第28話 報告、そして巡り合う

「はい。これで手続き完了です。お疲れさまでした」

 冒険者エーベンターリア組合ギルドの受付嬢さんがそう言ってニコリと営業スマイルで微笑む。


 早朝に村を立ち夕刻に門前町に到着し狩人ハンターさんとはそこで別れて組合ギルドの受付に終了報告へと向かったのだが、手続きを開始したら報告書の作成やら闇森霊族ダークエルフの首についての報告やらで一刻二時間ほど時間がかかり今さっき全手続きが済んだところだ。


 僕らの認識票アーケナングスマーク白磁等級第一階梯から茶鉄等級第二階梯へと書き換えられてある。

 緊急案件を手早く処理した事と闇森霊族ダークエルフが実は賞金首プレミー・デナーロだった事、森からの帰路でマリアベルデさんに言われて採取したキケルガという名の植物が上級品レア級素材だった事で一気に昇格評価となったようだ。


 そして、その恩恵で貰った袋には結構な金額のお金が入っている。

上級品レア級素材と賞金首プレミー・デナーロや他の素材と緊急依頼分も含めて金貨20枚と合金エレクトラム貨1枚に大銀貨3枚に小銀貨25枚の合計20825ガルドとなった。


 今度は買取窓口に移動して巻物を5本鑑定してもらう。

「全部魔法の巻物スクロールですね。効果は【火球ファイアボール】、【炎の壁ウォール・オブ・ファイア】、【飛行フライト】、【緊急脱出エスケイプ】、【加重空間グラビティ】となりますね。効果を聞きますか?」

 そう聞かれたが、師匠から貰った呪文書に全部乗ってた魔術なので効果は知っているので断る。

「すべて売却でお願いします」

「畏まりました。少々お待ちください」

 そう言いて算盤そろばんのようなもので計算していく。

「お待たせいたしました。合計で10800ガルドになりますが内訳は聞きますか?」

 程なくしてそう告げられたが、内訳は特に必要ないのでお断りする。

 お金を受け取りホクホク顔で皆の元へと戻る。

これに元の軍資金がまだ金貨5枚分ほどあるので、金貨36枚と小銀貨400枚ほどだ。一部を貯蓄に回して装備の更新だろうか?



 ▲△▲△▲△▲△▲△▲



「今日は豪華な食事にしようぜ」

「「賛成」」

 健司けんじの提案に和花のどか隼人はやとが同意する。

「マリアベルデさんも一緒にどうですか?」

 高額報酬に貢献してくれた彼女にも声をかける。彼女は今夜はこの門前町で宿泊して翌朝には迷宮都市ザルツへと向かうそうで和花のどかに引き留められていたのだ。

「そうですね。一人の食事も味気ないですしご相伴にあずかりますね」

 そうにっこりと微笑まれたが、ある意味では貴女が主役ですよとは言うのは野暮か…………。


 門前町に地理に明るくないので街中をウロウロしていると蚤の市のような場所に出くわした。この時間はまだ人も多く結構明かりも灯っているので全体的に明るい。


 そこで見つけてしまった…………。


「おじさん。その腰袋ベルトポーチを2つ買うよ」

 その革製に腰袋ベルトポーチにはこっちの世界では見かけないチャックが付いており更にキーホルダーまでついていた。

 そう、盗まれた僕と和花のどか魔法の鞄ホールディングバッグだ。所有者登録をしてあったので当人以外には単なる珍しい腰袋ベルトポーチでしかないのである。

 おじさんに金貨2枚を渡し腰袋ベルトポーチを受け取る。

 自分のを装着しチャックを開き中身を確認する。

「うん。問題なし」

 そう頷いて待たせてあった皆の元に戻る。

「なんか欲しいものあったのか?」

 隼人はやとがそう訪ねてきたので腰袋ベルトポーチを見せる。

「あれ? それってこっちに来た時に身に着けてた腰袋ベルトポーチか?」

 隼人はやとは覚えていたようだ。

「持ち主登録しておいたんで単なるガラクタとして扱われていたよ。師匠も運が良ければ取り返せると言ってたから探してはいたんだ」

「やったな! これでいつきが荷物持ちだな」

 そんな本気半分、冗談半分な事を言ってきた。いや、そのつもりだけどさぁ。


「はい。和花のどかのだよ」

「ありがとー」

 礼を述べ腰袋ベルトポーチを受け取った和花のどかは、ウキウキと中身を確認する。


「それでみんなには相談なしで買っちゃったけど————」

 そう謝ろうとすると、

「いいって事よ。もちろん俺らの荷物も持ってくれるんだろ?」

 健司けんじまで隼人はやとと同じことを言い出す。

「勿論だけど、防犯と緊急時の為に保存食や毛布なんかは各自で持つんだぞ」

 師匠にも言われたのだけど、魔法の鞄ホールディングバッグを手に入れて身軽になると狙ってくれと宣伝してまわる事になるので偽装ダミーとして普通の背負い袋バックパックは用意しておくに越したことはない事と、一党パーティが分断されたときに1か所に備品を集約してしまうと残りの面子は食料も残らないなんてシャレにならない事態を避ける為でもある。

「それはしゃーねーな」

 そう健司けんじは言いなぜか皆で笑い出した。



 ▲△▲△▲△▲△▲△▲



「ふー食った食った」

「あんなに肉食ったのはいつ以来だろうなー」

 健司けんじ隼人はやとは腹を擦ってご満悦だ。

 言われてみれば肉と言えば燻製肉アローラー干し肉チャルケばかりだったものな。肉々しい夕飯とか確かに久方ぶりだ。二人が浮かれる気分もわかる。


 組合ギルドに行く前に確保しておいた宿屋ロキャンダーまでは八半刻一五分ほどかかる。治安も考慮して結構価格のする宿屋ロキャンダーだ。門へと続く大通り沿いあるのでノンビリと大通り沿いの店を眺めつつ帰路についていると————。


いつきくん…………あれ」

 和花のどかに呼び止められて振りむくとある店舗を指さしている。格子状の大きな窓の奥に幾人かの裸同然の男女が鎖のついた首輪チョーカーで壁に繋がれている。

「ほら、あの子」

 僕が和花のどかの指し示すものが見えてないと判断しもう一度指さす。


「!」

 気が付いてしまった。なんでこんなところに…………いや、分かっている。奴隷として売られたんだから居てもおかしくない。

「瑞穂…………」

 以前よりかなり痩せ細っているし薄汚れているが間違いない。この世界に拉致られたその夜に滞在中の村人に奴隷として売り払われた筈の桐生きりゅう瑞穂みずほだ。


 財布に手が伸びそうになった。


「みんな…………」

 仕方ないなーという顔でみんなが僕を見ている。


 口にしないが皆からの了承を得て格子状の窓へ近寄る。奴隷スクラブには首から値札がぶら下げられており瑞穂みずほも例外ではなかった。


「金貨35枚…………」

 相場は分からないが他の奴隷スクラブから比べると割安だ。それでも僕にとっては絶望的な金額だった。いや、全財産を差し出せばギリギリ足りる。だが本来このお金は一党パーティ資金なのである。買い取れば金貨1枚ほどは手元に残る計算だが…………。

 だけどこの金額は僕の独断で扱えるものではない。


 トボトボと皆の元に戻り現在の手持ちの金額と値札の金額を告げる。

「金貨一枚以上残るんだろう。頑張って仕事すれば生活自体はなんとかなるんじゃね?」

 健司けんじはそう言ってくれたが、この資金のうち金貨10枚は師匠に返さなくてはならない。さらに一党パーティ資金と僕らが個人個人で使うお金も分けていない。

 瑞穂みずほ奴隷スクラブから解放して元の世界に返すのは親族であるの僕の役目であり皆には迷惑はかけられない。

 そう皆に告げる。

「だから、今回は諦————」

奴隷スクラブとの出会いは縁と言います。一度逃すと次はないとも言われています。それでも諦めますか?」

 僕の宣言を遮ったのはマリアベルデさんだ。

「いや、でも————」

 そう逡巡しゅんじゅんしていると、マリアベルデさんは僕の右手を取って何かを押し付けてきた。

「これって大金貨じゃないですか!」

 僕の右手には大金貨、いわゆる5万ガルド硬貨が一枚あった。

「返済はある時払いで構いません。私は探しモノの旅をしていますので返済は冒険者組合エーベンターリアギルドの私の口座に払い込んでくれればいいです。何処にいるかわからない私を探して回るのも手間でしょ」

 とにかく行きましょう。とマリアベルデさんが僕の手を引いて奴隷商スクラブ・ディーラーの扉をくぐる。


 マリアベルデさんが女神に見えた。


 交渉などはすべてマリアベルデさんが行ってくれた。僕はただそれを横で見ていただけだった。

 問題があったとすれば金額だった。

 金貨35枚の奴隷スクラブの価格だが、他にも初年度登録税や奴隷解放手続きが必要で合計すると金貨4万ガルド40枚になってしまったのである。

 運がよかったのは奴隷スクラブ刻印カーブを解除するのにかかる解呪費用が金貨5万ガルド50枚だったのだが、それはマリアベルデさんが解呪してくれたので費用に計上されていない。

 あっさり解呪されて奴隷商スクラブ・ディーラーの驚く顔が面白かった。

 全部の手続きが終わるのに半刻1時間ほどを要した。外で待っている皆には申し訳ない。


いつき兄さん…………」

 泣き出す瑞穂みずほを抱きしめ背中を擦ってやる。昔からこうすると落ち着くのだ。


 程なくして落ち着いてきたのか突然勢いよく離れてしまった。

「ごめんなさい。匂うよね?」

 しまった。不衛生な環境だったのだろうから汚れや匂いは仕方ないと割り切っていたけど…………年頃の女の子に対して配慮がなかったな。

 そこまで気が回ってなかった。どこかで生活魔術ユーズアリーの使い手を探さないと…………。


清めよオプレンスニング

 そんな僕の思いが通じたのかマリアベルデさんが右手の人差し指に填めた指輪リングを掲げ命令コマンドを唱える。

 すると淡い光が瑞穂みずほを包み込みむ。それが晴れると奇麗に汚れの落ちていた。

「あ、ありがとうございます」

 瑞穂みずほが頭を下げお礼を言うが、日本やまと帝国語だったので通じてはいないようだが、意味は分かったようだ。

 僕からも改めて礼を述べる。

 しかし今のが生活魔術ユーズアリーの【洗濯フラッシング】か…………やっぱ便利だな。

「ん? これ? 汎用魔術リゴーデン指輪リングなの」

 僕の視線に気が付いたのかそう言って指輪を見せてくれる。

 汎用魔術リゴーデンと言って特定の命令コマンドを唱えると誰にでも指輪リングに封じられた魔術が使えるという簡易魔法の物品センプリシター・マーナ・バイネズだそうだ。

 旅の必需品だと言い切った。


 確かに必需品だとは思う。

 特に女性にとってはね。


 店内で話し込んでも邪魔にしかならないので店舗を出て皆と合流する。

 和花のどか瑞穂みずほと再会を喜び合っているなか、

「今夜は夕飯のお誘いありがとうございました。私はこれで失礼しますね」

 そう述べるとマリアベルデさんは足早に去っていく。まるで何かから逃げるように…………。


「そういえばあの子は何かに追われてるようなこと言ってた気がするなー」

 気分の落ち着いた和花のどかがそんな事をいう。

「ところでいつきよ。返済先聞いたのか?」

「あっ」

 健司けんじにそう指摘されて聞き忘れていることに気が付いた。

「でも、迷宮都市ザルツに用事があるって言ってたし、すぐに会えるんじゃないか? あの子目立つし」

 隼人はやとの言うことは確かに当たっていそうな気がする。


 再会できると良いんだけどねー。



 ▲△▲△▲△▲△▲△▲


 一晩宿で過ごして5人で街をうろつく。

 目的は瑞穂みずほの生活用品の購入だ。なんせ裸足のうえに貫頭衣コプフ・レケンの下には下着すらないのである。

 基本的には和花のどかに任せて僕ら男三人は買い食い担当である。

 一刻二時間ほど門前町の大通り沿いの商店を回り少し早めのお昼を終えて冒険者組合エーベンターリアギルドへと向かったところで、待ち人と遭遇した。


「師匠。無事に第二階梯ランクへと昇格しました」




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