第44話 幕間-2

「持ってきた」

 その幼女はそういうと無造作に袋をテーブルに置いた。その袋の下は不自然に赤黒っぽく濡れている。

「で、あいつらはどうだった?」

 ソファーに座る巨躯の男は幼女にそう質問した。

「思い切りがいい。でも技術が追い付いていない」

 幼女の回答は簡素だが容赦ないものだった。

「そうか…………。やっぱどこかで甘えがあるのかもしれないな————」

 対策を考えようと言葉が続く。

 ひとしきり思案したのちにテーブルの上に乗る袋に男の視線が移る。


「それで、こいつが例の結社ソシエティーの一員か」

 幼女にそう確認をする。

「間違いない。白の導師グルと連絡とってた」

 袋の紐を緩め中身を取り出す。

 それは女の生首だった。



綴るコンポーズ精神インテンス第八階梯フェブル探の位ランサイチ強行ファニー記憶キムフン精査イレッティ吸出イパ深度イジヌル発動ヴァルツ。【記憶抽出メモリア・レトリーバル】」

 静かな部屋に男の呪句タンスラの旋律が響く。

 魔術の完成と共に男の手が生首に触れる。


 暫く静寂が続くが八半刻一五分ほどして生首から手を放す。


高導師アルタ・グル級の術者キャスターでも拠点は知らされていないのか…………」

 その表情は失望に満ちていた。

「警護は続けるの?」

 唐突な幼女の問いかけで男の思案は打ち切られた。

「あーそうだった。続けてくれ。バレないように最小限度に頼む」

「わかった。男ふたりの方は?」

「そっちは依頼されていないから放置でいい。それにあいつ等は厄介事に首を突っ込むタイプじゃない」

「ん」

 幼女はそう頷き踵を返そうとし何かを思い出したように立ち止まる。


「そうだ。例の奴隷スクラブだけど調べたら700人くらい居る。だけどそろそろ処分されそう」

 そう呟くと足音も立てずに去っていく。



「そりゃー困ったねー」

 幼女が去った方を見つつ男はそう独りごちる。そして思案する。

 男の弟子は自分らの資産で買い取ると息巻いていたが、せいぜい100人も買い取れば御の字だろう。残り600人近いやつらは見殺しとするのか?


「————仕方ない。一肌脱ぐか」

 男はそう呟き部屋を出て暫く庭を歩く。

 立ち止まったのは倉庫と思しき建物だった。

 重そうな鉄製の両開きの扉を開け中へと入っていく。


 建物の内部は床の銀円からの仄かな明かり以外の明かりは存在しない。

「よっと」

 そう口にすると男は銀円に飛び込み身を沈めた。



 ▲△▲△▲△▲△▲△▲



 そこは書斎の様だった。椅子には初老の男が据わり何やら書類仕事をしているようだった。

「久しいな。だが、面会予約アポイントメントなしで訪問するには非常識な時間だ」

 その細身だが引き締まった肉体の初老の男は、突然現れた巨躯の偉丈夫に対してそう言った。

「無礼は承知だが緊急の話でね。こっちで神隠し呼ばわりされている件と言えば聞く気になるか?」

 初老の男はペンを置き思案気な表情をするも「聞こう」と巨躯の偉丈夫に話すように促す。


「まず神隠しの件だが、俺のいる世界の[白の帝国キチガイ]が集団召喚をした結果だ。ただあまりにも多人数だった為に召喚儀式は不完全に終わり、いくつかのグループに分かれて世界のあちこちに放り出された」

「うちの倅もか?」

 初老の男の問いかけに巨躯の偉丈夫は「そうだ」と答える。


 すこし思案の後に初老の男はこう切り出した。

「少し前に神隠しの後、数人が戻ってきてメディアを騒がせたが————」


「偶然だが俺が居合わせて俺が送り返した」

「なるほど。それは早計だったかもな。その戻ってきた数人はメディアに玩具にされて幾人かは引篭もったよ。息子の親友の六道りくどうせがれも将来のスポーツ界に期待されていただけに恰好の玩具にされて母親が心労で倒れ、息子も部屋から出なくなったそうだ」

「そりゃー悪いことしたな」

 巨躯の偉丈夫はそう言って頭をかくが、あまり反省している様子を受けない。


「なんだ。息子の事は心配じゃないのか?」

「お前さんがココに来たって事はせがれは庇護下にあるんだろう?」


「そうなんだが…………。そのせがれは帰りたくないと言っている」

「理由は聞いているかね?」

「一応は…………ね」

「あまり言いたくないといった感じだな」

 巨躯の偉丈夫はわずかに逡巡するもこう切り出した。

小鳥遊たかなしのお嬢さんと添い遂げたいそうだ」

 初老の男はやはりかといった表情を示す。

「確かにあの二人が添い遂げるには日本やまと帝国では無理だな。血統管理の問題と政略の問題でな」

いつきもそう言っていたよ。だから帰らないってな」


「せめて孫の顔だけでも見せてもらいたいものだ」

 しばし思案したのちに初老の男はそう呟くのであった。


「さて、ここからが本題だ」

 巨躯の偉丈夫は明るめの口調で話題を変える。初老の男も無言でうなずき話を進めるように促す。

「いま神隠しにあった学生や教職員のうち700名ほどが俺の滞在する町の奴隷の最終処分場と呼ばれる地区エリアにいる。こいつらは近々端金で死亡確定の場所で死ぬまでこき使われる運命にある。いつきが自分の稼ぎで買い取ってこっちに返そうとしているが、頑張っても100人ってところだろう」


「なるほど、我々に金を出せって事か」

「話が早くて助かる。と言ってもそっちの現金を貰っても仕方ないので代わりに物資で対応してもらう」

 巨躯の偉丈夫はそういうと一枚のメモ紙を差し出した。

 差し出されたソレを細身の男は目を通す。


「おい、待て。こんな安くていいのか?」

「いいんだよ。転売すれば元は取れる。そっちも金銭的被害も少ないしWIN-WINだろ?」

 巨躯の男の言いように納得したのかそれ以上は言わなかった。

「これはいつまで集めておけばいい?」

 物資の数は単価は安いが数が多く、一日や二日では集まるものではない。

「20日後に送還するからそれまでにかき集めておいてくれ」


「わかった。善処しよう」

「それじゃ俺は適当に観光して帰るわ」

 そう巨躯の偉丈夫は言うと手をヒラヒラとさせて去っていく。



 ▲△▲△▲△▲△▲△▲



 そこは薄暗い一室だ。周囲にはゴミが溢れ明かりと言えばパソコンのディスプレイの明かりのみである。

「くそ! くそ! どいつもこいつも!」

 その男は画面に文句を言いながら必死に文章を打ち込んでいく。

「俺は悪くないのになんでこんな目に合うんだ。しかも狂人扱いだと…………」

 その男はここ数か月ストーカーのようにメディアに張り付かれ一挙一動をネットニュースなどに晒されているのだ。まるで動物園のパンダのようだ。

 男は関連記事のコメント欄に必死に反論しているのだ。それが事態をよりエスカレートさせていると気が付いていない。

 男は憔悴していた。メディアの意図的な誇張され面白おかしく男の日常を晒していく。家のどこかに隠しカメラやマイクがあるのだろうか。


「ただ武家に生まれただけで才能がなくても優遇され守られるクソ共め!」

 彼の名を六道りくどう竜也りゅうやと言う。

 異世界から戻ってきて数か月。メディアや一部の愉快犯にいい様に玩具にされているのである。

「あの女! 俺を弄びやがって! くそ! くそ! くそ! あいつを半殺しにした後にあいつの目の前で壊れるまで犯してやる…………。クフフ…………フハハ!」

 自分のような優秀な人間がなぜこんな惨めな目に合うのか。誰もが称賛し羨むのが普通だろう。和花のどかに告白し付き合うに至った経緯は都合よく記憶の彼方に消えているのである。


 和花のどか仮面恋人カップルを装いつつ取り巻きの女子達と爛れた関係にあった事などやはり記憶の彼方なのである。

 いや、彼にとっては優秀なオスがメスを侍らすのは当然の権利という選民思想もあったのだから悪いなどとは思っていないのだ。


「俺に力があれば! すべてを平伏させ思い通りにできる力があれば!」


「————力が欲しいのか?」

 その声は唐突に聞こえた。

「誰だ!」

「————力が欲しいのか?」

「くそ! またいたずらか! いい加減にしろ!」

 手近にあった無線マウスを当てずっぽうに投げつける。壁に当たったそれは見事に壊れて落ちた。


「これで少しは信用できるかね?」

 声の主は半透明の青年だった。

「ゆ、幽霊!?」

「無礼も大概にしろ小僧。我は[%$#&$]だ。超常の存在イモータルである」

 半透明の存在は自らを超常の存在イモータルと名乗った。魔術や異世界アウタープレーンという概念を知る男にとってある意味納得のできる説明だ。


「何が望みだ」

「我は現世にはあまり干渉できぬ身。我に変わって仕事をしてもらいたい。仕事をこなすにあたって何時如何いついかなる者にも負けない力を授けよう」


「フハハ————。やっぱ俺のような真のエリートにはこういう展開もあるんだよ。血筋だけの坊ちゃんとは違うんだよ!」

 男はギャハハと笑い続けた。 


「いいだろう。俺に力を授けろ。そしてお前の願いも片づけてやる。その後は————」

 その後は小声でブツブツと口にしているが聞こえない。


「いいだろう。契約成立だ」

 半透明の男がそう言ったのちに部屋の主も姿を消したのであった。



 ▲△▲△▲△▲△▲△▲


「本日未明。あの六道りくどう竜也りゅうやくんの行方が分からなくなりました。現在自衛軍3000名と警察官500名の他に地元の有志たちが懸命の捜査活動を行っております。」


 そうテレビ番組やネットニュースが流れた。



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