第40話 畏怖

 待合ホールで健司けんじたちと合流しマーサ卿を太陽神アルソール神殿まで送り届ける。マーサ卿が平凡な服を着ていたのは、冒険者エーベンターリア区画エリアは治安があまりよくないためだ。今回はお忍びで従者スクワイトひとりすらつけてこなかったという事情もある。

 平服だと単なる初老の小母さんにしか見えなかったけど、正装すると高貴な方に見えるから不思議だ…………とか思っていたら和花のどかに見透かされたのか脇腹を抓られた。



「それじゃ冒険者エーベンターリア組合ギルドへ行くぞ」

 次の予定は買い物かと思ったら師匠がそんなことを言い出した。先日討伐成功した階層主フロアボス変異性超巨大黒蟲ミュータントヒュージコックローチ万能素子結晶マナ・クリスタルの売却などもあるのだけど他にも必要な手続きがあるらしい。

 道中に健司けんじに賃貸に関して文句を言ったら健司けんじたちの借りた長屋アパートは狭いし年頃のお嬢さんをふたりには流石にまずいし、かと言って男三人で住むには狭いから仕方ないんだよと言っていたが真意は他にありそうだ。

 だがトイレ共同、風呂なし、台所なしで部屋の大きさが六畳間未満という物件情報を聞くに他意はなかったのではないかと思い始める。仕方ないのかと一応納得する事にした。


 そうこうしているうちにお役所然とした冒険者組合エーベンターリアギルドへと到着し受付番号を貰って待っていると————。

「なんか妙に注目されているというか…………僕の気のせい?」

 だが気のせいではないようだ。

 偶然だが目が合うと判りやすいくらいに逸らされてしまう。


「受付に行けば判るさ」

 そんな僕の反応を見て師匠がおかしそうに言うのだが————。


 タイミングよく受付から呼ばれたので四人…………一党パーティで受付にいき認識票アーケナングスマークの提出を求められるので求められるまま差し出す。


 何やら作業をされているがこちらからは見えない構造になっており気になって仕方がない。


「昇格処理が終わりました。ご確認ください。それと————」

 そう言って差し出されたのは黒い認識票アーケナングスマークと重そうな小袋だった。


「おめでとうございます。第三階梯ランクに昇格です。こちらは懸賞金となります」

「「「「!?」」」」

 意味が分からない…………。

「すみません。意味が分からないのですが?」

 いち早く冷静に戻った和花のどかが受付さんに理由を問いただした。


 その後の受付さんの説明によると、先日僕らに絡んできた一党パーティは犯罪者指定されていたそうだ。多くの新人冒険者エーベンターリア連鎖暴走トレイン行為で轢き殺し上前を盗み、外部持ち出し禁止の万能素子結晶マナ・クリスタルを外部の闇商人に売り飛ばしたり、違法なドラッグを密輸入したりと疑惑はあったのだが、主犯格リーダーであるマルコーという戦士が推定で銀等級第七階梯の戦士であったそうだ。

 因みに師匠の捕捉によると銀等級第七階梯に認定される戦士の実力は騎士団長クラスに当たるそうだ。

 その実力により生半可な冒険者エーベンターリアじゃ手に負えないうえに組合ギルドは犯罪者を討伐する部隊などは持っていないので内偵だけは進めていたが、先日若い新人冒険者エーベンターリアが倒したという報告が入り、たまたまそれを目撃していた観覧者たちビジターズとそちらの虹等級第十階梯冒険者エーベンターリア様の発言で残党を取り押さえて証拠を押収し昇進検討議会であなた方の昇格と犯罪者撲滅の報奨金を出すことになった。


 そう締めくくられた。


組合ギルドの調査部隊は戦闘力より隠密活動を求められるし、かと言ってこの迷宮都市ザルツの冒険者エーベンターリアで実力者は迷宮アトラクション下層したの攻略組だが、彼らは上層うえのゴタゴタとか興味がないから関与しない。多くの冒険者エーベンターリアは遭遇しないように目立たないようにビクビクと日銭を稼いでいたのさ」

「でも他の冒険者エーベンターリアの目線は感謝には見えないのですが?」


「畏怖だよ」


「畏怖?」

 どういうこと?


「お前らの居た世界で世界を揺るがす大魔王を勇者が倒したって話があっただろう? その顛末を覚えてるか?」

 師匠にそう言われたのだが、似たような物語はなしは結構多くてピンとこない。


「あ、わかった! 復讐物だ」

 そう答えたのは隼人はやとだ。

「ん? どーいうこと?」

「ほら、世界を揺るがす大魔王を倒すほどの力を持った個人ないし一党パーティーに対して為政者たちは自分たちの地位や特権を奪われるのではないかって疑心暗鬼になって奴だよ。史実でも英雄や忠義の士が何れ自分たちの地位を脅かす存在かもという理由で排斥するじゃん」

 その話でピンときた。彼らの心理は僕らが第二のマルコー一党パーティーになるんじゃないかと懸念しているのか! だからこそ感謝と畏怖といったところだろうか?

 僕らはここに来た直後で確かに何も知らないもんな。


「まー日々の生活の中で誤解を少しずつ解いていけばいい」

 そう師匠が話を締めくくった。


「さて次は家具だな。明日は闇の日オペークだから多くの店は休業しているし、注文するなり中古品を買うなりするにしても今日中がいい」

 そういって案内されたのが冒険者エーベンターリア組合ギルドから徒歩五分くらいにある迷宮ダンジョン区画の手前にある総合商店デパートだった。

「ここは冒険者向けの物は大半は手に入るし、近場の長屋アパート向けの商品も取り揃えている。食事もここで済ませられるし、自炊する場合でも食材も此処で買えるから便利だ」

 そういえば冒険者エーベンターリア目当ての店にも休日とかあるのだろうか?

「この区画でも闇の日オペークは休みの店が多いのですか?」

「ここに限れば殆ど休んでいないな」

「という事は個人商店などは休日だと?」

「そうだ。ただし冒険者エーベンターリアはライバルが減るからと闇の日オペークに入り浸る奴らも居るからなのか彼ら狙いの店舗もあるし、そこはなんとも言えんな」

 取りあえずここで済みそうである。東方オリエントとかの町を見る限りだとここに住み着いてしまうともうあのレベルの町で暮らすのは苦痛そうだなぁ。


 総合商店デパートの一階は大型家具などの売り場だった。やはり積み下ろしの問題なのだろうか?

魔導機器マギデバイスも普通の家具も中古品ならここで買うのが一番だ」

 見渡す限り様々な家具が置かれているのだが、中古と言っても見た目は綺麗なものばかりだし、デザイン的にはシンプルなものが多いのはやはり冒険者ならではなんだろうか?


 和花のどかと相談して最初はベッドを見てみようとベッドが置いてある一角まで来たのだが…………。

「これにしましょう」

 和花のどかがそう言って指し示したのが結構丈夫そうなキングサイズのだった。

「いやいや、これどーやって部屋に入れるの!」

 師匠に助けを求めるように振り返るもののいない! 何処いった!

「いや、待ってよ! 部屋の大きさ考えてよ。これ置いたら部屋の3割近くのスペースが占有されちゃうんだよ」

 値札を見たら中古なのに金貨1枚千ガルドとかするんだけど! 家賃2ヶ月分だよ!

「それじゃ…………これでいいよ」

 キョロキョロト見回して指差したのはマットレスが付属した木製の2段ベッドだった。

「僕ら3人で生活するんだよね? もしかして僕が寝袋?」

「そんな訳ないじゃない。私と一緒に寝る?」

 恐らく冗談だと思うが妙に艶っぽく微笑む。

瑞穂みずほの教育上悪いからもう一台買おうよ」

 そう言ってもう一台同じくらいの品質の2段ベッドを指す。

「そうね。2台買っても真鍮貨2枚200ガルドくらいだし良いかもね」

 どうやら冗談であったようだ。他にも買うものはあるし安い事はいい事だ。


「そういえばこれどうしたらいいんだろう?」

 ショッピングカートなんてないし、そもそも入らない。店員呼べばいいのかな?


「それでいいのか?」

 振り返ると若い女性の店員さんを連れてきた師匠が何時の間にか戻ってきていた。

「はい。これでいいです」

「失礼します」と言うと何やら文字の書かれている札を2段ベッドに貼り付けた。


「まとめ買いや大きな物を買うときは店員同伴するんだ。この札は売約予定を表し会計後に配送担当が引き取りに来る」

 師匠がそう説明してくれた。

「あれ? でも誰かがこの札を剥がしたら意味がないんじゃ?」

「そう思うなら剥がしてみな」

 師匠に言われて剥がそうとするが全く剥がれない。

「どういう事です?」

「それは担当店員専用の呪符ふだなんですよ。力任せじゃ剥がせませんよ」

 だからご心配には及びませんよと微笑む。

「ここの店員は低位の術師ばかりなんだよ————」

 その師匠の言葉には続きがあり、挫折した冒険者や学院で落ちこぼれた魔術師メイジ等を積極的に雇用しているらしい。命がけの冒険者稼業に疲れたら検討するのもいいぞと締めくくった。


 その後は和花のどかの好みで食器やら調理道具を見繕っていく。食器は木製が多かったが銀製の物や非常に高価ではあったが陶器の物もあった。そしていま目の前のもので迷っている。



「欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい…………」

 和花のどかが目の前で欲しい欲しいと唸っているものが魔導機器マギデバイスコーナーにあった保冷庫だ。保冷というが2ドアで冷蔵と冷凍に分かれている。ただ価格が中古なのに金貨10枚1万ガルドとお高い。容量も150リットル入るか否かくらいの大きさだし流石に買えない。

「それは少し稼いでからにしようよ」

 そう言ってみたものの聞いていない。


 カーテン、絨毯、2段ベッド2つ、3人分の毛布、3人分の食器、3人分の洗面用具、座卓、3人分のクッション、衣装箪笥、調理器具、掃除道具と決めて既に金貨2枚2千ガルド使ってるんだよ。

 いや、そもそもそんなにお金ないよ。師匠になんとか説得してくれと目で懇願すると————。

「仕方ないな。それと調理用加熱器コンロは買ってやる。あとは自分達で買えよ」

 そんな太っ腹な事を言ってくれた。

 そんな訳で保冷庫と2口タイプの調理用加熱器コンロを買ってもらった。師匠に金貨14枚1万4千ガルドも出してもらった。助かったよ…………。

 会計を済ませ有料の配送サービスの手続きを済ませて店舗を出る。荷物は夕方くらいに到着するそうだ。


 逆に健司けんじたちはほとんど買ってない。

「俺ら男ふたりだし外食メインで済ます予定だし、基本的に長屋アパートは倉庫兼寝床だからいいのさ」

 そう健司けんじは言うのであった。


 一階での用事が済んだので二階へと移動する。


「ここは食料品全般が売っている。飲食店もあるが軽食がメインだ」

 師匠の説明に和花のどかが調味料とか買っておきたいと言い出したので一通り回ることになる。


「ところで和花のどかって料理は確か…………」

「これから覚えます」

 僕の質問にそんな恐ろしい回答が返ってきたのだった…………。

 だがここで一筋の光が!

「わたし、家で仕込まれたから問題ない」

 一応武家の末席だが平民より貧しいという何とも言えない家だったこともあり瑞穂みずほは家事全般を担当していると以前に兄のかおるから聞いていはいた。

 ここでも食事当番は瑞穂みずほの仕事になりそうだ。

 和花のどかと二人であーでもないこーでもないと選んでいく。珍しく笑っている瑞穂みずほを見た気がする。


 半刻1時間ほどで会計も終わりお昼近い時間だったので同階の飲食店で簡単にお昼を済ませた。食事に関しては僕らが居た日本やまと帝国とあまり大きな違いはない様に思えた。総菜パン、麺類まで普通にある。

 考えてみればこの世界の人類の歴史はそれなりに長いし、様々な世界から異邦人ストレンジャーがやってきているのだからおかしなことでもないか。

「古典ラノベお約束の異世界知識でスゲーが出来ないのがこの世界の難点だ」

 隼人はやとはそう憤慨するが、この迷宮都市ザルツは特に文明レベルが進んでいるから仕方ないんじゃないだろうか?


 逆に辺境地は未開だからスゲーする余地があるという事だ。


 それにしてもサンドイッチケーウェッティーまであったのは驚いたな。

 由来は忙しすぎる役人やら商人マークアンテギルドの事務員などが片手でも食べられるようにとケーウェッティーという料理人が考案したという。最初は平たく切った硬焼きパンコートー・ドゥロを皿代わりにおかずを乗せて二つ折りしたものだったらしい。


 お腹も膨れたので三階へと移動する。

 ここは衣類を取り扱う階層フロアで中古から数は少ないが新品まで様々なものが売られている。

 男性物はデザインも簡素シンプルなのが多く、種類もあまりない。売り場全体の2割くらいなのである。お陰で四半刻30分もしないうちに下着や平服を必要数買い揃えることができた。


 問題は————。


いつきくん、どっちがいい?」

 かれこれ半刻1時間はこんな調子に付き合わされている。

 売り場の8割が女性用なのだが、とにかく種類が多い。なんでもこの世界に降り立った異邦人ストレンジャーデザイナーが女性専門で彼曰く「女性には美しく着飾る権利と義務がある」などと言って女性用のデザインしかしなかったのが理由だとか。

 師匠に窘められてなんとか一刻二時間でこの拷問から解放されたのだが、後日付き合う約束をさせられてしまった。憂鬱だ…………。


 総合商店デパートを出るころには日が傾いてきていた。

「ちょっと話がある」

 師匠にそう言われて迷宮アトラクション区画エリアの中央にある噴水公園へと足を運ぶ。

 公園に到着すると師匠はどこか手ごろな場所を探しているのか園内を暫く会話もなく歩くことになる。


「ここにしよう」

 そう言って座り込んだのは周囲にあまり人がいない四阿ガゼボ=西洋風の四阿あずまやだ。


「まずはこれを」

 そういって師匠が差し出してきたのは小袋だ。僕、和花のどか健司けんじ隼人はやとにそれぞれ渡す。

 中を確認してみると金貨が数十枚入っていた。

区画主エリアボス万能素子結晶マナ・クリスタルを売却した分け前だ」

 数えてみると金貨50枚5万ガルドあり大金貨一枚分にあたる。

 これで奴隷スクラブ堕ちした同郷のみんなを少しは助けられる。

「明日からは皆の買取するとして先生に送り返してもらうまでどこに預けておくの?」

 そうなのだ。

 ここは奴隷スクラブの最終処分場とまで言われており売れ残りが格安で購入できるのだ。

二週間二〇日だけなら俺の家で預かってやる。それまでに集められるだけ集めてこい————」

 最終日に全員元の世界に送り返してくれるそうだ。


「あと————」

 荷物の受け取りもあるし板状型集合住宅マンションへ戻ろうと立ち上がった時だ。

 師匠が腰袋ベルトポーチから一振りの広刃の剣ブロードソードを取り出した。

「それは…………もしかして主犯格リーダーの持っていた広刃の剣ブロードソードですか?」

 見覚えがあると思ったその広刃の剣ブロードソードは間違いなく主犯格リーダーマルコーの持っていたものだ。

 わざわざ持ち出してきたという事は何かあるのだろうか?

「犯罪者の所持品は討伐した者たちが自由にしてよいという規約ルールがある」

 わざわざ取り出したという事は特別性なのだろうか?

「これは上級品レア級の[魔法の武器マージナル]だ。売るも良し、使うも良しだ」



 どうしたものか…………。


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