第46話 思わぬ出会い

 三の刻六時に僕らは起きた。

 起きたというか時計塔メナーラー・ジャム三の刻六時に盛大に鐘を鳴らすのである。

 いそいそと着替えて、よろず承り係コンシェルジェに鍵を預けて板状型集合住宅マンションを出る。

 この世界は役人でもなければ朝は早い。この時間ともなると飲食店は開き、迷宮アトラクションへと出向く冒険者エーベンターリアたちが朝食を摂っている。

 出遅れた僕らは混雑を避けるために屋台で鶏から揚げフーウ・フリティアート甘藍キャベツ白麺麭フバイド・リーブ挟んださしずめから揚げサンドのようなものと野菜の具沢山汁物グロンツェーガー・ブーラッドを買い、広場ホールのベンチに腰を下ろして堪能する。


「この町に滞在すると他の町へは行けなくなるって言ってたけど、わかるわー。食べ物がおいしすぎる。衛生面でも綺麗だし、住人もゴミのポイ捨てがないのよねぇ」


 和花のどかの言う通りなのだが、実はポイ捨てがないのは罰金刑があるからだ。完全武装の衛兵セントリーがそこかしこに歩いているし底辺層は犯罪者予備軍って認識なのかもしれない。

 ただ衛生面では確かに優秀だ。上下水道もほぼ完備だし馬車の移動を禁じているので街路沿いに馬糞が散乱している事もない。ここでの荷物の移動は奴隷スクラブ荷車キャリオールを曳かせているのである。


「さてっと。食べ終わったみたいだし行こうか?」

 そう切り出してみて初めて気が付いた。

「君ら、それ何?」

 和花のどか瑞穂みずほが買った覚えのないものを食べているのである。

「あ、これ? 氷菓ゲダーだよ。そこで売ってるんだけど、いつきくん呼んでも返事なかったし…………もしかして食べたいの?」


 氷菓ゲダー、ざっくりいえばシャーベットないしソルベだった。確かに今はこの半島は夏だ。湿度が低いから日本やまと帝国のようにジメジメした暑さはないとはいえ日中は30度を越える日が多い。売れるんだろうなー。よく見ればアイスクリームもあるようだが、一律で氷菓ゲダーとされている。僕らのいた世界みたいに法律で分類分けとかはされていないようだ。


 陶器の器に入った氷菓ゲダー小銀貨6枚6ガルドとやや高いが器を返却すると小銀貨2枚2ガルド戻ってくるらしい。


「いや、時間も勿体なし今度でいいよ」

 名残惜しいがさっさと嫌な作業は済ませてしまいたい。

「仕方ないなー。はい、あーんして」

 和花のどかさも仕方ないと言わんばかりに匙をこちらに向けてくる。そこには氷菓ゲダーが…………。

 こちらの反応を楽しむようにニヤニヤとした和花のどか表情かおが地味にうざ可愛いのがむかつくがここは乗ってやろうじゃないか。

「あーん」

 しゃぶり尽くしてやった。味は西瓜メランシア、すいか味だ。


「…………」

 匙を見つめて顔を真っ赤にする和花のどかを眺め勝ち誇っていると右から匙が付きだされた。瑞穂みずほ君もか…………。


「あーん」

 抑揚イントネーションのない声でそういって更に突き出してくる。

「あーん」

 そういって口に含むと…………彌猴桃キーウィーズ、キウイフルーツ味か。

 この町は危ない。

 食い物で人の心を繋ぎ止める魔力があるに違いない。ここである程度資金と実力を付けたら旅に出たかったけど、これは計画を練り直すべきだ。

 瑞穂みずほはというと珍しくニコニコと相好を崩していた。


「さて、行こう」

 そう言って僕は立ち上がり、つられて和花のどか瑞穂みずほも立ち上がる。

 陶器を返却し4ガルド返金してもらい素早く周囲を窺う。

 先ほどまで畏怖交じりでじろじろ見ていた不躾な視線が若干和らいだような気がした。

 これは二人に感謝しないとね。

「二人ともありがとね」


「————美味しかった?」

「…………」

 和花のどかは僕の真意は伝わらなかったようだ。確かに氷菓ゲダーは美味しかったけどね。

 瑞穂みずほはニコリと笑みを浮かべるだけだった。


 ▲△▲△▲△▲△▲△▲


 瑞穂みずほを師匠に預けてきた。

 てっきり顔を合わせたら昨夜の件で怒られると思ったのだが、何も言われなかった。知らないのだろうか? 却って気味が悪い。


「それじゃ、いつきくん。私はこっちの区画エリアを中心に動くから向こうの区画エリアは宜しくね」

 そういうと和花のどかは僕の返事を待たずに手をひらひらさせつつ右の商業区画エリアの方へと去っていった。


「仕方ないなー」

 そうぼやいてみる。

 本音を言えば和花のどか一人だと何かあった時に対処できるのだろうかとか不安はある。


 和花のどかと反対方向へと歩きつつ路地をそれとなく見回す。


 …………やっぱり結構いるね。


 首から値札をぶら下げた日本やまと帝国人。同じ学園島の住人だ。年齢は様々だが不思議なことに大人がいない。

高屋たかや! 高屋たかやじゃないか!」

水鏡みかがみ先輩!?」

 それ人は剣道部の主将であり十二年高校三年生の水鏡先輩であった。よく見ると値札が付いていないし武装している。

「先輩こそよくご無事で…………」

「ははは…………殆ど言葉も分からないし今も自由の身じゃないさ。戦闘奴隷スクラクト・スクラブって身分なんだよ。お前も恰好からすると同じか?」


 水鏡先輩に自分の置かれた状況を説明した。


「————運が良かったんだな。でも俺はもう今の生活に馴染んじまった。学校で戦闘教練を受けてたのが役に立ってな。もう何人も仕事で殺したよ。罪悪感も感じねー。戻っても元の学生生活とか送れそうもねーし戻ったらたぶん国外に出て民間軍事会社PMCに入る事になるだろうな」

 僕らの世界では第4次世界大戦が終わり50年が過ぎたが未だに小競り合いが終わらない。国連も機能しておらず秩序などないようなモノである。


 その後いくつか情報を収集して別れた。

 まず先輩は日本やまと帝国語しか出来ない。どういう訳か戦闘教練で習った日本やまと帝国防衛軍の手信号ハンドサインがそこそこ通じるらしく高い戦闘能力と相まって戦闘奴隷スクラクト・スクラブとして買われたらしい。買い戻す場合は金貨300枚30万ガルド必要になるそうだ。

 戦闘奴隷スクラクト・スクラブと言っても自由時間はあるらしく暇なときはブラブラと散歩をしているそうだ。


 とてもではないが金貨300枚30万ガルドとか用意はできない。

 失意のまま奴隷商スクラブ・ディーラーの店の扉をくぐる。


「おや、貴方は?」

 そこに居たのは駅舎街で瑞穂みずほを買い取った時の奴隷商スクラブ・ディーラーだった。

「本日はどういったご用向きで」

 彼にとっては奴隷スクラブから解放された瑞穂みずほの動向とかは興味がないようだ。

「ここは奴隷スクラブの最終処分場だから安いと聞いた。ちょっと奴隷の数が欲しい。安い奴隷スクラブを見せて欲しい」



「少々お待ちを————」

 その奴隷商スクラブ・ディーラーは従業員を呼び何やら耳打ちする。

 従業員が奥へと消えていき、僕は大きな商談室へと通される。


 八半刻一五分ほど奴隷商人スクラブ・ディーラーと茶飲み話くらいの感覚で奴隷スクラブの運用方法などについて聞かれるものの迷宮アトラクション攻略の荷運び人ポーターや仮設休憩拠点キャンプの設営要員程度に考えているが安いうちに予備も含めて数を揃えておきたいと適当にお茶を濁しておいた。


 そろそろ話のネタも尽きた頃タイミングよく従業員が入ってきて用意が出来たと告げてきた。


 ゾロゾロと大きな商談室に実に50人もの奴隷が並ぶ。

 ぶっちゃけ教室くらい大きな商談室だったから結構人数居るのかと思ったけど、まさかこんなにいるとはねぇ…………。


 ただよく見れば今回は見送り確定の奴隷スクラブもいた。

 こっちの世界のトゥル族や森霊族エルフ地霊族ドワーフ、それに亜人ラトゥル族と蔑む獣耳ラトゥル族だ。

 奴隷商スクラブ・ディーラーに言って該当しない15名を下げさせる。

 彼らはトボトボと去っていく。その表情かおは最初からなんも期待していない感アリアリだった。


 残った奴隷スクラブ公用交易語トレディアがほぼ理解できない者たちだが……。


「全員注目!」

 僕は日本やまと帝国語でそう叫んだ。

 その言葉にすぐに反応したのは22名で残りは周りの動きを見て慌てて同じような行動をとった。

 13名は除外かな。

 奴隷商スクラブ・ディーラーに言って13名を退室させる。


「僕は日本やまと帝国所属高屋たかや家五男の高屋たかやいつきです。学園島十年高校一年生になります。突然このような事態に見舞われさぞかし混乱されている事でしょう。僕は皆さんの解放と帰郷を約束します。いまは大人しく僕に従ってください」

 日本やまと帝国語でそう告げた後、様子をうかがうと最初は事態を呑み込めていなかったようだが安心したのか多くの者が泣き崩れた。


「彼らを全員買い取ります。見積もりを下さい」

 公用交易語トレディアに切り替えて奴隷商スクラブ・ディーラーに告げた。

「ありがとうございます。この者たちは未成年の様で体格も幼く、膂力ストレングスも低く、体力スタミナもなく使い道がなく、言葉も通じない者でこのままだと格安で闘技場スタディアナズ合成獣キマイラ食人鬼オーガーの餌にでもするしか道がなかったんですよ————

 奴隷商人スクラブ・ディーラーは揉み手で嫌らしい笑みを浮かべそう捲し立てた。


「破棄予定の奴隷スクラブ22名で55000ガルド。初期登録税込みで6万ガルドで如何でしょうか?」


 6万というと金貨60枚か……。思ったより安いかな?

 この時は気が付かなかったが金銭感覚が麻痺していたのである。いや、これで同胞を助けるんだと自分の行い行為にラリっていたんだろう。


 書類手続きなどに半刻一時間ほどかかりお金を払って路地に戻る。外には頼んでおいた魔導客車マギ・ビーグルが待っていた。この魔導客車マギ・ビーグルは箱型でどーみてもタイヤのないマイクロバスなところが異世界感ないなーとか空気読んでよとか思わないでもない。

 運転手である騎手ライダーの人は車内に薄汚れた大量の奴隷スクラブを乗せても嫌な顔一つしないプロフェッショナルである。

 まー割増料金出してるんですけどね。

 見受けした22名は下は四年小学四年生から上は九年中学三年生までだ。女子はおらず家柄も全員が二等市民一般市民の子たちだ。


 開放感からはしゃいでいるが、ここ数か月の劣悪な生活環境でかなり痩せこけている子も多い。


 四半刻三〇分ほどで師匠宅の門へと到着する。



 ▲△▲△▲△▲△▲△▲



「それではお預かりします」

 守衛さんはそう言って門を閉める。見受けした子供たちには別れを惜しまれたのだがまだお昼前なので次の奴隷商スクラブ・ディーラーを探さなければ。

 箱型の魔導客車マギ・ビーグルはタクシーみたいなもんだったので既にここにはいない。徒歩で戻ることになる。


 そういえば昨夜の怪しげな青年から貰った護符アミュレットの件で師匠に相談するの忘れてたなーとか考えつつ歩いていると————。


いつき

 歓楽街のそばで後ろから隼人はやとに呼び止められた。

「もう身請け始めてるのか?」

「うん。低学年の男子22名を身請けして師匠のところに預けてきた帰りだよ」

 隼人はやとは「そうか」と言うとこう切り出した。

「俺らが体張って稼いだ金でする意味あるのか? お前なんて死にかけたじゃんよ。そんなに称賛されたいのか?」

「…………称賛されて嫌な気分にはならないし、自己満足と考えてもいいけど、恩って巡り巡って自分に帰ってくるって僕は信じているんだよ。だからいいんだ」

 僕はそう締めくくった。だがその台詞が隼人はやとの勘に触ったようだ。


「お前は何もわかっていない! なんの為にこの世界に残ったんだよ! 元の世界…………生まれ故郷を捨てた理由を思い出せよ! 小鳥遊たかなしやお前の従妹に何かあった時はどうするんだよ! 手持ちの資金がないからって途方に暮れるのか? 売りつけた恩がいつか返ってくるから大丈夫と見殺しにするのか? それでいいのなら俺は何も言わねー」


「い、あ、僕は…………」

 グサリと隼人はやとの言葉が突き刺さった


「この資金があれば武装を整える事だって出来るし魔法の水薬ポーションだって買えるはずだ。病気になった時どうする? こっちには医療保険とかないんだぞ。毎回毎回ヴァルザスさんやマリアちゃんが蘇生させてくれるわけじゃないんだぞ!」


「う、うん。わかっている」

「いや、わかってない! お前は思わぬ収入と周囲の冒険者エーベンターリアの畏怖に気分を良くして、そんな自分にラリってんだよ!」

 胸を抉るような一言の後に続いたのは頭部を殴りつけるような一言だった。


「僕がラリってる…………」

 目の前が真っ暗だった。今はお昼前だ。どうしたんだ僕は…………。


「言うことは言ったから俺は行くわ」


 そう告げると隼人はやとは去っていく。ショックで何も考えられない————。


 ▲△▲△▲△▲△▲△▲



 気が付くと九の刻一八時の鐘の音が鳴っていた。

 食事もとらずどこで何をしていたのかすらわからないが和花のどかと落ち合う約束をしていた広場に佇んでいた。


「お待たせー。待った?」

 すこし離れたところで僕を見つけた和花のどかが小走りに近寄ってきた。

「あれ? 何かあったの?」

 小首を傾げてそんな質問をぶつけてくる。そんなに判りやすい表情かおしたのか…………。


「ん~なんか言いにくそうだね? そうだ! ちょっと待ってて」

 何かを思いついたのかそう言うと和花のどかは踵を返し何処かへと向かっていった。


 そして程なくして戻ってきた。

「お待たせ。伝言屋プレーネシマッツァーに先生への言伝ことづてをお願いしてきた」

 そう言って僕の左手を握る。

板状型集合住宅マンションへ帰ろ。瑞穂みずほちゃんが戻ってくる前に話を聞いてあげる」

 僕は和花のどかに手を引かれて板状型集合住宅マンションへと歩いていく。

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