第29話 昇格報告

「師匠。無事に第二階梯ランクへと昇格しました」

 もっともマリアベルデさんの救援がなかったら僕と隼人はやとは今頃ここにはいなかったかかもしれないのだけどね。

 そういう意味では運がよかったというべきか、バレたら再試験なのかもしれない。正直に話すべきか判断に迷うところではある。

 だがここは運も実力のうちとしておこう。


「その娘はどうした。新しい仲間かと思ったが…………結構衰弱してるな」

 師匠の視線は瑞穂みずほを捉えている。


 強制転移初日に行方が分からなくなった親類で奴隷として売られていたので買い取った事を説明した。

 借金持ちが奴隷を買うとか怒られるだろうか?

 内心非常にビクビクしていると、

「奴隷との出会いは縁というし、ましてや親類なら仕方ないな。いくらかかった?」

 怒るどころか財布を取り出し、費用を出してやるとまで言い出した。


 親切な人に費用を借りた事と解呪も済んでいる事、ただし返済先を告げずに別れてしまった事をを告げると、

「軽く見積もっても大金貨2枚じゃ済まないだろうに豪気な奴だなー」

 と笑い出した。


 そして笑いを収めると、

「送り返すのか?」

 そう聞いてきた。しかも日本やまと帝国語でである。公用交易語トレディアが理解できない瑞穂みずほの事を考慮しての事だろう。


 師匠は屈みこんで瑞穂みずほと目線を合わせるとこう述べた。

「君にはふたつの選択肢がある」

 人差し指を立て、

「ここでのすべてを忘れて元の世界に帰る事。戻ればマスコミや好奇心旺盛な奴らの玩具になるかもしれない」

 続いて中指も立てる。

「彼らと共にこの世界で生きていく事。だがここの世界は優しくない」

 だが瑞穂みずほはじっと師匠を見つめたまま逡巡している。先月までランドセル背負ってた子に結構厳しい選択肢を強いるなーとか思った。

「まー見ず知らずの奴にいきなりそんなこと言われても困るわな。少し考える時間をあげよう」

 そういうと師匠が腰を上げて公用交易語トレディアで、

「少し時間が必要だろうし先に迷宮都市ザルツへ向かおう」

 と告げ歩きだした。


 ▲△▲△▲△▲△▲△▲


 すぐに市壁を越えるのかと思ったが何故か冒険者組合エーベンターリアギルドの門前町支部へとやってきた。

「何か仕事を受けるんですか?」

「帰るにせよ残るにせよ、その娘を冒険者組合エーベンターリアギルドに登録しておこうと思ってな。認識票アーケナングスマークを首から下げているだけでもマシになる。今のままだと身元不明の未成年だし人狩りトゥル・キャザーに狙われる可能性もある。そしたら攫われてまた奴隷スクラブ堕ちとかよくある事だからな」

 師匠がそう説明してくれた。

 人狩りトゥル・キャザーって自由民ゲンテリブや不法滞在者などを捕まえて奴隷商スクラブ・ディーラーに売る事で生計を立てている者を指すんだけど未成年は特に狙われやすいとの事だ。


 師匠が受付さんに新規登録をお願いし、瑞穂みずほの生体データを取得させた後に受付さんが何か言おうとしたのを止めて師匠が僕らを見る。

「未成年の組合ギルド登録は出来ないんだが、保証人を立てると登録が可能になる。いつきが保証人になるか?」


 この場合、僕が保証人になると瑞穂みずほがなにか罰則ペナルティを受けることがあった場合は、すべて僕が背負いこむ事になるそうだ。

 どーせ帰るだろうし数日程度ならいいかな?

「それで構いません」

 師匠にそう返事をした。


 そして無事に手続きが終わり瑞穂みずほ認識票アーケナングスマークが出来上がった。

 それを首にかけてあげると何故か頬を朱に染める。

 いやいや、なに照れてるんだよ。このおませさんめ。


 その後は特に何をするでもなく五日ほど大通り沿いの宿屋ロキャンダーに滞在して瑞穂みずほの体力の回復を待った。魔法の水薬ポーションとか魔術での回復は負傷や体力スタミナはともかく栄養不足による衰弱などには効果が薄いそうだ。


 宿を引き払い大通り沿いの商店で瑞穂みずほの旅装を整えた後に市壁をくぐっていく。

 対魔導騎士マギ・キャバリエ戦や巨獣などの襲撃を想定されているため巨大なうえに厚みがある。トンネルのような入り口をくぐり抜けて見渡せば…………。


「あれ? なんで…………」

 見渡す限り平地だった。


「市壁から5サーグ約20km程は駐留軍の軍事演習スペースなんだよ。んで、そこから先は農地と酪農エリアだな。半島中央部に迷宮都市ザルツがある。距離にして75サーグ約300kmくらいあるから気合入れて歩くぞ」

 師匠が笑いながらそう説明してくれる。目的地まで75サーグ約300kmって事は、単純計算なら一週間一〇日だけど、途中で完全休息日も入れるだろうから実質12~3日くらいの行程だろうか?

 その間に町がひとつあるそうだ。それ以外は交代で見張りもたてないといけないし、寝るのも地面だし、結構きついぞこれ。


 さてこの半島だが、元々は第4期魔法帝国時代約4千年前の首都だったところだ。奇跡的に設備の8割が生き残っていたのを150年前ほどに当時のウィンダリア王国の王太子が発見し整備しなおして今に至る。現在は商人マークアンテギルドの直轄領などと揶揄されるが、それは太守のレンネンブルグ侯爵マークィス商人マークアンテギルドの大幹部に名を連ねるからだと言う。


 僕らは師匠のガイドに耳を傾けつつ、ただひたすら石畳の街道を南へと歩いていく。

 瑞穂みずほに音を上げさせて自主的に追い返す算段なのだろう。逡巡したということは、残りたい理由があるんだろう。普通は帰りたいと思うしね。

 やっぱり兄であるかおると一緒じゃないと帰りたくないとかなんだろうか?

 僕らはある程度慣れてきているので大丈夫だが、昼を過ぎたあたりで予想通り瑞穂みずほが遅れだしている。


 ホンネを言えばこんな危険な世界ではなく平和な…………でも窮屈な世界に帰って幸せを掴んで欲しいと願ってはいる。

 自分の思い通りにならないからと元の世界を捨てた僕らが口に出すことではないので黙っている。他の三人も同じだろう。

 様々なものに守られてきた今年13歳になる瑞穂みずほにはこっちの世界はつらいと思う。誘拐されていきなり奴隷スクラブ堕ちとか碌な思い出しかないだろうしね。でも師匠はあくまでも本人の意思を尊重というスタンスなんだろうか。


 遅れがちな瑞穂みずほを気遣って和花のどかがペースを落として並んで歩いている。

 僕は横を走り抜けていく大型輸送馬車ワゴン大型荷馬車ラージトローリーの列を横に見ながら、暫く考える時間を与えられないかと師匠に相談した。


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