第39話 その力の名は

「なっ…………ありえねぇ…………」

 まとめ役リーダーは驚愕の表情のまま目の前にある自身の下半身を眺めてそう呟き事切れた。


 そして同時にいつきも崩れるように倒れるのだった。

 主犯格リーダーが死んだ事で残っていた取り巻き連中は競い合うように逃げていった。

いつきくん!」

 ほとんど悲鳴のような叫び声でいつきを呼び走り寄って抱き起す。

 いつきの顔色は土気色に近くまるで死人の様だった。

「まだ…………生きてる…………。先生!」

 和花のどかは以前の野外修練で習った通りにいつきの脈拍と呼吸の確認を取るとひと安心し、ヴァルザスに助けを求める。


 ヴァルザスは一通り眺めた後片膝をつき呪句タンスラを紡ぐ。

綴るコンポーズ統合インタグリム第三階梯イリルク癒の位シェリム生体ビオロジコ変換コンバーシー譲渡アシグメント発動ヴァルツ万能素子回復レストア・マナ

 ヴァルザスのかざした掌から自身の体内保有万能素子インターナル・マナいつきへと流れ込んでいく。


 程なくして一息ついてヴァルザスが立ち上がる。だがその顔色はあまりよくない。

「先生…………いつきくんは…………」

 いつきの肌の色はかなり良くなったがピクリとも動かない。和花のどかは心配になってヴァルザスに回答を急かすものの押し黙ったままだ。


「話は後だ。それより外へ出るぞ」

 そう皆に指示を出しヴァルザスは魔法の鞄ホールディングバッグでもある腰袋ベルトポーチから拳大の丸石をふたつ取り出し床に置いた。

綴るコンポーズ付与エンハンスド第三階梯イリルク付の位デンガン触媒セディバズ従僕スレイブ石像スタチュー発動ヴァルツ石の従者ストーン・サーバント

 呪句タンスラが紡がれ魔術が完成すると丸石は姿を変えデフォルメ的な体高0.35サート約1.5m程の人型へと変じる。

それを持ち上げろアオ・ク・リィ・シティア

 ヴァルザスは二体の石の従者ストーン・サーバントいつきを持ち上げるように下位古代語ロー・エンシェントで命じる。石の従者ストーン・サーバントの言語理解能力が下位古代語ロー・エンシェントに限定されているためだ。


我に追従しろミル・マアウル

 石の従者ストーン・サーバントに追従するように命令したのちに迷宮アトラクションを出るのであった。



 ▲△▲△▲△▲△▲△▲



「ヴァルザスさん。いつきの奴はどーしちまったんですか?」

 賃貸契約が済んだばかりで寝具ひとつない部屋にいつきを運び入れ一息ついたところで健司けんじがそう質問を繰り出した。ほかの面子も口にはしなかったが同じことを思っているだろう。不安そうな表情かおをしている。


 少し思案の後にヴァルザスは口を開いた。

「過去に同じような症例があったが、恐らくは[開放リリース]によるショック症状だ」


「「「開放リリース?」」」

 この世界の事に関してはある程度ヴァルザスから聞き及んでいるが、初めて聞く単語に見事にハモってしまう。

「この世界では人が死の淵から蘇ると気まぐれなどこかの神が極稀に何らかの恩恵ギフトを勝手に押し付けてくることがある————」


「勝手に…………はた迷惑な…………」

 そう和花のどかが呟くのを耳にしたヴァルザスは、

「そう。まさにそれだ。何せ贈られた側は無自覚なもんで今回みたいな状態で初めて発覚するケースも多い」

「でもなんで恩恵ギフトなんです?」

 いつきの症状を見る限りでは和花のどかのその質問は当然だろう。

「使いこなせればとてつもない能力だからさ」

「「「????」」」

 ヴァルザスの回答を三人は理解できないでいた。


いつきが陥った状態は、敵の【飛翔練気斬】を相殺しようと、あの刹那の間で瞬時に限界ギリギリまで魔力マーナを練った【練気斬】の切払いトリムを行うつもりだったのだろう。本来であれば生物の防衛本能による拡張限界リミッターで勝手に打ち止めになるところを恩恵ギフトによって死亡一歩手前まで体内保有万能素子インターナル・マナを絞りつくして魔力マーナに変換してしまったのだが、ここで問題なのはいつき万能素子マナ魔力マーナへと変換させる霊的器官である導管コンディットが未熟だったことだ。万能素子マナを操れる者は総じて時間をかけてこの霊的器官である導管コンディットの拡張…………すなわち最大変換量を拡大させる為の鍛錬を行う。いまいつきはこの霊的器官の損傷によって意識が戻らない状態にある」


いつきくんは元に戻るんですよね?」

 和花のどかが不安げな声で尋ねるがヴァルザスは沈黙したままだ。

「明日は迷宮入り中止して太陽神アルソールの神殿へ行く。最高司教アークビショップへの紹介状と布施を持って治療しに行こう」

 ヴァルザスがそう返答すると一同皆ホッとするのだった。


 今日は解散という事で健司けんじ隼人はやとは荷を置きに自分らの賃貸長屋アパートへと向かう。


 残ったのは和花のどかと沈黙したままの瑞穂みずほにヴァルザスだけだ。


「そういえばバルドさんも聖職者クレリックでしたよね? バルドさんじゃ駄目なんですか?」

 思い出したように和花のどかが質問を繰り出した。確かにバルドは高位の聖職者クレリックである。

「あれはいま鍛冶工房に籠って一振りの打刀かたなを打っている。今は中断できないから無理だな」

「そうですか…………。あれ? 先生は魔術は万能って仰ってましたけど、魔術じゃ何とかならないんですか?」

「痛いところを…………。一応なんとかできる。霊的器官の損傷は死霊術ネクロマンシーの一派で操霊魔術アナム・アウスと呼ばれる魔術系統の奥義で回復は出来る。だが————」

 ヴァルザスは言った言葉を区切る。

「————触媒がない。操霊魔術アナム・アウスの多くは儀式魔術で高価な触媒と長い時間を必要とする。放っておいたらいつきは衰弱死するし早いほうが良いだろう?」


「先生ありがとうございます。この御恩は必ず返します」

 何かを決意したような和花のどかの口調にヴァルザスは、

「そんなに重く考えるな。弟子なんだから師匠を利用するくらいに考えておけ」

 そう返答すると踵を返し去っていく。


瑞穂みずほちゃん。ご飯食べにいこっか?」

 程なくして気を取り直した和花のどか瑞穂みずほにそう声をかけるのだった。


 ▲△▲△▲△▲△▲△▲




「おはようございます。ご気分はいかがですか?」

 目が覚めたら、そこにはちょっと幼い感じの女神さまが居た。


 あーやっとテンプレ展開きた! 

 もう遅いよ!


 ぼやける思考でそんなどうでもいい事を考えているうちに意識がはっきりしてきたのか寝ている僕を見下ろす人物が誰かはっきりしてきた。


「あれ? マリアベルデさん?」


 何度か瞬きし確認しようと手を伸ばすとバシッっと横から伸びてきた手によって叩き落とされた。

「こらっ。マリアちゃんにお触り禁止!」

 声の主は和花のどかであった。自分自身の身に何があったかさっぱり判らないがきちんと和花のどかを守れたっぽくて安心してしまった。


 一連のやり取りをクスクスと笑って眺めていたマリアベルデさんは立ち上がり、

「もう大丈夫そうなので私は帰りますね。いつきさんは本日は安静にしてくださいね」

 帰ろうとするのを引き留める。

瑞穂みずほの件もまだなのにありがとうございました。この御恩は必ず」

 僕は上体を起こしてそう礼を述べる。

「これも何かの縁でしょうし、あまり気負わないで下さいね」

 そう微笑みながら帰っていった。


「そういえばマリアベルデさんが何処に住んでるか聞くの忘れてた!」

 お礼は言ったが、瑞穂みずほを買い取った時の借金の返済などもある。


「あ、マリアちゃんはなんか変質者に追われているみたいで決まった場所に泊ってないみたい。だからお金の件とかは会えた時で良いんだってさ」

 どうやら和花のどかが確認取ってくれていたようだった。



 マリアベルデさんが帰ったので、僕はあの戦闘から何があったのかを和花のどかに説明してもらった。



 ▲△▲△▲△▲△▲△▲




恩恵ギフトねぇ…………」

 昨日の下水での溺死も含めて僕はこの世界で四度死んでいる。心肺停止もこの世界基準なら死亡扱いにはならないけど放置すれば死んでいるので死亡という事にした。

 二回目以降に師匠からあれこれと習ったけど、恩恵ギフトやらの兆候はなかった事から下水で溺死という不幸に神も無言で手を貸したと言うことだろうか?

 しかし取扱説明書もないし困るんだよねー。


「そういえば健司けんじたちは?」

 ここが僕の長屋アパートだとすると健司けんじたちはどこなのだろう?

「ん? すめらぎ御子柴みこしばは別棟のもっと小さい所をペアで借りてるよ」

 和花のどかがそんなことを言った。その表情かおは何をおかしな事をと言ってる感じである。

「あれ? ならこの部屋は?」

「私と瑞穂みずほちゃんと————」

 そう答えたの和花のどかは途中で言葉を切り僕を指差す。


「は? なんで? いつ?」

 そんな話は聞いてないよと抗議をするのだが、

冒険者組合エーベンターリアギルドで賃貸の手配をする際にすめらぎが確認したよ? まーいつきくんは考え事に夢中で生返事だったから多分聞いてないなーとは思ってたけど」

 くそ! 健司けんじめ謀ったな!

「元の世界ならいざ知れず、こっちの世界では今更じゃないの?」

 僕が気にしすぎなのか?

瑞穂みずほは————」

「問題ない」

 質問する前に食い気味に返答されてしまった。相変わらず抑揚がない声で感情が分かりにくい。


 現実を大人しく受け入れるかと諦め気分だった時だ…………。

 ドアがノックされる。

「俺だ」

 俺って誰だよと突っ込みたかったが絶対に怒られるので止めた。

 扉に一番近かった瑞穂みずほが無言で立ち上がりスっと扉を開ける。


 来訪してきたのは分かっていたが師匠と————。

「えーと…………後ろの方はどちら様で?」


 師匠の後ろには初めて見る初老の女性が立っていた。

「この方は迷宮都市ザルツの太陽神アルソール神殿の最高司教アークビショップであるマーサ卿だ。いつきに【霊的慰撫フォーメンタ】の奇跡を施して貰おうと態々出向いていただいたのだが…………無駄足になってしまったようだな」

 師匠はそうため息交じりでぼやいた。

 高貴な聖職者クレリックの方だったのか…………格好が安っぽい筒型衣チュニックだったのでてっきり掃除のおばさんか何かかと…………。

 危ない危ない。失礼なこと言うところだった。 


「何があった?」

 その師匠の質問は意識が戻るはずのない僕が何で起きているんだって事だろう。

 すぐさま和花のどかから聞いた話をそのまま話す。



「最近耳にする小さな聖女様の事ね。炊き出しの手伝いをしたり神殿の奇跡の行使を手伝ったりしてるよ。宗派は違うのだけど————」

 人手が足りなくて助かっているとマーサ卿の言葉は続く。

 なんでも太陽神アルソールは神話大戦末期で死亡した光の神アバタールの眷属の一柱で権能の一部を引き継いだ大神メジャー・ゴッドだ。法の神レグリアほどではないが法の番人の一面もあり神学と規律を重んじているそうなのだが、その弊害なのか高位の聖職者クレリックでも初級の奇跡ホーリープレイしか行使できない者も多く、現在改革中なのだそうだ。

 そんななかで高位の奇跡ホーリープレイを楽々と行使するマリアベルデさんの存在は助かっているとか。


 何処で寝泊まりしているかは分からないけど会おうと思ったら太陽神アルソールの神殿に行けば会えそうだなと思っていると————。


「おい。マーサ卿を送りがてら買い出しに行くぞ」

 師匠がそんなことを言い出したのだが…………買い出し?


 一瞬なんの? と思ったが…………生活用品か。

 そういえば、この部屋なんもないんだよね。 


 どのみち迷宮アトラクションへは潜れないし、訓練とかも無理だし、万能素子マナを扱う行為そのものを禁じられてる状態なのである。娯楽の少ないこの世界じゃ暇で死んでしまうんじゃないだろうか?


 そういう意味でも買い物は非常に助かる。暇つぶし的な意味でも…………。


 部屋を出て判ったのだが、僕らが借りた賃貸は板状型集合住宅マンション…………日本やまと帝国でも多くある建物の一面に住戸が並び、裏側が外廊下になっている形状の建物の事だ。

 五階建ての五階だったのだ。これは毎日面倒だなと思っていたのだが外廊下を歩いていくと————。

昇降機エレベーターがあるんですか…………」

 驚いたことに有料である。

 一回利用するごとに1ガルド=小銀貨1枚払わないといけないのである。

 入居当初はみな利用をケチって徒歩で階段を上り下りするのだが、そのうち金払って乗るのが日常になると言われた。


 わかる。


 一階に降りてみるとさらに驚いたことによろず承り係コンシェルジェがいるカウンターや待合ホール、共用の洗濯場と大浴場まである。

 防犯的な意味もあって和花のどか瑞穂みずほをこっちに住まわせることにしたらしい。

 僕はというと男避けって名目だそうだ。


 因みに健司けんじたちの方は木造平屋の長屋アパートらしい。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る