第36話 区画主と戦い

綴るコンポーズ付与エンハンスド第一階梯ファルク守の位バーディガング守備フォースバー防御イダッジャ硬質リジッド緩衝フィパモ対象ドールウィット拡大マリレ発動ヴァルツ防御膜プロテクション

 前衛を担当する健司けんじ隼人はやとに【防護膜プロテクション】の魔術をかける。この魔術は魔力マーナによる全身を覆う膜によって斬撃や打撃を少しだけ和らげる効果がある。

「しんどい…………」

 未熟な僕が短時間に魔術を連発したため脳がその処理で悲鳴を上げているのであろう。だが自分の判断でこの危険な手助けに加担するのである。

 この程度で音を上げる訳にはいかない。


 次なる魔術の準備に入る。だが、その前に————。

 一応後ろを確認する。


 敵対生物などは見えない。

 他の冒険者エーベンターリアたちが来る気配もない。

 師匠は泰然としている…………。放っておいても問題なさそう。

 瑞穂みずほは何故だか動揺もなく淡々としている。元々普段から感情の起伏は薄かったからある意味で正常ともいえる。

 でもあんなに肝が据わってたっけ?


「すまない。この恩はあとで必ず!」

 迷宮アトラクション内は原則左側通行の暗黙の約束があるために彼らは下水路を挟んで僕らの反対側の右側の通路を走り抜けていく。

 その際にリーダーらしき戦士ウォーリアが礼を言ってくるが、果たしてお互い無事に帰れるのかね?


 そんな事を思案していると————。


「うおりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 健司けんじの雄叫びと共に三日月斧バルディッシュが横なぎに振るわれる。その攻撃は対大型生物戦のセオリー通りで冒険者エーベンターリアを追撃していた区画主エリアボスの正面からではなく側面に回り込んでからの一撃だ。

 移動中の大型生物相手に正面から迎撃とか自殺行為だし、質量差で弾き飛ばされるのがオチである。ましてや区画主エリアボスは普通車よりデカいのである。


 健司けんじの渾身の一撃は区画主エリアボスの右前肢を吹き飛ばし体液をまき散らす。変異性超巨大黒蟲ミュータントヒュージコックローチは今の一撃で標的を逃走中の冒険者エーベンターリアから健司けんじへと切り替えたようだ。

 予定通りではある。

 警戒すべきは強力な大顎による噛みつきと質量差を生かした突進や押さえつけだ。動きに関しては冒険者エーベンターリアを追跡してきて動き回るには狭い通路に入り込んでしまった事もあり、飛翔も素早い移動も困難だろう。

 健司けんじが巧く立ち回れば時間の問題のはずだ。


 むしろ取り巻きの超巨大黒蟲ヒュージコックローチの方が厄介だ。


 区画主エリアボスの後ろにいた取り巻き…………超巨大黒蟲ヒュージコックローチ六匹がカサカサと近づいてきた。

 そのうち二匹が追っていた冒険者エーベンターリア達の方を追撃するようで僕らに向かってきたのは四匹になる。さらにそのうちに一匹が健司けんじに襲い掛かるが、三日月斧バルディッシュの一撃でザックリと頭部を割られる。そのまま下水に落ちてもがきながら流されていくが、あれでまだ生きているらしい。もっとも主脳を失っているので動いている理由として身体を動かすための補助脳が最後の命令を実行しているだけで体内に貯めた栄養エネルギーを失えば死亡する。


「すまない。そっちに二匹いった!!」

 逃走していった冒険者エーベンターリア達に声をかけてみたが返事は聞こえない。

 まーこっちもそれどころじゃない。

 壁伝いに区画主エリアボスを乗り越えて僕らへと向かってくる超巨大黒蟲ヒュージコックローチは全部で三匹にまで減った。

 先頭のそいつを隼人はやとが先制で小剣ショートソードを突き刺す。動き自体は単調だからタイミングさえ合えば…………。


「あっ!」

 だがそいつは悪手だと思った時には隼人はやとは転がされていた。超巨大黒蟲ヒュージコックローチの勢いを殺せなかったのである。

 頭部に小剣ショートソードが突き刺さった超巨大黒蟲ヒュージコックローチ隼人はやとを跳ね飛ばした後そのまま下水に落水した。


 そして頭部に小剣ショートソードを突き刺さったまま流されていく…………。


 気が削がれている僕のところに二匹目の超巨大黒蟲ヒュージコックローチが飛来してくるのを反射的に下から突き上げるように片手半剣バスタードソードで串刺しにする。

 巨大蟻ジャイアントアントより柔らかいしギ酸も吐かないし、生理的嫌悪感を除けばコイツの方が楽かな。 

 ただ串刺しにしたはいいけど結構重いうえに暴れるので重みで押しつぶされそうだし、黒蟲コックローチの大顎が僕を頭を噛み砕こうと暴れるのである。余計につらい。

 暴れるのを抑えつつ頭上からの噛みつきを避けていると————。


綴るコンポーズ付与エンハンスド第一階梯ファルク付の位デンガン回避ヤラー流動シサン不可視アンシクトバー魔盾シルト発動ヴァルツ不可視の盾シールド

 後ろから最高のタイミングで和花のどかの支援魔術が僕にかかる。【不可視の盾シールド】が黒蟲コックローチの大顎をわずかに弾く。

 その隙に何発か前蹴りの要領で隙間を作り根元まで突き刺さっていた片手半剣バスタードソードを引き抜きつつ思いっきり蹴り倒す。

 いい感じにひっくり返った超巨大黒蟲ヒュージコックローチ隼人はやとがもう一本の小剣ショートソードで頭部を突き差す。


 頭部を失っても黒蟲コックローチは即死しない。ひっくり返ったまま暴れているがもう脅威度はほぼないので放置。


「三匹目は?」

 そう呟きつつ四方を確認すると師匠の目の前に細切れにされた三匹目がいた。


 よし! 予定通り。


 手は出さないと宣言していたが、今は足手纏い扱いの瑞穂みずほを守るために対処してくれるだろうとは思ってた。

 もっとも後でこっぴどく怒られそうだけどね。


 戦況的には健司けんじが予想以上に苦戦している。巧みに区画主エリアボスの攻撃を掻い潜っているが、足場が通路のみと狭く区画主エリアボス黒蟲コックローチだけに瞬発力は高い。何度か避けきれずに壁に叩きつけられている。時折三日月斧バルディッシュを命中させて削っているがやはり体がデカイ=打たれ強さヒットポイントが半端ないって事なんだろう。倒せそうだけど時間がかかりそうだ。力任せの大振りフルスイングが得意な健司けんじにとってはストレスがかかっているだろうなと雑になっていく動きに見て取れる。


 和花のどか魔術師の長杖メイジスタッフから投石紐スリングに持ち替えている。区画主エリアボスがデカいので後ろから投擲スローイングでも痛痒ダメージを与えられるはずだ。

 魔術は温存してもらいたいのでいい判断だ。


 そばにいる隼人はやとに耳打ちする。


「わかった」

 隼人はやとはそう言うと幅1サート約4mほどの下水路を飛び越えて反対側の通路へと着地する。


「さて、僕も覚悟を決めるか」

 区画主エリアボスである変異性超巨大黒蟲ミュータントヒュージコックローチ黒蟲コックローチらしく初動が早く短い距離でも、その質量が乗った一撃は結構重く、重武装の健司けんじでなければ何度も耐えるのはきついだろう。

 僕らは基本的に下水路の左右にある点検用の通路で足を踏ん張って武器を振るう。腰の……体重の乗らない一撃では埒が明かないからだ。

 だがそれ故に相手との相対位置によって攻撃できる位置ポジションが限定されてしまう。

 特に健司けんじのは竿状武器ポールアームに分類される三日月斧バルディッシュで、攻撃範囲が竿状武器ポールアームの中では狭めとはいえ質量と遠心力を生かしたその一撃は処刑斧と別名されるほど威力だ。まともに入れば大きく痛痒ダメージを与えるであろう一撃は、切っ先が何度も壁にあたり火花を散らしているあたりを見るに難儀しているようだ。


 そんな時、区画主エリアボスが左回りに向きを変え始めた。右前肢を健司けんじによって切り落とされているせいか動きがぎこちない。どうやら反対側に回った隼人はやとの腹部への攻撃に対処するために標的タゲを変えたようだ。

 小回りの利く隼人はやとなら健司けんじと同じ状況に陥っても攻撃も回避のスペースは十分とれる。隼人はやとに攻撃が集中すると言うことは健司けんじの攻撃スペースが確保されることになるので悪くはないはずだ。


 となれば後は僕が覚悟を決めるだけだ。


 改めてそう自分に言い含めて下水へと身を沈める。

「おうぇぇっ」

 あまりに臭いに嘔吐しかけたが、内容物をぐっと飲みこむ。ここは我慢だ。

 下水自体の深さは事前説明で0.25サート約1m程度だと聞いていた。

 ここからさらに身を屈めて首から上だけ下水から出した状態で区画主エリアボスへと接近していく…………。

 水質は劣悪っぽいけど、底の方はヘドロの様なものもなくしっかり踏ん張れる。

 流れに逆らう形で徐々に近づいていく。


 区画主エリアボスは巨体故に常に下水をまたぐ形で居座っているので無防備な下から突き刺し出来る一番良い場所ポジションは下水路なのである。


 こちらの存在には気が付かないようで健司けんじ隼人はやとの対処に追われている。ちょうど隼人はやとの方に躰を向けた。


「いまだっ!」


 伸びあがるように両手で構えた片手半剣バスタードソードを真下から突き上げる。


 思ったほど抵抗も感じず鍔元つばもとまで食い込んだ。そして下へと振り下ろすように腹部を大きく切り裂く。

 ドバドバと形容しがたい内容物が頭上から降ってくるのを目を瞑ってやりすごし————。


 あ、ちょっ、まって。

 区画主エリアボスが沈みこんできたようで見た目よりかは軽いがそれでも人ひとりで支えきれない程度には重い巨躯が圧し掛かってきたのである。




 ▲△▲△▲△▲△▲△▲





 浮遊感に襲われて慌てて手足をバタつかせる。

 汚物やら体液で目は開けられないので周囲はわからないが下水から引っ張り出されたようだ。


「いてっ」

 放り棄てられたのか通路に投げ捨てられたようだ。その後一拍置いて何やら魔術が施された感触を覚え、

「おら、目を開けろ。このマヌケめ」

 そう師匠に言われて恐る恐る瞼を開くと…………。


「あれ?」

 汚れていないどころか装備が洗いたてのようにピカピカになっている。

「もうちょっと後先考えろ。お前さん区画主エリアボスの自重で下水の底に沈んだんだよ」



 どうやらこういうことらしい。



 僕が区画主エリアボスの腹部を大きく切り裂いたあと急激に弱った区画主エリアボスの頭部を健司けんじがカチ割ったとの事だ。

 それが止めになったらしく下水に沈み込んでいく際に下にいた僕も巻き込まれたらしい。

 目を瞑り呼吸を止めて耐えてたつもりが、救助する頃には窒息による心肺停止状態だったらしい。


 そんな状態の僕を【水位減少ローワー・ウォーター】で水位を下げ【次元斬ディメンジョン・ソード】で区画主エリアボスの死骸を細切れにし【回生ハーステレンド】で息を吹き返させ【念動テレキネシス】で拾いあげ最後に【洗濯クリーニング】で身ぎれいにされたのだそうだ。

 何気に奥義級の魔術が混じってるあたりが流石は師匠である。


「とりあえず礼いらないが、俺がいなかったらお前さん死んでたぞ」

 怒っているようにも聞こえたが、口調そのものは呆れたと言わんばかりである。


 心肺停止って死亡じゃないの?


 そう思っていると疑問が顔に出ていたようで、

「応急処置…………この場合は人工呼吸や心臓マッサージで蘇生可能な場合は魔術師メイジ的観点からは死亡と定義はしない。ただ下水まみれのいつきに応急処置はしたくなかったんだよ」

 そう師匠に言われた。

 もう一つ一応緊急性もあった。大変高価な触媒を用いる【死者復活レイズデッド】を使いたくなかった為だとも言われた。


「これいくらになるんでしょう?」

 その話はこれで終わりとばかりに隼人はやとが拳大の万能素子結晶マナ・クリスタルを差し出してきた。区画主エリアボスのやつだ。

 それは内部から眩しいくらいの光を放っていた。


「そうだな。まずは区画主エリアボス討伐おめでとう。実力的にはイケるとは思ったが…………まー小言は後にしよう」

 まずはそう師匠が称賛してくれて万能素子結晶マナ・クリスタルをマジマジとみている。


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