第43話 独断専行は怪我の元

 居間リビングで寛いでいたその人物が突然立ち上がる。見つかったのかと思ったがどうやら違ったようだ。何時から居たのか、何もないはずの場所に一人の老人が立っていた。

「尊師。無事にを捕縛しました」

 立ち上がった人物は声音から女性のようだ。聖女? 何の話だろうか?

「証はあったのだな?」

 老人の問いにその女性は床に転がされている少女のスカート捲ったあと指を差し「ここに証が」と回答した。こちらからは残念だけどその証とやらは見えない。

「間違いない。貴重な実験用の生体サンプルだ。慎重に運べ」

 尊師と呼ばれた老人が言うだけ言うと姿を消した。魔術とか使った形跡はないから単なる立体映像?


「やれやれこのサイズを運ぶのも一苦労なんだけどねぇ。バラす事もできないし命令するだけの人はこれだから困るのよね」

 ソファーに腰掛けテーブルにあった琥珀色の液体の入ったグラスを持ち上げる。



「ねぇ。いつきくん。なんか玄関側が騒がしくない?」

 和花のどかに言われて気が付いた。確かになんか騒がしい。内容は聞き取れないが口論していたのが程なくして剣戟が聞こえ始めた。


 暢気にグラスを掲げていた女性は駆け込んできた黒ずくめの男に指示をだしているがココからでは聞き取りにくい。迎撃を命じているっぽい。駆け込んできた男が慌てて部屋を出て行き、また女性一人となった。


「チャンスじゃない?」

 和花のどかがそう聞いて確かめてきたが、ココまで来たものの未だに迷っていた。この件に首を突っ込んでもいいのだろうか? 普段の僕なら間違いなく和花のどかをなだめて衛兵セントリーに知らせに行っているはずだ。まさかとは思うけど…………。偶然とはいえ凶悪犯のマルコー一党パーティーを討伐したことで周囲が自分を畏怖するような雰囲気にラリってるのではないだろうか?

 相手の実力も判らず慢心しして自分ならいけると思い込んでいないだろうか?



 意を決して和花のどか手信号ハンドサインで合図を出して居間リビングに飛び込むと同時に片手半剣バスタードソードを抜く。

「誰!」

 物音でこちらに気が付いた人物はすぐに呪句タンスラを紡ぎ右手が術式グラニを宙に描く。


綴るコンポーズ創成クリエ第一階梯ファルク攻の位アェクス。————」


 間違いなくあの術式グラニ呪句タンスラは【魔法の矢エネルギーボルト】の魔術だ。誘導性の高い魔術だけど必中ではない。師匠に言わせれば気合で避けるか根性で切り払うか、それが無理なら気合で撥ね退けレジストろとのことだ。


 宙に二本の光輝く魔法の矢が出現する。


「まずい!」


 そう呟いた瞬間に後ろから押されて平衝バランスを崩すがギリギリで立て直す。

 その横を魔法の矢が通り過ぎ僕の元居た場所の床に一本が突き刺さりもう一本は————。


 和花のどかの苦悶の声と倒れる音が聞こえた。

 どうやら和花のどかがとっさに体当たりしたお陰で僕は辛うじてかわせた。振り返って負傷具合を確認したい衝動に駆られたけど、それでは和花のどかの行為を無にする事となる。


 魔術師メイジとの距離は1サート約4mと僕の間合いではあるが…………。

 駆け出すと同時に片手半剣バスタードソードを腰溜めにし、これが避けられると次はないという思いを乗せて右片手平突きを放つ。


 だが僅かに遅かったのか魔術師メイジは右手を突き出している。

 そこに収束する魔力マーナを感じた。


 呪句タンスラ呪印タルムー術式グラニもないって事は無詠唱で魔力マーナの塊を放つだけの【魔力撃ブラスター】しかない。

 それは刹那の判断だった。

 回避する間はない。先に突きが決まると信じて突っ込む

「根性ぉぉぉっ!!」

 気合を入れるためにそう叫ぶ。師匠に魔術の抵抗レジストのコツを聞いたときの回答が「気合根性だ」だったのだ。


 魔力マーナの塊がぶち当たった感触と女性の腹に切っ先が吸い込まれるように突き刺さり肉を割く嫌な感触がほぼ同時だった。


 だが切っ先は本来の狙った位置を大幅にズレていた。【魔力撃ブラスター】を抵抗レジストしたもののその威力で僕の体の位置がズレてしまったためだ。

 ただ突進する僕の勢い自体は相殺できなかったようで、ほぼ体当たりに近く形でふたりしてもつれるように転倒する。


 一瞬意識が飛んだように思えて瞬時に現状を確認する。転倒時に片手半剣バスタードソードほうったのか右手には何もない。急いで腰にある予備の小剣ショートソードを抜きつつ起き上がろうとしたところに衝撃が襲ってきて大きく吹き飛ばされた。激しい痛みに顔をしかめつつ見上げると脇腹に片手半剣バスタードソードを深々と突き刺したままの魔術師メイジがヨロヨロと立ち上がるのが見えた。


「このガキ……やってくれたね……」

 脇腹からかなりの出血をしているようでフラフラしている。

 立て続けにまるで速射砲のように連続して衝撃が僕を襲う。怒りに任せて【魔力撃ブラスター】を連打してるんだろう。先方も激痛と出血で魔力マーナを収束しきれないのか威力は低いが、衝撃であちこちに転がされる。激しい痛みで既に身体が言う事を聞かない。意識も飛びそうになっている。

 和花のどかの事が気になり頭を動かすと視界の端に倒れているのが見えるが生死はわからない。


 怒りに任せて連打していた【魔力撃ブラスター】が止む。

 薄れいく意識で魔術師メイジを見ると、

綴るコンポーズ八大エルム第四階梯ギデク攻の位アェクス。————」

 なにやら魔術の準備に入っている。頭上に真っ赤に燃え盛る火球が現れる。

火球ファイアボール】の魔術で爆殺かー。薄れいく意識のなかでそんな事を思っている。


 そして意識が途切れる直前に見た光景は、銀閃が走り、魔術師メイジの首が転がり落ちる姿だった。


▲△▲△▲△▲△▲△▲


 後頭部の柔らかな感触に違和感を覚えて目を開くと涙ぐんだ和花のどかが僕を覗き込んでいた。

「よかった。和花のどかは無事だったんだ」

 取り敢えずホッとした。

 動かなかったから心配だったが無事のようだ…………ん? 無事?


 あれ? そう言えば全身を襲う痛みがない。

 首を動かし状態を確認する。どうやら和花のどかに膝枕されていたようだ。

「僕は死んだんじゃないの?」

「マリアちゃんの奇跡ホーリープレイが間に合ったんだよ」

 なんでここにマリアベルデさんが?


 上体を起こして和花のどかが見ている方を見ると、純白の長衣ローブを身に纏う腰まで届く綺麗な銀髪の少女は確かにマリアベルデさんだ。その神秘的な紫水晶のような瞳が僕と目が合うとお辞儀をする。

いつきさん。今回も何とか間に合いましたけど…………。まーなんにしても死なずに済んで良かったです」

 そう言ってニコリと笑みを浮かべる。この笑顔だけで癒されそうだ。

「大まかな経緯は和花のどかさんに聞いたのですが正直に言えば無謀すぎですよ」

 ちょっと怒ったような表情でそう言う。怒った表情かおも素敵だ。

「私も樹くんも治癒の奇跡があと少し遅かったら助からなかったって」

 和花のどかも反省しているのか声に覇気がない。

 やはり僕らの行為は無謀だったのか。たしかに無策ではあった。慢心かねぇ?


 あれ? そういえばあの魔術師メイジは誰が倒したんだろう? マリアベルデさんかな?

「ホント何度も助けて貰って…………なんとお礼をしていいのやら…………。ところで、そこの魔術師メイジは誰が倒したんですか?」

 それが気になる。

「あれ? いつきくんが倒したんじゃないの?」

 当然だが和花のどかは気を失っていたから見ていない。

 気になって首なしの死体を確認しに行くと————。


「……切断面が綺麗すぎる。まるで鋭利な刃物で一瞬で断ち切ったような感じだ…………」

 僕の安物の片手半剣バスタードソードではこうはいかない。この武器は斬るというより重さで割裂くと表現するような切り口になるはずだ。だがこの魔術師メイジのソレはまるで達人が打刀かたなで断ち切ったように綺麗なのである。


「私が来た時には首だけ何処かに持ち去られた遺体があっただけなの」

 僕が遺体を気にしているのを見取ってマリアベルデさんがそう告げてきた。実際のところ僕らはどれくらい気を失っていたんだろうか?

 最初は師匠かと思ったけど、仮に師匠だとすると今頃は正座させられて説教コースだろうし…………。

魔力斬リープ・スラッシュ】の魔術でもここまでにはならない。他に該当しそうな魔術と言えば…………。


「ん~、この痕跡だと【風斧斬バイント・トラガー】の魔術かな? もうひとつ【水斧斬アーグワ・トラガー】があるけど、あれは痕跡が残るしなー。それとも最近噂になってる真空の刃で相手を切り裂く剣士フェンサーがいるって話を聞いたけどその人かしら?」

 真空の刃かー。武技グウェラー・アーツ使いって可能性もあったな。

「でもなぜ首だけ?」

 思わず疑問を口にしてしまう。


「死者の脳から情報を引き出す魔術がありますから多分その為かと?」

 確かに頭部だけ運んだほうが楽ではあるな。でも誰だったんだろうなぁ? そして僕はあれこれと思案しだす。


「そういえばマリアちゃんは何でここに来たの?」

 和花のどかがそんな事を聞いた。僕もそれは気にしていた。

「ん~。依頼でここに踏み込む予定だった冒険者エーベンターリア一党パーティ回復役ヒーラーが居なかったから臨時で同伴しただけなの」

 偶然だったのか。



 ▲△▲△▲△▲△▲△▲




 館を出ると5人のむさ苦しいおっさん達とその後ろに外套マントを羽織っただけの女性が5人出迎えてくれた。

「お嬢ちゃん。手伝いありがとうな。これはお礼だ」

 そういうと一党パーティの代表っぽいおっさんがマリアベルデさんに小袋を渡そうとする。

「いえ、おかげで知人を助けられましたし、そのお金で今日は呑んでください」

 マリアベルデさんはそう言って手伝いの報酬の受け取り拒否する。

「そうかい? いや、悪いなぁ。それじゃ俺らは被害女性を送ってから組合ギルドに報告しに戻るわ」


 今日は宴会だと笑いながらおっさん達は去っていくのを僕らは見送った。


「それじゃ私たちも帰りましょうか」

 薄暗い住宅街をマリアベルデさんはさっさと大通りへと歩き出す。

「あ、流石に暗くて歩きにくいね」

 そう言うと左手を掲げて、

光の精霊ウィル・オー・ウィスプよ。おいで」

 そう紡ぐと頭上に光の球が出現する。白く柔らかい光が周囲を照らす。

 珍しいものを見た。光の精霊ウィル・オー・ウィスプの事ではない。

 師匠の話では奇跡ホーリープレイが使える者は精霊バイムとの相性が良くないらしく奇跡ホーリープレイ精霊魔法バイムマジカが同時に使える人というのは非常に稀有な存在らしい。 


 八半刻一五分ほど歩き住宅街を抜けるとマリアベルデさんは光の精霊ウィル・オー・ウィスプを送還する。ここからは店が連なりそれなりに明るい為だ。


「私はこっちですけど、いつきさん達はどちらです?」

 マリアベルデさんは右の街路を指しつつ聞いてきた。残念ここでお別れか。

「私たちは左なんです。暫くこの街に居るので今度食事でも行きましょうね」

 和花のどかが僕の代わりにそう答える。ちょっと別のものに気をとられていたので助かった。

 改めてお礼を述べマリベルデさんが去っていくの見送る。

 彼女の小さなから身体ははすぐに人ごみに紛れてしまった。


「あ! 何処に泊まってるか聞くの忘れたよー」

 マリアベルデさんの小さな後姿が人込みで見えなくなってから二人して気がついた。

「あの人目立つしそのうち逢えるかな?」

 和花のどかがそんな事を呟いているがそれどころじゃない。

和花のどか。あれ見て」

 僕は左の街路にいるボロを纏った三人組の男を指差す。


「あの二人は名前は知らないけど同じ学校の人だよね?」

 ボロを纏った二人の男は名前は覚えていないけど一緒にこの世界に飛ばされたときに居たふたりだ。十一年高校二年生だった筈だ。もう一人は心当たりがない。


 二人の男がこちらに気が付き驚愕の表情をしている。

「お前ら生きてたのかよ!」

 そう叫ぶとこちらに走ってきた。

「藤堂の奴がお前らが殺されたから、あの村は危険だってみんなで逃げ出したんだけど、途中で軍資金とか食料を全部持って何処に消えちまったんだよ。言葉も通じないし気が付いたら奴隷にされてこの様だよ」

「なぁ。お前らは奴隷じゃないっぽいしなんか良いもの着ているし金あるんだろう? それなら助けてくれよ」

 もう一人がこちらの反応を窺うように頼み込んできているが僕らでどうにか出来るものでもない。その後もあれこれと愚痴が続く。いい加減去りたい。


 和花のどかが袖を引っ張って来て耳元に口を寄せて小声で、

瑞穂みずほちゃんを長い事待たせているしもう行こうよ」

 そう言って僕の手を握りしめ先に行こうとする。


「見せ付けやがって!」

「人でなし!」

 その後も罵詈雑言が続いたが二人して無視を続けた。正直なところ買い取ってあげたかったのだが、どうも今はそんな気分になれなかった。


 ま、明日買い取ればいいよね。

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