第45話 意外な訪問者

 帰宅してみると瑞穂みずほは待ちくたびれてたのか座卓に突っ伏して寝ていた。


 声をかけ少し揺すってやるとようやく目を覚ます。

「あ、いつき兄さん。おかえり」

 眠たげな眼をしつついつも通りの平坦な口調だった。

「眠いなら隣の寝室で寝なさい。好きな場所選んでいいから」

 そう瑞穂みずほに言い寝室代わりに使う部屋への扉を開けてやる。

 トボトボと眠たげな足取りで右にある二段ベッドの上段へと上がっていった。


「おやすみ」

 そう聞こえた気がした。



「それじゃ、先に着替えちゃってよ。僕は廊下に出てるから終わったら呼んで」

 そういって出ていこうとすると左手を掴まれた。

「そういうのはいいよ。これから毎日なんだし。だいたい外で寝泊まりするときはそんな事しないじゃないの」

 そう言って怒るのだった。 

 そりゃ確かにそうだけど…………。


 そんな些細なことは気にしてないと言わんばかりに和花のどか外套マントを羽織ってからゴソゴソと着替え始めた。見ないように振り向いたが正直見えないことで衣擦れの音が余計な想像力を掻き立てて————。


 着替え終わり施錠もしてひと段落したのちに座卓を挟んで僕と和花のどかは座り込む。


「ところでもうすぐ元の世界に帰れる訳だけど、ほんとーに残留でいいの? 家が恋しいとか、元の生活レベルが愛おしいとかないの?」

 最終確認って意味だろうけど和花のどかが聞いてくる。

「いや、男の僕より女の和花のどかの方がこっちだと大変だと思うけど後悔はないの?」

 女性の社会進出も少なく、底辺層の住人はナチュラルに男尊女卑な傾向にある。

 質問に質問で返すのはちょっとアレだが、僕の意志は決まっている。

「僕はもちろん帰らない。ここでやる事もできたからね」

 何年かかかってもみんなを元の世界に戻してあげたい。もちろんその間に死んでしまう人もいるかもしれないがそれでも帰せるだけ帰したい。

「でも、それだと力がいるね。財力とか人望とか武力とか」

「わかっている。そ————」


「————力が欲しいのか?」


 その声は唐突に聞こえた。

「誰?」

 僕と和花のどかは声の主を探す為キョロキョロと周囲を見回す。だがここは僅かな家具のみが配置された殺風景な居間リビングだ。


「————力が欲しいのか?」

 それは半透明な青年だった。

「力は欲しいが、それは自らの努力で掴むもので誰かから与えてもらうものじゃない! 確かに力は欲しい。だが与える側は無償で与えるはずもないし、それに…………借り物の力で何かを成し遂げても…………一時はラリって高揚するだろうが最後は虚しくなって終わりだろう。僕は自分にできることを自分のできる範囲でやる。だからお前に用はない!」

 そう言い切った。


「————面白いやつだな。気に入った」

 半透明の青年はそう言うと何かを僕の足元に放った。だが僕は警戒してそれを確認しない。ただ半透明の青年の挙動を観察するだけだ。


「それを受け取っても何かを強要するつもりはない。楽しませてくれた礼だよ。素直に受け取り給え」

 半透明の青年に悪意とかは感じなかった。

 チラリと横目で和花のどかを見ると目が合った。彼女は無言で頷く。

 視線を足元へと移すとそこには封をした小袋があった。


「これは?」

 視線を半透明の青年に戻しそう尋ねた。


「なに、ただの護符タリスマンだよ」

 半透明の青年はそう言った後、こう付け加えた。

「身に着けていればいい事もあるさ。では私は消えるとしよう。貴公の判断に敬意を表する、再会の日まで壮健なれ」

 そう告げると霞のように薄れていき消えていった。

「いったい何者なんだろうね? でも再会の日まで壮健なれって…………また来るって事?」

 和花のどかは、うへーって顔をしかめる。

「ホント何者なんだろうね? とにかく明日師匠に聞いてみるか」

 面倒そうなんで出来ればもう関わりたくはないけどね。

 それにしても護符タリスマン…………お守りか。


「そういえばどこまで話したっけ?」

 ひとしきり思案した後、ふと話が途中だったことに思い至った。

「要約すると何をするにも力がいるねって話だったかと」

 そんな感じだった気がする。


「それは置いといて、それより瑞穂みずほは何で帰らない訳?」

 あえて話題を変えてみた。

瑞穂みずほちゃんが、尊敬そんけーするいつき兄さんを放って帰るわけないでしょ?」

 冗談めかした口調で、そんなの当然じゃんと言わんばかりの回答だった。

「なになに? 帰ってほしいの? もしかしてお邪魔?」

 ニマニマしながら聞いてくる和花のどかがウザ可愛いがそれは口にしない。しかし尊敬ねぇ…………。


 正直言うと和花のどかとこんなやり取りをする日が来るとは想像してなかった。


「ねぇ? いつきくん。聞いてる?」

 思案に耽っていて和花のどかの話を全く聞いていなかった。

「ごめん。考え込んじゃって聞いていなかったよ」

「仕方ないなぁ」

 呆れられてしまった。

「明日の話だよ。瑞穂みずほちゃんを先生の所に送り届けた後、個別で買い取り交渉でいいんだよねって話」

 あー明日の予定か。

「うん。それで問題ないかな」

 問題は手持ちの資金でどれだけの人数を身請けできるかだね。大量に買い付けている人が居る事が奴隷商人スクラブ・ディーラー達に知れたら途端に値を吊り上げられてしまう。初日が勝負かな?


「また話を聞いてない」

 頬を抓られた痛みで思案から戻ってきた。頬を膨らませて怒っている表情かおも可愛いなぁ。

 まー和花のどかとの事は焦っても仕方ないさ。


「もう遅いし寝ましょうか」

 和花のどかはそう言うと立ち上がり寝室へと歩いていく。

消灯ンディゼット

 天井にある魔法の照明に対して命令コマンドを発すると一呼吸後に居間リビングから明かりが消えた。

 月明りが差し込む寝室は部屋の左右に二段ベッドを置いてある。右の上段は瑞穂みずほが寝ている。僕はどこで寝るかな?


 驚いたことにこの板状型集合住宅マンションはガラス窓が標準装備なのである。もっとも技術的に薄い透明な板ガラスは品質管理が厳しく大量生産できないそうだ。ここのガラスはかなり厚みがある曇りガラスである。

 視線を感じてそちらを見ると月明りに照らされた和花のどかが僕を見ていた。

いつきくんが先に決めていいよ」

 残り三つのベッドのどれを使うかという話だ。

「では遠慮くなく」

 そう言うと左側の二段ベッドの下段にゴロリと横になった。藁の敷き布団じゃない事にちょっと感動を覚えた。


「それじゃ、私は上使うね」

 そういって梯子を上がっていく。和花のどかの部屋着は丈の短い筒型衣チュニックなんで生足が悩ましい…………。


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