第49話 ようこそいらっしゃい

「やめてください!」

 僕らの平安を破ったのは冒険者組合エーベンターリアギルドの入り口の前で薄汚れた衣服の少女の叫びだった。


「なんだよ。第3階梯ランク冒険者エーベンターリアである俺らが初心者に手取り足取り教えてやろうって言ってるだけだろ」

 少女を取り囲む冒険者の数は4人で年齢は僕らよりちょっと上だろうか?装備は結構くたびれているところを見ると優秀とは思えないな。あまり強そうな気もしないし助けておくかな。

「お、その聖印サーディ・シンボル始祖神オーランだろ。……ってことは神官モンクってところか。ちょうど回復役ヒーラー欲しかったんだよね。水薬ポーション代も安くないからさ~」

「名前は————」

 そういって少女の首から下げている冒険者組合エーベンターリアギルド認識票アーケナングスマークを手に取ると、

「セシリアか————」


「い、いやっ!」

 反射的なのか認識票アーケナングスマークを持つ男の手を払っていた。

「なんだよ。つれないなー」

「俺たちは親切で声をかけてやってるんだぜ」

「そうそう」

「人の親切にそういう態度はよくないんじゃね~の?」

 ギャハハハと4人が馬鹿笑いをする。

「す、すみません」

 セシリアは今にも泣き出してしまいそうだった。恐怖に身を縮こまらせ、華奢な肩が震えている。

「悪いと思ってるならさ~俺ら————」


「セシリア。待たせてごめんね」

 和花のどかがタイミングを見計らって少し大きな声で呼びかけながら近づいていく。セシリアと呼ばれた少女は声をかけた直後は事態を呑み込めていなかったようでキョトンとしていたが、すぐに状況を察したようだ。ぱぁっと表情が明るくなる。

「もう。遅いよぉ」

「ごめん。ごめん」

 そういって和花のどかはセシリアは抱きしめる。


「あ? なんだお前ぇ」

 邪魔されたのが気に入らないのか苛立たしそうに眉を顰め、和花のどかを睨んでくる。

「彼女とここで待ち合わせをしていたんですけど、何か失礼なことでも?」

「親切にも新人に――――」

 和花のどかの後ろに居る僕と男の目が合った途端、

「い、いや…………なんでもねよ」


「おら、帰るぞ」

 仲間と逃げるように去っていった。


「あれ? 僕の出番は?」

 ここは格好良く登場するところじゃ…………。



 ▲△▲△▲△▲△▲△▲



「改めてお礼を言わせてください。本当にありがとうございました」

 そう言ってセシリアが深く頭を下げる。

「気にしないで。最近あの手の輩が多くて困るのよねぇ」

 和花のどかがそう言って溜息をつく。例の一件で僕らは畏怖されてしまっているが、それでも歩いているとそういう輩によく遭遇する。


 いま僕らは冒険者組合エーベンターリアギルドの近くにある食堂ビアランに来ている。夕飯時だった事もあるのだが、セシリアさんのお腹が可愛らしく鳴いたのでご馳走するからと引っ張り込んだのである。


 食事をしながらセシリアの話を聞くと、この迷宮アトラクション区画エリア始祖神オーラン教会の孤児院に住んでいたのだが、15の誕生日を迎えた日に身なりのしっかりした中年紳士が息子の結婚相手にと結婚を強いられたために逃げ出したのだそうだ。


 ついさっき冒険者組合エーベンターリアギルドで登録を終えて今夜の宿をどうするか考えていた時に絡まれたらしい。彼女は可愛いし胸も大きい。和花のどかと並ぶと胸囲の格差社会だとか呟きたくなるくらいに大きさが違う。|健司《けんじとかが喜びそうだ。

 女性冒険者は数が少ないし、更に魔法使いスペル・キャスターは更に少ない。


 和花のどか精霊魔法バイムマジカの種類を幾つか増えたんだけど、【体力回復フィシカー・オブノバー】は使えるようになったけど、【治癒ヒーリング】を使うにはまだ精霊との感応コンタクトが巧くいかないらしく僕らだけで活動するなら癒し手ヒーラーとか欲しいねって話はしていた。一応は僕と和花のどか真語魔術ハイ・エンシェントの【軽癒リクトヒール】が使えるがあれは軽傷というか軽い傷しか癒せない。

 恩を売る訳ではないが、ここは一党パーティに誘ってみるべきだろう。

 食事が終わり一息ついた所で切り出すことにした。

「もし良かったらだけど、僕らと一党パーティ組みませんか?」

 僕と和花のどか冒険者組合エーベンターリアギルド認識票アーケナングスマークを見せながら、

「僕らも含めて4人…………5人なんだけど、そろそろ師匠から独立したいんだよね。いま募集しているんだ。どうかな?」

 セシリアさんは僕と和花のどかを交互に見てから考え込んだ後こう答えた。

「お邪魔ではなければ宜しくお願いします」

 そう言ってセシリアさんはペコリと頭を下げた。


「こちらこそ宜しくね」

 和花のどか、僕と順に握手を交わす。


 一息ついたところでセシリアさんがこんな爆弾を放り投げた。


「そういえばおふたりは恋人同士なのですか?」


 セシリアさんの爆弾発言に思わず

「「ち、違うから!」」

 ハモってしまった…………。

 そうだよと答えたいが、恋人の定義とは何かと問われると今の僕らは友達以上恋人未満? いや、互いの思いは知っているのだ。これは恋人でも良いのではないのだろうか?


 なんか微妙な空気が漂っているので話題を変えなければ!

「話は変わるけど、セシリアさんは奇跡はどの程度まで使えます?」

 セシリアさんは長くボリュームのある金髪をかきあげると、その特徴的な耳が目に映る。

「つい2週間20日ほど前に神の声が聞こえまして【軽傷治療キュア・ライト・ウーンズ】、【不死者退散ターンアンデッド】、【沈静ルーフ】、【覚醒アラウザル】、【邪悪からの防御プロテクション・フロム・イービル】の5つを授かりました。回数は頑張っても一日で5~6回ですね。」

 そう答えたあと僕の視線に気が付いたのか耳を隠し、こちらを窺うようにこう言った。

「やっぱり半端モノの半森霊族ハーフエルフとかお断りですか?」

「あ、ごめん。そうじゃないんだ。その…………なんていうか…………初めて見たものでつい…………」

 和花のどかもうんうんと頷いている。

「そういえばおふたりは西方の日本やまと皇国ご出身の方なのですか? あっちの方だと妖精アルヴ族自体が珍しいですものね」

 うんうんとひとり頷いている。

「気分悪く悪くさせちゃったらゴメンね。私たちもちょっと常識とかに疎くて…………」

 和花のどかの微妙なフォローが入り一応納得したようだ。

「話を戻すけど、奇跡以外は何が出来るんです?」

「教会の孤児院では薬草師ハーバリストの指導を受けていました。薬効のある植物や食べられる植物なんかは分かります。薬はちょっと自信がないです。あとは緊急時の応急手当くらいでしょうか…………。もしかしてお役に立てませんか?」


 完全な後衛型になるのか…………。そうなると健司けんじ隼人はやと前衛まえでセシリアさんを後衛うしろとして、自衛の出来る和花のどか瑞穂みずほをその護衛に当てて、僕が遊撃ハーストかな。結構いいんではないだろうか?


 あれこれと思案していたところを和花のどかが脇腹を抓ったことで打ち切られた。

「また話を聞いてない。いつきくんは考え事を始めるとすぐに周りが見えなくなる」

 和花のどかにはそう言われて怒られるし、それを見ていたセシリアさんにはクスクスと笑われてしまった。


「ホントにごめん。一党パーティ編成をどうしようか考えてただけだよ。それで何の話をしてたの?」

 そうやらそれぞれの呼び方で話をしていたらしい。敬称を付けるのはやめようねって事だそうだ。あとはセシリアさん…………セシリアは孤児院時代はセシリーと呼ばれていたのでそう呼んで欲しいとの事だった。

 その後の話で分かったのは、孤児院を逃げるように出る際に僅かな資金しか持ってこなかった事で装備はおろか今夜の宿すら決まっていない事だった。


「なら、うちにおいでよ。都合のいい事にベッドが一つ空いてるし」

「え!?」

 いや、こんなエロい身体した美少女を馬小屋に泊らせるとか危険極まりないとはいえ、一応僕も男なんですが…………。

「いいんですか? なんだか申し訳ないです」

 そうセシリーに頭を下げられてしまってはもうダメとも言えない。セシリーも孤児院で同年代の異性と同じ部屋で寝起きを共にしているので僕が居ても抵抗は感じないらしい。それって異性として見られていないってことですよね? 話の方は完全に和花のどかのペースで進んでいる。


 その後も和花のどかのぺースで話は進み、明日はセシリーの装備を買ってお試しで迷宮アトラクションへ潜ってみようって事で話がまとまった。


 その後師匠宅へ瑞穂みずほを迎えに行き、セシリーを紹介して帰路に就いた。


「ここが和花のどかの住んでいる板状型集合住宅マンションですか…………。凄いです」

 そう感想を漏らすセシリーに「どうよ」と言わんばかりのドヤ顔の和花のどかが「そうでしょうそうでしょう」と頷く。

 でもこれ賃貸だからね。



「セシリーは、そこの二段ベッドの下を使って。んで悪いけど瑞穂みずほは上に移動してね」

 部屋に到着して一息ついたところで和花のどかがてきぱきとその場を仕切る。

「うん」

 そう短く返事をして瑞穂みずほは上のベッドに上がっていく。軽い方が上になるのはある意味お約束だと思うので瑞穂みずほも特に不満は言わない。

「寝具は後で洗濯に出すから、今日は申し訳ないけどこのまま寝ちゃって。あ、【洗濯クリーニング】の魔術で綺麗にしちゃおうか」

 和花のどかがそう言うと何故か僕の方を見る。まさか僕にやれと…………。


綴るコンポーズ生活ユーズ第二階梯ルルク。————」

 呪句タンスラを詠唱し効果対象を拡大し魔術を完成させた。


「これが【洗濯クリーニング】の魔術ですか…………。まるで洗い立ての様ですねー」

 セシリーがいたく感動していた。

「ところで、僕もここで寝るんだけど問題ないの?」

 話で聞いてはいたけど念のためにセシリーに聞いてしまった。

「孤児院では性別や種族は関係なく雑魚寝でしたから特に気にしてはいないですね」

 何でもない事の様にそう言った。

 倫理観の違いだろうか? やっぱ異性として見られていないのだろう。だが見られたとしても困るか。そういう事にしておこう。


 そんな事を思っていると和花のどかがスススッと近寄ってきて————。

「なになに。いつきくんはセシリーに欲情しちゃうから同じ部屋では寝れないのかなー? 彼女エロい身体してるもんねー。ごめんねー、残り二人は貧相だもんねー」

 ニヤニヤしながらそんな事を耳元で囁いた。吐息がくすぐったい。

「!?」

 反論しようと口を開きかけた時には踵を返していて、

「私も寝るねー。おやすみー」

 さっさと梯子を上って上のベッドに上がっていってしまった。


「お二人は本当に仲がいいのですね」

 クスクスと笑うセシリーも「おやすみなさい」と横になってしまった。


 瑞穂みずほもいつの間にか寝入ってるようだし僕も寝ることにしよう。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る