第48話 狙撃される。

 師匠と別れた後に白鞘の打刀かたなこしらえてもらおうと刀装屋シュワートを探したのだが、どうやら打刀かたなは美術品として扱われているため、今いる迷宮アトラクション区画エリアには店が存在しないらしい。なにせ白鞘のままでは実戦では使えないからだ。白鞘の役目は無垢材の特性を用いて刀身ブレイドの長期保存の為の物で柄も実戦を想定していない。ちなみに普通の鞘は漆塗りでうっかり内部が湿気ると刀身ブレイドが錆びてしまうので保存には向かないのだ。


 富裕層の区画エリアに入るには冒険者組合エーベンターリアギルド銅等級第五階梯まで昇格しないと権利を得られない。

 諦めて板状型集合住宅マンションへと帰宅し和花のどかに先ほどの内容を話す。



「ふ-ん…………。なるほど」

 全てを聞き終わった和花のどかの第一声は如何にも興味なしと言った反応だった。

「狙われたのは僕だからってちょっと冷たくない?」

「だって、先生が何とかしてくれそうだし考えるだけ無駄無駄ー。それじゃおやすみー」


 筒型衣チュニックの裾から悩ましげな素足を晒しつつ上のベッドへと上がっていく。気が付くと瑞穂みずほも寝ていた。師匠の信用度? それとも実際大したことじゃないの?



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 予想通りの展開であった。

 瑞穂みずほを師匠のところに預けて運よく遭遇した健司けんじと共にいくつかの奴隷商スクラブ・ディーラーを周るもあからさまに価格を釣り上げてきたのだ。

 僕らは作戦会議と称して立ち寄ったオープンテラスの喫茶店カーバーで早めのお昼を取りつつ今後について話し合っていた。


「流石に残りの資金だと厳しいな。昨日の倍だぞ」


 健司けんじの一言が僕にはグサリと突き刺さる。もちろん健司けんじが遠回しに糾弾しているとかではない。昨日はもっと買取が出来たはずなのである。健司けんじがそういう性格の人物ではないし単に事実を述べているだけだ。

 この件に関しては意識誘導されており正常な状態ではなかったから仕方なしで片付けるには手痛いダメージである。


「子供は労働力としては微妙って事もあって価格が安いから有無を言わさず初等部の子らから優先でいいよね?」

 この和花のどかの意見には僕も健司けんじも賛成だった。

 だが…………。

「言い方は悪いが現実逃避しちまった精神メンタルの弱いのは後回しでいいよな? 元の世界に戻っても回復しない場合もあるし、武家だと寄生虫パラサイトは戸籍抹消で一般市民落ちだろ? 精神メンタルの弱い奴が元武家の風当たりの強さに耐えられるとは思えないんだよな」

 その元武家出身の健司けんじが言うと真実味が増す。当人は茶化しているが中等部時代は武家側と市民側両方から苛めを受けていたらしい。わかりやすく力でねじ伏せたらしいけど。


 あれこれと意見を出し合って纏まったのが、和花のどか精霊使いシャーマンとしての能力だ。

 精神インテンション精霊バイムを感知出来るという才能を利用するのである。精神インテンション精霊バイムいわゆる様々な感情を司る精霊バイムを感知し正常そうな子から見受けしようって事となった。

 そのためには個室で一人一人面接する必要があるんだけどね。


 軍資金は3人合わせて15万ガルドだったのだが、健司けんじの一声で20万ガルドまで増やした。


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「もう疲れたよ…………。いつきくん、おんぶして」

 そう言って和花のどかが僕へとしな垂れかかってきた。声にも力がない。

 それも仕方ないと言える。打ち合わせ後三刻六時間ほど和花のどかには精霊バイムの感知を頑張ってもらった。延々と集中していて精神的疲労だとは思う。師匠の様な熟練の精霊使いシャーマンならもっと負担が少ないらしいのだが、使えるようになったのが最近の和花のどかにはかなりの重労働だったのだろう。

「仕方ないなー」とぼやきつつ和花のどかを背負う。薄い布地越しに伝わる体温にドキドキしたのは内緒だ。


 僕らの後ろには総勢80人に及ぶ初等部のお子様たちがぞろぞろと付いてきている。

「まさかこんなに身請けできるとは思わなかったなー」

 振り返りその列を眺める健司けんじがそう呟く。


 なぜこうなったのかは僕らにはわからない。ただ突然「子供であれば2500ガルドで譲ります」と言い出したのである。

 いくつかの奴隷商スクラブ・ディーラーを周ったけど結果は同じだった。

「なんにしてもこれで初等部のガキ共はみんな帰せるわけだ。理由なんてどうでもいいさ」

 そう健司けんじは言うが果たして…………。


 考えるのはやめよう。今はこの奴隷スクラブの最終処分場ともいえる場所から子供たちを解放できた事を素直に喜ぼう。


 注目を集めつつ無事に師匠の邸宅に到着し子供たちを預ける。

 不安から泣き出す者もいたけど、女中メイドと思しき女性たちが宥めすかしている。師匠によるとその道のプロを臨時雇いしたらしい。ほどなくしてみな大人しくなった。

 それを見届けたのちに僕らは帰路へと就く。

 一休みして体力スタミナも回復したであろう和花のどかを降ろそうとして駄々をこねられどうしたもんかと思っていると、

「俺がおぶってやろうか?」

 見かねた健司けんじがそう提案した途端に、「歩けるもん」と言って降りてしまった。

 いや、もんって…………。


 微妙な空気のままもと来た道を三人で歩いていると、前を歩いていた健司けんじが振り返り、

「さてっと。明日からどうするよ?」

 場の空気を変えるためか健司けんじがそんなことを聞いてきた。それに対してどう答えようか思案していた時だ————。


 一瞬だが殺気を感じた。その瞬間————。

散開ブレイク!」

 僕はそう叫んでいた。


 訓練の賜物か瞬時に反応し別々の方向に散った為か被害は出なかった。

 だが僕が居た後ろの石壁に太矢クォーレルが突き刺さっていた。

 いくらクロスボウでもありえない威力だぞと思って周囲を見回すと路地裏からこちらを窺いつつ次弾を装填しているみすぼらしい格好の黒髪の男が居た。

健司けんじ!」

「あいよ!」

 僕の意を組んだ健司けんじがその男に突撃する。

 男は次弾装填にもたついていて健司けんじが近づいてきていることに気が付いていない。

 そして健司けんじの存在に気が付いた時には時すでに遅く打ちおろしチョッピ右ストレートグ・ライトが決まっていた。

 男は石畳に叩きつけられるように打倒されそのまま気を失ってしまったようだ。


「これ、どうするよ?」


 倒れた時に落としたであろう巻上式重弩クレインクィン・クロスボウをコツコツと蹴りつつそんなことを聞いてくるが無論取り上げる。

 巻上式重弩クレインクィン・クロスボウは人が携帯できる飛び道具ミサイルウェポンとしてならほぼ最高位の威力であろう。ただし欠点もあり連射が全く出来ないという。巻き上げに時間がかかり熟練でも一分で二射くらいとの事だ。まさか3サート約12mにも満たない距離で撃ち込まれるとは想定していなかった。ましてやここは町中なのである。


「んで、こいつどうするよ?」

 再び健司けんじがそう問う。もちろん男の処遇だ。

「とりあえずこいつは衛兵セントリーに預けよう」



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「そんな!」

 衛兵セントリーの詰め所に僕の叫びが響き渡る。

 僕を襲った男には罪は問えないとの事で釈放されてしまったのだ。

「彼は戦闘奴隷スクラクト・スクラブです。奴隷スクラブが行った犯罪は主に責任が行きますが奴隷そのものには罪を問えないのです。例えるなら————」


 犯行現場に残された凶器に罪を問うのか? って事になるそうだ。

 そして衛兵セントリーには捜査業務が含まれていないので憲兵隊ソタポリーシに訴えるようにと言われる。

 ここでいう憲兵隊ソタポリーシとは、戦闘支援兵科の一種の方ではなく警察権を持った国家憲兵の事らしい。

 憲兵隊ソタポリーシの詰め所まで赴き書類を作成して帰路に就いた。それにしても…………あの男は明らかに僕を狙っていた。


「こら、いつきくん」

 思案に耽っていると和花のどかに腕を抓られた。

「あれ?健司けんじは?」

 周囲を見回しても健司けんじはいないし、いつの間にか板状型集合住宅マンションの前にいるのである。どうやら詰め所から出て延々と考え事していたようだ。よくここまで歩いてこれたな。


「私がここまで手を繋いで引っ張ってきたんだよ。すめらぎが呆れてたよ」

 頬を膨らませて怒る和花のどかも可愛いなとか思っているとさらに腕を抓られた。

「狙われてたのにぼんやりしてると危ないよ?」

 ごめんごめんと謝りつつひとつ用件を忘れていたことを思い出した。

「ごめん。冒険者組合エーベンターリアギルド行かないと」

 そう言ってきた道を戻ろうとすると、

「私も行くよ。何かあっても怖いし」

 そう言って和花のどかが腕を絡めてくる。


「そういえば何をしにいくの?」

「現地人の人員を一党パーティに入れようかと募集をかけてたんだよ。こっそりとね」

 誰か募集に応じてくれる人がいいねと話していると————。


「やめてください!」

 僕らの平安を破ったのは冒険者組合エーベンターリアギルドの入り口の前で薄汚れた衣服の少女の叫びだった。

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