて止める。


「心配せんでも倅を連れて帰るために来たわけじゃないよ。学生さんらを迎えに来たついでに精進してるか確認に来ただけだ」

 だから安心しなさいと最後に付け加える。

 そう言って巾着と封筒を取り出す。筆を執り便せんに素早く何かを書き記していく。便せん二枚分を書き終えると封筒に収め巾着と封筒を小柄な少女に渡す。

「これは…………?」

「倅が目を覚ましたらそれを渡しなさい」


 巾着と封筒を受け取り、何か言うと口を開きかけた時、

「悪いが時間が惜しい。残った生徒を早く送還しよう」

 倒れ伏す少年の治療を終えた偉丈夫が初老の男を急かす。



 初老の男に指揮され学生たちが次々と銀円へと沈んでいく。


「本来であればもうちょっと余裕があったんだが、緊急事態で予定を早めてしまった。ゆっくり話し合う機会をとってやりたかったんだがな…………」

 偉丈夫はそういって小柄な少女に詫びる。


「いったい何があるのですか?」

 小柄の少女の問いは当然であろう。

「それぞれの世界には時空壁という壁で隔てられているんだが、その壁を監視及び修復している時空管理者と名乗るこわーい人が穴を見つけると修復に来るのさ」

「それが何か問題でも?」

「送還または召喚中でもお構いなくに強制的に閉じてしまう。そうなると移動中の者は奇麗に切断される」

「なるほど…………あれ? それと早めた理由は…………」

「うちの集団クラン白の帝国キチガイの動向を探っていて、あいつらがまた大規模召喚集団誘拐を数日後に執り行うことが分かった。時期が被ると時空管理者の妨害で確実送還できるか保証できないので成功させるために送還時期を早めたんだよ」

 偉丈夫の説明に小柄な少女は分かったような分からないような微妙な表情をする。


「時空管理者も二度連続で大規模な時空壁の穴を開けさせる愚を侵さないだろうから、後から召喚の儀式を行う白の帝国キチガイの召喚を全力で阻止しに行くだろうから先に終わらせて奴らの強制召喚を妨害してやろうという嫌がらせだよ」


 偉丈夫はそう説明して笑いだした。


「ところで先生、時空管理者ってどういう存在なんですか?」

「よくわからん」

 返ってきた答えはそれだった。

「わからんって…………」

高次ビシー・レッドの存在だという事は分かっている。我々が神と称する者たちより更に高次ビシー・レッドの存在だ。高次ビシー・レッド過ぎて物質界我々の住む世界には直接干渉できないくらい位階の高い存在っていう事は分かっている」

「なんだかよくわかりません」

「時空魔術の話になるが。無数にある物質界我々の住む世界を一括りにして時空樹世界と呼ぶ。この時空樹と呼ばれる概念的なものを管理する存在が時空管理者で一説では最初の世界の生き残りではないかとも言われている」

「最初の世界? 生き残り?」

「周期は分からないが世界は常に破壊と再生を繰り返している。最初の世界は何らかの形で崩壊したであろうと言われている。具体的な証拠はない。ただ解明できない存在が時々発見される。例えば————」

 偉丈夫はそう言うと何もなところから唐突に豪奢な装飾の施された大剣グレートソードを引き抜いた。

「この剣がその一つだ。鍛冶の神の化身とまで言われるバルドを以てしても再現不可能だそうだ」

 そう言って再び大剣グレートソードを仕舞う。

「その大剣グレートソードって出しっぱなしじゃダメなんですか?」

 その質問に対して偉丈夫はこう答えた。

「この大剣グレートソードは俺の分身であり、今の段階では俺の位置情報を敵対する存在に教えてしまう事になる」

 小柄な少女は並みならぬ雰囲気を偉丈夫から感じ触れない方がよさそうだと感じた。


「ところでだ…………。お前いつから呪符魔術マーカーが使えたんだ?」

 話題転換も兼ねて偉丈夫がそう質問をしてきた。

「あー、小鳥遊家うちの裏の顔の関係で…………って事で内緒にしておいてもらえます?」

「それは構わないが、使うならもう少し巧くやるんだな」


「バレてましたか…………」

「対象となった5人に対して強い恨みがあったのは理解しているつもりだ。だから【解呪ディスペル・オーダー】はしていない。今頃は望んだとおりの結果となっているだろう…………満足いったか?」

 その問いに対して小柄な少女は首を振るだけだった。


いつきが起きたら話があるから全員で屋敷に来るように伝えておいてくれ。俺は後始末をしてくる」

 偉丈夫はそう言うと踵を返して去っていった。


 ▲△▲△▲△▲△▲△▲


「【次元門ディメンジョン・ゲート】が強制的に閉じましたよ。どうやら次元管理人の修復作業が始まったようです。【デコイ】を流しておいたのでこちらに被害は出ないでしょう」

 そう報告したのは偉丈夫の相棒である銀髪の美丈夫だ。

白の帝国キチガイに対しての嫌がらせくらいにはなったんじゃないか」

 そう言って偉丈夫は笑う。

「きっと神聖皇帝キチガイは地団太踏んでいる事でしょう」

 美丈夫もそう言って静かに笑う。


 ひとしきり笑った後、偉丈夫がこう切り出した。

集団クランの面子に次の仕事を頼まないとな」

「あとどれだけの学生たちを元の世界に返してあげられますかね」

白の帝国キチガイをぶっ潰せば一気に解決だろうが、物事には順序があるからな」

「実に面倒な話です。貴方と私と彼女が居れば力づくで解決できそうな気もするのですけどね」

 銀髪の美丈夫はやれやれといった仕草でそう言うのであった。

「その彼女が12年も見つからないって言うのが納得いかない」

 偉丈夫がイラついた口調でそう口走る。

「でも存在は確認しているのでしょう?」

「印がこの辺りを示したから居るとは思うのだが…………容姿が目立つ女性ドンナだけに偽装している可能性もあるから厄介だ」


「思ったのですが、捜索対象の年齢に間違いがあるとか?」

 銀髪の美丈夫が思い付きを口にしてみた。


「まーそれは追々考えよう。それよりもいつき達との約束を果たさないとならんからアレの準備を始めよう」

 そう口にしつつ身体は目的地へと歩きだしていた。

「そうですね」

 銀髪の美丈夫も返事をしつつ追従する。


 二人が目指す先には大きな倉庫のようなものと複数の櫓が立ち並ぶ広場だ。

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