第34話 まずは迷宮見学

 駅舎街から目的地の迷宮都市ザルツまで特筆すべき事が何もなかった。

 何せ距離にして50サーグ約200kmの街道の両脇が全てが小麦畑になっており変わり映えがないのである。

 僕らは師匠の所有する中型平台式トル・プリック・魔導騎士輸送騎マギ・キャリアの居住区のソファーでまったりというかぼんやりとしながら流れていく景色を眺めている。


「またいつきくんは考え事?」

 そう問いかけてきた和花のどか表情かおは呆れたと言わんばりであった。

「いや、本当にぼんやりとしてただけだよ」

 そういつもいつも考え事してるわけじゃないよと言いたい。

「そうなんだ? てっきり瑞穂みずほちゃんの事でも考えていたのかと思ったよ」

 そんな事を言いつつ僕の横に腰掛ける。 師匠の話から推測するに瑞穂みずほが足手まといになる可能性はかなり低い。二か月で戦列に加われるように調きょ…………鍛えてくれると言っていたのであまり心配していない。

「師匠に任せてるし瑞穂みずほの事はあまり心配していないんだよ。それよりまだ当分暇だろうし和花のどかも一眠りしたら?」

 右隣で寝息を立ている瑞穂みずほを指しつつそう言うと少し頬を膨らしむくれてしまう。


「じゃーそーしますー」

 そのまま僕の左肩にコテンと頭を預けてきた。程なくして寝息が聞こえてきた。そしてそれに合わせるかのように僕の意識も睡魔に捕らわれていった。



▲△▲△▲△▲△▲△▲


 二刻四時間ほど眠っていたようでお昼過ぎに目が覚めると迷宮都市ザルツの巨大な市壁が地平線の彼方に見えてきた。距離にして残り2サーグ約8kmほどだろうか? 魔導輸送騎マギ・キャリアの移動速度的には目と鼻の先と言ってもいいだろう。


 冒険者エーベンターリアなので入都税の支払い義務はない。今回は師匠の冒険者エーベンターリア階梯ランク特権で入都手続きを最優先で済ませてもらい待たされることなく魔導輸送騎マギ・キャリアから降ろされる。ここからは師匠と共に徒歩での移動となる。

 僕らを降ろした魔導輸送騎マギ・キャリア冒険者エーベンターリア輸送代行業務エーゲンジア・トラスポーティ専門の人が師匠の拠点へと向かうそうだ。


「さて、何をするにも軍資金かね住居棲家が必要だ。軍資金かね迷宮アトラクションこもって堅実に生活すればわりかし稼げる。ここに滞在している多くの冒険者エーベンターリアどもは毎日散財して金欠に喘いでいるがマネしないようにな」

 ありがたい事に師匠の最初の説明は瑞穂みずほもいるということで分かりやすく日本やまと帝国語だ。僕らもある程度は会話できるようになったとはいえやはり母国語レベルでやり取りできるわけではないので非常に助かる。

 つくづく三年前に師匠と巡り合えた幸運に感謝である。

「堅実な生活って事になると全員宿屋ロキャンダーで雑魚寝っすか?」

「いや、他の町ならともかく此処だと借家コンダクト長屋アパート板状型集合住宅マンションを借りるほうが安く済む。家賃は一か月分の滞在税込みになるが保証人不要だ。ただし家賃の滞納は認められていないので滞納すると即追い出されて家財道具を勝手に売り払われるから注意な」


「さて、ここからは————」

 師匠がそう言って話題を転換する。話をここでの基本的な生活などの注意点に移った。

 まず冒険者エーベンターリアは迷宮街と呼ばれる地区と今現在いる共有街以外の立ち入りは禁じられている。他の地区に行くには許可証を発行してもらう必要があるとの事だ。ただ————」


 健司けんじの質問に対しての師匠の回答だったが、宿屋ロキャンダーで雑魚寝だと毎日空き宿を捜し歩いて手間だし、毎週滞在税の支払い手続きも手間なんで時間的ロスだしなとの事だった。

 その後も冒険者エーベンターリア組合ギルドの迷宮支部への道すがら師匠による日本やまと帝国語によるこの街での過ごし方などの説明を聞きつつ周囲を見て回ると、建物などが定番の西洋建築もどきではなくまるで帝都のからやや離れた雑居ビル街かって感じの五階建てくらいのビルが立ち並んでいる。


 以前見たルートの町などはテンプレっぽい欧風っていうか15世紀くらいの建造物だったから地域差なのか、それとも文明レベルの違いなのか?


 今現在歩いている迷宮街は厚い市壁で囲われており、言い方は悪いがゴロツキや低所得者、市民証を持たない住所不定者などを囲う檻でもある。冒険者エーベンターリア組合ギルドや関連店舗なども一通り揃っているために他の地区に行く必要はないともいえるが、実際には迷宮アトラクションから魔物が溢れた場合や妙な疫病に感染した場合はお前らで処理しろよって事らしい。ある意味隔離施設扱いでもある。


「なんか夢や希望もありゃしないって感じだな」

 隼人はやとがそうボヤくのが聞こえたが、それには激しく同意だ。


迷宮アトラクションは腰かけ程度に考えておいた方がいい。軍資金かねに余裕が出来たらここを出て本物の遺跡ダンジョン巡りをした方が夢も希望もあるさ。命の危険も増えるけどな」


 隼人はやとのぼやきを耳にした師匠がそんなことを言った。今の組合ギルド方針では一攫千金と名声はここでは得られないそうだ。


 冒険者組合エーベンターリアギルドへの道すがら嫌なものを見てしまった…………。


 師匠からも多分見かけるだろうとは指摘はされていた。だが現実に見てしまうと…………。


「あれって同じクラスの佐藤じゃね?」

 そう僕に問いかけてきたのは隼人はやとだった。どうやら彼も気が付いたらしい。

 僕らがたまたま日本やまと帝国語を使っていた事もあったのだが、その声が届いたようで佐藤がキョロキョロと周囲を見回している。

 彼は値札のついた首輪をしており着ているものもゴツイ鎖付きの首輪チョーカーに薄汚れた貫頭衣コプフ・レケンのみに素足なので一目で奴隷だと分かった。


「私たちも運が悪ければ、あーなっていたんだろうね。先生には感謝してもしきれないなぁ」

 足を止めた事に気が付いて様子を見に戻ってきた和花のどかも僕らが何を見ていたのか気が付いたようだ。

 出来れば皆を元の世界に返してやりたいが、僕らには奴隷を買い取る軍資金かねがなく住まわせる場所もなく食費も捻出する余裕がない。


「ないない尽くしだねー」

 そうボヤかずにはいられなかった。


「いつまでも見ていても仕方ない。いこー」

 和花のどか隼人はやとと促して先行する師匠に追いつくために足早にその場を離れる。



「何か面白いもんでもあったのか?」

 追いついた僕らに対しての健司けんじの第一声がそれだった。

 見てきたものを話すと「ふーん」と興味なさげである。疑問に思っていると…………。

「なんだ気が付かなかったのか? そこら中に日本やまと帝国人の若いのばっかりだろ?」

 そう言われて周囲を見回すと確かに黒髪の若い男女が多い。今回強制転移の対象となった僕らの居た学校は規模が大きく一年生小学一年から十二年高校三年生までで凡そ三千人ほどいた。それに幼稚舎と教職員が加わる。異世界にこれだけの数が集まっているという事態が異常で正直言うと数が多すぎて逆に気が付かなかったのだ。


 そしてこの道路沿いに売りに出されている奴隷のほとんどが日本やまと帝国人だ。たまに亜人ラトゥルとさげすさむ》も僕らが何を見ていたのか気が付いたようだ。

 出来れば皆を元の世界に返してやりたいが、僕らには奴隷を買い取る軍資金かねがなく住まわせる場所もなく食費も捻出する余裕がない。


「ないない尽くしだねー」

 そうボヤかずにはいられなかった。


「いつまでも見ていても仕方ない。いこー」

 和花のどか隼人はやとと促して先行する師匠に追いつくために足早にその場を離れる。



「何か面白いもんでもあったのか?」

 追いついた僕らに対しての健司けんじの第一声がそれだった。

 見てきたものを話すと「ふーん」と興味なさげである。疑問に思っていると…………。

「なんだ気が付かなかったのか? そこら中に日本やまと帝国人の若いのばっかりだろ?」

 そう言われて周囲を見回すと確かに黒髪の若い男女が多い。今回強制転移の対象となった僕らの居た学校は規模が大きく一年生小学一年から十二年高校三年生までで凡そ三千人ほどいた。それに幼稚舎と教職員が加わる。異世界にこれだけの数が集まっているという事態が異常で正直言うと数が多すぎて逆に気が付かなかったのだ。


 そしてこの道路沿いに売りに出されている奴隷のほとんどが日本やまと帝国人だ。たまに亜人ラトゥルと蔑む獣耳ラトゥル族が混ざっているようだが現地人は数えるほどしかいない。

 奴隷は本来道具であり財産でもあるので僕らがイメージするような過酷な環境にいるものは少数との事だが、会話が成立しない彼らは売れ残り扱いのようだ。値札をちらりと見ると金貨3~5枚とかだったりする。ここは売れなかった奴隷の最終処理場なのだという。


 ここで買い手が見つからなければ櫂船ガレーの漕ぎ手として犯罪奴隷クリミネ・スクラブと混じって死ぬまでオールを漕ぎ続けるか、危険な鉱山奴隷ミアナッチ・スクラブでもっとも過酷な場所で死ぬまで労働させられるか闘技場アリーナで戯れに怪物に殺されるかといったほぼ死亡確定コースしか未来がない。

 多くの者がやせ細り死んだ魚のような目をしている。あーなってしまうともう買い手もつかないだろう。

 後ろ髪引かれる思いだが諦めよう。



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「相変わらず、ザ・お役所って感じだよなー」

 そう呟く健司けんじに同意せずにはいられない。関連窓口で受付番号を取り待合室でただ座って待つだけである。

「そうだよなー。冒険者エーベンターリア組合ギルドって言ったら、やっぱ酒場バラスが併設がデフォじゃねーの? この世界おかしいよ!」


 でも普通に考えると依頼受注、依頼の裏取り、税金前払い、各種事務手続きのなどの面倒事を代行してくれるんだからこんなお役所な感じでいいのではないだろうか? 僕らが思い描く冒険者組合エーベンターリアギルドは元ネタが確かTRPGのGMの負担軽減から生まれたと聞いたし、そもそもが冒険者の絶対数からして少ない。階梯ランクやレベルなんかはネトゲが流行ったころの影響だろうって識者が言ってたなー。


 それにこの認識票アーケナングスマーク魔法の工芸品アーティファクトで記録した生体情報を元に個人を特定している貴重な身分証明書なわけだけど、大規模組織の商人マークアンテギルドの下部組織だからこそなんだろうなー。


「んで、どうするよ?」

 健司けんじに唐突にどうするよと言われても…………とか思ったけど、どうやら考え込んでいて話を聞いていなかった。

「任せるよ」

 よく考えもせずに一任してしまった。後に後悔するのだが…………この時は知る由もなかった。



 その後各種手続きには一刻二時間ほど要したけど迷宮アトラクションへの入場許可と棲家の確保が終わった。

 とりあえず棲家の方は後で確認するとして先に迷宮アトラクションを見てみたいと意見が一致し師匠がガイド役として同行することまで決まってた。


「ここが迷宮アトラクション区だ」

 師匠はそう言って一度立ち止まり開かれた巨大な鉄門を見る。門の左右には他の市壁でも配備されていた魔導従士マギ・スレイブが立っている。あいつらは重い鉄門を閉めるために配置されているんだとか。


 25サート約100mほど奥に迷宮アトラクションへの入り口がありその手前に冒険者エーベンターリア組合ギルドの出張所が存在する。

 この出張所の役割は入退場する冒険者エーベンターリアの管理と駐留軍からの依頼を受け付けるだけである。


「この高さ2.5サート約10mの両開きの分厚い鉄門が迷宮アトラクションへの入り口だ。常時開いている。そして左にある石板に————」

 そう説明した師匠が認識票アーケナングスマークを取り出し石板にかざす。

「これで入場登録完了になる。こっちの左側の石板が入場登録で、門の右側にあるのが退場登録の石板だと覚えておくといい」

 師匠に言われて門の右側を見ると同じような石板がある。


 迷宮入場門まで歩いていき、左側にある石板のようなものに認識票アーケナングスマークを掲げたあとで師匠が入るぞと顎をしゃくる。


 僕らも師匠の真似をして認識票アーケナングスマークをかざして鉄門を抜ける。

 入るとそこは幅2.5サート約10m程のまっすぐの下りの階段となっており天井の高さも同じくらいだ。1サート約4m間隔に気体燃料角灯ガスランタンが設置されていてあまり明るくはないが足元は十分に確認できる。

 その螺旋状になっている階段を85段、高低差5サート約20mど降りるとそこは開けた空間だった。


「あれって露店?」

 和花のどかがそう呟く。

 その開けた空間は無秩序に露店が並んでいたのだ。

「まるでネトゲの露店エリアだな」

 隼人はやとの感想には僕も頷けた。この無秩序っぽい雑然とした感じが如何にもそれっぽい。


「ここは地下一階の入口広場ホールだ。怪物モンスターが湧かない事を良いことに露店やら仮宿やらが乱立されている。仮宿で寝泊まりして長期滞在している猛者も多い。もう少し近づくと分かるが————」

 そう説明する師匠だが途中で言葉を切る。


「臭いが酷いですね。不衛生すぎる」

 そう答えたのは和花のどかだ。すでに鼻をつまんでいる。隣の瑞穂みずほもうんうんと頷きつつ同様に鼻をつまんでいる。

「町の下水設備と繋がっている。臭い消し用に香水を振りまきまくっているせいか合わさって初めて来る者には不快な臭いになる。兎に角慣れるか生活魔術ユーズアリーの【消臭空間ディアドランテ】をかけてやり過ごすしかないな」


 その後の説明で各階の広場ホールは安全地帯の為に露店や仮宿を設置する猛者もいるらしい。また攻略組と呼ばれる冒険者エーベンターリア達の編成パーティが現在20層の広場ホールを拠点としていて物資集積場を築き上げているらしい。


 師匠の説明を聞きつつ地下一階の広場ホールを抜けていざ迷宮内部へ!

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