第30話 初日

 桐生きりゅう家は末席とはいえ高谷家の親族なのだから、これだけは言わないといけない気がした。

「師匠。瑞穂みずほが帰還を逡巡するのは一緒に誘拐された兄であるかおるの事を思ってのことだと思うんです。だから————」

 世が世なら虐待で訴えられると思うが、ここは日本やまと帝国ではないのだろうけど、抗議せずにはいられなかった。しかし師匠は食い気味にこう回答をかえした。

「五日間あったのに未だに答えが出ないようだから帰りたいように仕向けてるんだよ。元の世界とこっちの世界では12歳児の扱いは異なる。可哀そうだと思うならいつきが説得して答えを出させろ。帰る気がないならそう言えばいい。それとも首根っこ掴んで【次元門ディメンジョン・ゲート】に放り捨てるか? 俺は別に構わんぞ」

 なんとなく投げやりな感じの師匠の物言いだが一応本人の意思を尊重ってスタンスのようだ。

 もともと口数の少ない大人しいなんだけども、何故か帰るとも残るとも言わないんだよね。


「そういえば、あの娘……瑞穂みずほだったか。兄妹仲はどうだったんだ?」

 師匠が何かを思い出したようにそんな事を聞いてきた。

「……ん~。かおるが結構シスコンで過剰に構いたがって……。どちらかと言えば過干渉気味でしたね。それに迷惑している印象は受けました」

 師匠に問われたので二人の関係性を話してみたけど…………あれ? 

「その話だと危険を冒してでも兄を探して一緒に帰りたいって感じは受けないぞ。寧ろ帰りたくない理由は別の事じゃないのか?」

 親族の中では仲の良い兄妹って印象だったんだけど、言われてみれば違う理由な気がしてきた。

 年頃だし過干渉を鬱陶うっとうしく思っているのだろうか?

 そうすると戻りたくない理由は自分を奴隷に堕とした奴らに復讐したいとか? 

 だけど奴らはその強欲の報いを受けて今は土の中だ。


 瑞穂みずほの口数の少なさにも困ったもんだなー。


 思案に耽っていると師匠が、「ちょっと和花のどかを呼んで来い」と言い出したので瑞穂みずほに歩調を合わせていた和花のどかに、「師匠が呼んでいる」と告げ代わりに僕が瑞穂みずほの傍に居る事にする。



 ▲△▲△▲△▲△▲△▲



 四半刻三〇分して和花のどかが歩調を落として師匠と離れた。

「何を言われたの?」

 少し歩調を速めて和花のどかに近寄り、そう尋ねたのだが何かを考えこんでいるのか返事が上の空だ。

「あ、ごめん。説得を頼まれただけだよ」

 何度か呼びかけるとようやく返事を返したが、それにしては長く話し込んでいたな。


 たぶん僕がいると話しにくい内容もあるのだろうと思い歩調を速めて師匠を追いかける。


 そして男四人が揃ったところで今後の動きについて師匠から話があり、瑞穂みずほが残る選択肢を選んだ場合はどうするかという話を師匠、僕、健司けんじ隼人はやとで話し合う。



 なぜ今なのかというと先日冒険者組合エーベンターリアギルド万能素子結晶マナ・クリスタルの買取金額が変動して下方修正されたそうだ。昆虫系などの一番安い万能素子結晶マナ・クリスタルが小銀貨5枚にまで落ち込んだそうだ。理由としては熟練者がその日暮らしに必須分しか持ってこないおかげで供給量が足りなくなったらしい。もっと必死に集めてこいって事のようだ。これからは手ごろな狩場は熟練勢に荒らされるし、新人はさらなる危険を冒してでも奥へと進まなければならなくなるだろうとの事だった。

 ただ悪い事ばかりではない。

 なんと冒険者エーベンターリアの仕事として査定対象になるとの事である。最も万能素子結晶マナ・クリスタルだけ拾ってきても最大で銅等級第五階梯止まりらしいけど。


 瑞穂みずほが残る場合は彼女の処遇も問題となる。

 言葉も通じない異世界で毎日毎日いつ迷宮から帰ってくるかもわからない僕らを延々と待ち続けさせるのか?

 その間ずっと引き籠っていろというのか?

 兄であるかおるを探すのは誰がやるのか?

 課題は山ほどあり僕らも瑞穂みずほをどれだけの期間養うかは予想できない。

 しかも瑞穂みずほの安全を考えるなら宿屋ロキャンダーではなく長屋アパート板状型集合住宅マンションが必要になるだろうし初期費用も結構掛かる。四人で五人分を稼がないといけないし負担以外の何物でもない。


 師匠の提案は二つあり、ひとつは荷運び人ポーターとして背負子ベト・ゼーノー持って迷宮に同伴させる事だ。迷宮アトラクション入りの際に身寄りのない不法滞在の子供を荷運び人ポーターとして端金で雇ってる冒険者エーベンターリアも多いそうだ。ただ良識ある者から嫌われるそうだが。

 それを瑞穂みずほにさせるのも…………。


 ふたつめは適性を調べて短期間で僕らについていけるまで育てるという手もあるとの事だ。

 それは師匠らによるスパルタな訳だけど。この人は脳筋思考に見えて理論的な説明もできるし根性論も説く。

「少なくとも二、三日で音を上げる程度では、ここじゃ生きていけないさ。さっさと説得して帰らせた方がいい。ただ————」

 師匠は一度言葉を切って少し逡巡したのちにこう言った。

「予定通りなら四日目の昼頃に魔導列車マギ・トレインの駅舎街に着くから、そこで一旦休憩するつもりだ。どのみち彼女も限界にきているだろう。そこで意思を確認するとしよう」

 そう言うとこの話は以後なしだと言って黙々と歩き続けた。


 こっちの世界にある程度順応してきたとはいえ休憩を挟みつつ四刻八時間も歩くと流石に疲れもドっと出てくる。この街道を徒歩で移動するものはよほど金に困っている者くらいなのだそうだ。


 代り映えのしない景色に飽きてきた頃、陽も傾きかけてきたので野営地として使えそうな場所を探すこととなる。この辺りは穀倉地帯であり農業用水路や井戸もあるので水場には困らないので助かる。

 そして程なくして適度に開けた場所を見つけて皆が荷物を降ろし手頃な大きさの石と薪になりそうなモノを探しに周囲に散る。石は簡易かまどの為であり薪は調理用だ。この時期は暖かく暖を取る必要もなく、明かりは【光源ライト】で済む。またこの地域は冒険者エーベンターリアの巡回警備もあって野盗マリングはほぼ出ないし、肉食の野生動物なども間引かれている。


 そうは言っても油断できないので三交代で見張りを立てる事となる。

 見張りの順番が決まり一息ついた頃ようやく和花のどか瑞穂みずほが到着する。

 座り込んだ瑞穂みずほの足を和花のどかがマッサージをはじめる。明日は筋肉痛確定だろうけど少しでも楽になればいいなとは思う。

 二人して何やら小声で話しているが距離があって聞き取れない。時々笑みを浮かべたりしているところを見るに気持ち的に少し余裕ができたのだろうか?


 四半刻30分ほどマッサージを行い、和花のどかが一息入れたタイミングで夕飯となった。もっとも食事は堅いライ麦パンラグリーブと、乾燥野菜と細かく刻んだ干し肉チャルケ汁物ブーラッドだけだ。

 正直言うとこの干し肉チャルケは不味い。塩気しか感じないし、肉自体も不味い。塩っぽいのは保存のためであるが安物だからというのもある。

「前々から気になってたんすけど、これなんの肉っすか?」

 健司けんじがとうとう聞いてしまった。正直言うと聞いてはいけないような気がして誰も質問しなかったのだ。

巨大ジャイアントラットの肉だよ。一番安い干し肉チャルケだしな。香辛料とかも使ってないしほとんど塩の味しかしないだろ?」

 師匠がそう言って笑うが、健司けんじが露骨に聞くんじゃなかったという表情かおをしている。

 育てやすく繁殖力が高すぎるくらい高いうえに成長も早く半年で体長12.5サルト約50cmほどまで育つ。ただ肉質は結構固い。専門で食肉として飼育している猛者もいるらしい。貧乏人にとってはこれでもご馳走になるらしい。

 なんか一気に食欲が減退した。

 だが意外な事に瑞穂みずほが顔色変えずに淡々と食べ続けている。もしかして意外と適応力が高い?


 なんとも微妙な食事も終わり最初の見張り以外は毛布を地面に敷いてそこに転がる。最初は健司けんじ隼人はやとで、一番辛い二番目は師匠と僕だ。和花のどか瑞穂みずほは夜中から明け方になる。


 三時間交代の為、中途半端な睡眠で起こされる。

 この後健司けんじたちは明け方までぐっすり寝られる。二番手は三時間見張りが終わったら、また寝れる、ただし明け方にはまた起こされるので一番つらい順番なのである。


 場所柄何事もなく3時間が経過した。流石にぼけーっと過ごすと寝てしまいそうなので、師匠に真語魔術ハイ・エンシェントの勉強を見てもらっていた。見張り? すっかり忘れていたよ。


 交代の時間がきたので和花のどかと揺すって起こし、僕は再び横になる。

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