第27話 最終試験③

 今までウジウジと悩んでいたのは何だったんだろうか?

 確かに自分とよく似た人型の生物の肉を割き骨を断ち命を奪う感触は不快ではある。


 ただ…………。

 これでいざとなったら元の世界に戻るという僅かな未練も絶てた気がする。

 心のどこかで平和な…………だが窮屈すぎる日本やまと帝国での日々に戻りたいと思っていた事もあった。



 だからこれで良かったん————


 そこで僕の意識はブラックアウトした。





 ▲△▲△▲△▲△▲△▲







 目を覚ますと和花のどかに膝枕をされていた。

「おはよう。お目覚めはどう?」

 ずっと僕を見下ろしていたのか和花のどかと目が合う。上から見下ろされるがなんか結構距離が近い。

「まさかとは思うけど、また死んだ?」

 まずそいつを疑った。

「ううん。危なかったけど助かったよ。お礼はマリアちゃんに言ってね」

 僕に質問に首を振り否定し、恩人の方を指さす。

「そー言えばここは?」

赤肌鬼ゴブリンの巣穴の傍だよ。狩人ハンターさんが周辺を警戒してくれているから大丈夫だよ」

 和花のどかの回答に取りあえず安堵し、思考を次の案件へと切り替える。

「戦闘はどうなったの?」

 なんで僕は倒れてたんだ?

「あ、気が付いてなかったんだ? いつきくんは闇森霊族ダークエルフと相打ちだったんだよ。相手の三日月刀シミターが僅かだけどももに刺さってたの。傷で死にそうになったわけじゃなくて御子柴みこしばと一緒で猛毒で生死を彷徨ってたんだよ」

 刺されたことに気が付かなかったのか…………。

 あ、そうだ。

「そーいや御子柴みこしばは?」

 かなり出血もしていたし、動かなかったんで死んだかと思ったけど和花のどかの言いようだと助かったっぽいね。

御子柴みこしばならすめらぎと一緒に巣穴の前で見張ってるよ。いつきくんが起きたらどうするか指示を仰ごうって」


 そうか…………。

 ならいつまでも膝枕に甘んじてたらいけないね。


 起き上がり土を払って周囲を見回す。

「あれ? マリアベルデさんは?」

 お礼を言おうかと思ったのに何処にもいない。

「マリアちゃんなら狩人ハンターさんと周辺を見回りしてるよ」

 まだ子供なのにしっかりしてるなーとか暢気な事を考えつつ赤肌鬼ゴブリンどもの巣穴へと歩いていく。

「よっ。起きたか」

「遅いぞ」

 僕が近づいてきたことに気が付いた健司けんじ御子柴みこしばが先に声をかけてきた。

「悪い。悪い。んで状況は?」

 二人に詫びつつ状況の確認を促す。

「敵さんはあれで打ち止めラストオーダーっぽい。ずっと見張っているけど反応はなし。ただ中から漂うあいつらの生活臭が結構きついわ」

 そういう健司けんじの横で御子柴みこしばうなずいている。

「中を確認して報告しないと仕事完了にはならないだろうし僕が行くよ」

 そう言って、まだ【光源ライト】の灯ったままの魔術師の棒杖メイジ・ワンドを左手に持ち、右手には閉所用にと購入した大振りの短剣ダガーを握りしめる。

 洞窟へと入ろうとした僕の右腕を御子柴みこしばが掴んで止める。

「おいおい。斥候スカウト抜きで洞窟探索は危険だって教わっただろう。付き合うよ」

「悪いね」

「良いって事よ」

 そう言って健司けんじから蝋燭角灯キャンドルランタンを借りて洞窟へと入っていく。

「俺もついていこうか?」

 健司けんじがそう言って立ち上がるのを制止する。

「その身体じゃこの洞窟は狭すぎるよ。それに和花のどかを一人で置いておくわけにはいかないからね」

 洞窟の高さは0.5サート約2m弱で身長が45.75サーグ約183cm健司けんじでは武器を扱うのも大変だ。横幅もあまり広くない。

 この森に詳しい狩人ハンターさんと付き添いのマリアベルデさんが周囲を見回っているから平気だとは思うけど、世の中何があるかわからないからね。

「ま、確かに俺には窮屈だな。わかった。気をつけてな」

「了解」

 そう答えて洞窟へと入る。



 ▲△▲△▲△▲△▲△▲


 洞窟へと入り腐敗臭と汚物臭に辟易しながら部屋と呼ぶには微妙な空間を3つほど調べた結果はどちらも赤肌鬼ゴブリンたちの寝床だったようだ。ただまだ奥に何かありそうではある。

「なー。いつき

「「え?」」

 お互いの声がハモった。

 今まで苗字呼びだったのに何事? 御子柴みこしばも自分の発言自体に驚いていたようだ。

「いきなりどうした?」

「元の世界の時は代々二等市民一般市民の俺と名家の坊ちゃんって事で遠慮してたけど、こっちの世界で過ごすならそんなしがらみもないし…………それに…………なんか俺だけ疎外感感じててさ…………」

 御子柴みこしば…………いや、隼人はやとの声は尻すぼみに小さくなっていく。

「なんだ。そんな事か。まー確かに共通の趣味以外ではあまり接点なかったし、そのあたり健司けんじとは線引きしてたかもね」

 これからは生死を共にする仲間なわけだし呼び名一つで結束が固まるなら安いもんだね。

「なら、改めてよろしく」

 そういって僕は右手を差し出した。

「こちらこそ」

 握手を交わし思わず二人してニヤリとしてしまう。


「目ぼしいものも何もないし奥へ進もう」

「そうだな」

 そして僕らは隼人はやとを先頭に再び洞窟の奥へと踏み込んでいく。程なくして大きな空間の場所にでた。

「「うっ」」

 明かりが照らしたソレは恐らく依頼を受けてここに来たであろう冒険者エーベンターリアたちの末路だった。

 二人して嘔吐いたものの少しして落ち着きを取り戻し改めて観察する。

「ここまで酷く扱う理由が分からないな」

 そう呟きつつ8体の遺体を検分していく。それらの遺体はまるで子供の玩具にでもされたかのようにひどい損傷だった。

 冥福を祈りつつ遺体から認識票アーケナングスマークを回収する。一応組合ギルドの規則として発見した遺体が冒険者エーベンターリア組合ギルド所属であれば認識票アーケナングスマークを回収するという義務が…………あるらしい。

「それにしても聞いていた数と遺体の数が合わないな」

 そう隼人はやとに言われて気が付いた。大きな空間とはいってもテニスコート位のスペースである。空間内にあるのはゴミのように打ち捨てられた冒険者エーベンターリアの遺体が8体と壊れた装備品や食いカスや排泄物などが積まれた箇所エリアと寝床としていたであろう藁敷きの箇所エリアが【光源ライト】の明かりに…………ん? 何か違和感が…………。


「見つからないのは女性の冒険者エーベンターリア二人だけか?」

 隼人はやとの確認に対して「そうだね」と返事を返すものの別のことを思案している。


「おい。いつき! まだ奥があるぞ」

 隼人はやとのその一言で違和感の正体に気が付いた。


 そうか…………闇森霊族ダークエルフ赤肌鬼ゴブリンと同じ空間で寝泊まりしていたとは考えられなかったが、奥があるなら話は別だ。


「いこう」


 その入り口は巧妙に隠されていたとかではなかった。

 単に元々見えにくい場所にあり、廃棄物が近くに鎮座し、光源の向きの関係で陰になっていて見えてなかったのだ。

 師匠からも注意を受けていたのにうっかりしていた。やはり知識だけ詰め込んでも使いこなせないと意味はないな。


 斥候スカウト隼人はやとが先陣を切り洞窟の奥へ入っていく。

 入り口自体もかなり狭くて健司けんじだと入れないかもしれない。


 嫌な予感は的中した。

 その空間だけは無用なゴミなどは散乱しておらず整理されていたが予想通り女性冒険者エーベンターリア二名の遺体が転がっていた。


 どちらも死因は心臓を短剣ダガーで一突きである。

 抵抗した痕跡がないところを見ると精霊魔法バイムマジカで何かしら精神に働きかけたのではないだろうか? だが殺害動機は何だろうか?

 取りあえず認識票アーケナングスマークだけ回収して周囲を見回す。


「これなんだと思う?」

 隼人はやとが指さしたそれは安っぽいテーブルの上に置かれた羊皮紙の束と革紐で閉じられた羊皮紙の巻物だった。

「全部で5本か…………魔法の巻物スクロールだったら儲けモノなんだけどね。こっちの羊皮紙の束は————————」

 文字が読めなかった。


公用交易語トレディアじゃないって事か…………」

 読めれば何か判りそうなものだが…………。

いつきの魔術でなんとかならないのか?」

「一応は第五階梯の魔術に【翻訳トランスレイト】というのがあるんだけど、今の僕や和花のどかの実力だと使った途端に気絶するよ。制御も負荷も大きすぎるんだ」

「そうかー」

 僕や和花のどかのように習いたての魔術師見習いメイジアプレンティスは導管と呼ばれる霊的器官が未成熟で一度に大量の万能素子マナ魔力マーナに変じられないのである。無理をすれば出来なくはないかもしれないが、失敗の確率も高いうえに最悪のケースだと二度と魔術が使えなくなる可能性も出てくる。

 この導管と呼ばれる霊的器官は魂に直結しているとかで癒せないのだそうだ。


翻訳師トランスレイターに依頼するか、そのまま組合ギルドに報告書と一緒に出してしまおう」

「それもそうだな。下手に首を突っ込んで巻き込まれたらたまらんな」

 隼人はやとはそう言って笑いだす。

「後味の悪い仕事になったけど、この二体の遺体だけ外に運び出そう。マリアベルデさんが居るし蘇生して貰えるかも」

「そうだな」




 ▲△▲△▲△▲△▲△▲




「埋葬しましょう。この人たちはもう離魂してしまっています。手遅れです」

 戻ってきたマリアベルデさんに助けてもらったお礼を言った後で、洞窟から苦労して運び出した冒険者エーベンターリアたちの遺体の蘇生をお願いしたところ————————


 残念ながら蘇生不可能だった。すでに魂は現世を離れ輪廻の渦に飲まれたのだという。


 ここまで道案内で同行してくれた狩人ハンターさんから見回りの結果を聞くと、村で逃した赤肌鬼ゴブリン三匹を個別に遭遇し各個撃破したとの事だ。後は周囲に特別不自然な足跡などはなく洞窟から逃げ出したものは居ないだろうとの事だ。

 それを聞いて僕は狩人ハンターさんに村に戻って脅威の排除は終わったと告げて欲しいとお願いし先に戻ってもらう。その際に周辺警戒と赤肌鬼ゴブリン討伐してもらったのでお礼に合金エレクトラム貨一枚を握らせる。

 一瞬驚いたもののその後鼻歌交じりで村に戻っていった。


「流石に渡しすぎじゃねーの?」

 不満タラタラの健司けんじがそう意見を述べる。合金エレクトラム貨一枚=500ガルドだ。僕らの報酬は一党パーティで金貨一枚。すなわち1000ガルドだ。経費で報酬の半額は出しすぎだと言いたいのだろう。

「何か考えのあっての事なのか?」


「金額からすると高いと思うかもしれないけども、村で逃した赤肌鬼ゴブリン三匹と他にも潜んでいるものが居るかもしれない奴を森に不慣れな僕らが全部調べ終わるのにかかる時間を考えたら安いと思ったのさ。それに僕らはまだ軍資金には余裕があるからね」

 その説明で納得してくれたようだ。大きくない森とはいえ赤肌鬼ゴブリンとかくれんぼに興じる時間はもったいない。


 冒険者エーベンターリアたちの埋葬を済ませて僕らは村へと戻ることにした。

 因みにこちらの世界での埋葬は、基本的には火葬した後に遺灰を聖水に浸すそうだ。土葬だと屍人ソンビー骸骨スケルトンの素材にされたり、屍食鬼グールや野生動物が死肉を漁りに来る事もあるらしい。

 遺灰を聖水で浸すのは、不浄の灰アッシュと呼ばれる不浄の存在アンデッドの素材にされることもあるためだという。


 マリアベルデさんと情報交換をしつつ、こっそり受けていた魔法の水薬ポーションの素材回収依頼4つに必要なものを採取しつつダラダラと村へと歩いていく。


「迷宮都市ザルツに所用ですか?」

「うん。ちょっと人探しをね」

 今回はたまたま迷宮都市ザルツへと向かう途中で一晩の宿にと思ったこの村に立ち寄ったら、若い冒険者エーベンターリアが無謀にも赤肌鬼ゴブリンの巣穴に向かったと聞いて追って来てくれたんだそうだ。

 到着したら僕と御子柴みこしばが倒れているので急いで奇跡ホーリープレイで癒してくれたそうだ。

 あらためてお礼を述べ、マリアベルデさんの人探しの話へと変わる。

 戦士ウォーリアにして魔術師メイジで至高の芸術品の戦士像のような体躯の黒髪に神秘的な紫水晶アメシストのような瞳の大剣グレートソード使いの偉丈夫との事だが…………。


 どこかで見たような? いや、まさかね…………大剣グレートソード持ってるところとか見たことないしなぁ。でもそれ以外は良く知った人物が一人いるなぁ…………。

 和花のどかも同じことを思ったのか『話す?』と目で問いてくる。


「同族の方ですか?」

 兄弟なり親類だろうか? 神秘的な紫水晶アメシストのようなの瞳はこの世界でも稀有だと師匠から聞いている。

「ううん」

 頭をぶんぶんと振って思いっきり否定された。しかし普段は神秘的な美しい聖女様も歳相応に見える。

「…………恋人」

 目を伏せ頬を朱色に染めてそう宣った。その表情は美しいと同時に幼いながらも女の表情かおだった。

 こっちの世界だと12歳くらいで恋人とかいるのかぁ…………。

 この後和花のどかが喰いついてきて女子トークに花を咲かせ始めて、それについていけなくなった僕は今日の戦闘を振り返っていた。つまり反省である。




 一刻二時間ほどで村に戻ると村長宅にまだ明かりがついておりわざわざ出迎えてくれた。それどころか夜食が用意されていたり寝床として納屋が掃除してあったりする。

 疲労もあり月明かりが差し込むだけの納屋は暗いのでさっさと寝てしまった。


 驚いたことに翌朝は村長宅で朝食をご相伴にあずかり狩人ハンターさんが門前町まで荷馬車トローリーで送ってくれることになった。

 徒歩だと一泊野宿になるから面倒だなと思っていただけに助かった。賃金弾んだ甲斐もあったというものだ。

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