第26話 最終試験②

 一人で悩んでいても仕方ないので相談することにした。

小鳥遊たかなしも魔法使って疲れてるだろうし、今夜は復讐戦を警戒して村の警護がいいんじゃないか」

 巣穴の規模から再襲撃はないだろうと予想したものの広くはないとはいえ、不慣れな夜の森を移動して巣穴に攻め入るのは確かにリスクはあるかな。夜行性の赤肌鬼ゴブリン相手に夜間の襲撃とか危険だろうし。

 健司けんじの意見が妥当かなと思っていると、

「俺は今夜中にケリをつけるべきだと思うな」

 そう言い出したのは御子柴みこしばだ。

「理由を聞いても?」

「既に二度依頼は失敗している。赤肌鬼ゴブリンが一杯いました。結構倒したんですけど、一部逃げられましたでは依頼人は安心も納得もできないだろ?」

 確かに依頼人というかこっちの世界の住人の感覚だと赤肌鬼ゴブリンは駆除して当然という感覚だしなぁ…………。口には出さなかったが、こちらの評価の問題もある。

「さっきの戦闘で三匹逃がしたんだけど、今行くと警戒されてるか逃げ出す準備してるんじゃない? 明日行ったらもぬけの殻とかかもしれないし、行くなら急いだ方がいいと思うのだけど…………」

 迷っていると和花のどかがそう口出ししてきた。


 実は答えは決まっているのだけどある事で迷っていた。


和花のどかは、後どれだけ魔法が使える?」

 行くにしても無策では行けない。

「ん~…………。さっきの戦闘で【眠りの雲スリープクラウド】を三回使ったから、あと一回かな? 無理すれば二回唱えられるとは思うけど…………」

 同じ階梯ランクの魔術でも攻撃魔術と補助魔術では脳にかかる負荷が違うのだ。無理すればとは気絶覚悟と言うことだ。流石にそこまではさせられない。

 懸念している嫌な話は後にして作戦を立てることにした。




 ▲△▲△▲△▲△▲△▲




 案内役に村の狩人ハンターさんに同行してもらい森の中をゆっくりと進む。

 可能性は少ないと思うが不意打ちを警戒して明かりを多めに用意した。はっきり言って目立つ。しかし夜目が利く赤肌鬼ゴブリン相手に不慣れなくらい森で不意討たれるのよりはマシという判断だ。

 僕の魔術師の棒杖メイジ・ワンド和花のどか魔術師の長杖メイジ・スタッフの先端に【光源ライト】の魔術をかける。それと健司けんじ腰帯ベルト蝋燭角灯キャンドルランタンを吊るす。


 そろそろ目的地の洞窟が見えてくるころだ。見張りが居ればこの明かりが見えているはずだから何らかの反応があるはずだけど実に静かだ。

 いや、健司けんじ板金軽鎧プレートメイルアーマーのガシャガシャという音がうるさい。


「もしかして逃げられた?」

 そうだとすると面倒くさい。なぜなら安全を確認するために森の中を探索して居ないことを確認後に安全宣言しなくてはならない。しかも見逃しがあって再び赤肌鬼ゴブリンの襲撃があった場合は逆に虚偽報告で罰則を受ける事となる。

 分かりやすい首領ボス首級しるしを得られれば一番わかりやすいが、村での戦闘で殺した赤肌鬼呪術師ゴブリンシャーマン首級しるしとしては若干弱い。


「偵察に行ってくる」

 御子柴みこしばがそう宣言すると洞窟へと音を殺して移動していく。 

 洞窟の入り口はトゥル族が普通に立って入れるくらいの大きさだが、武器の使用はかなり制限されそうだ。中が広いことを祈りたい。


 うろうろと入り口周辺を調べた後に手信号ハンドサインで問題なしと合図してきたので、狩人ハンターさんに半刻1時間程待機して、戻ってこなかったら村に戻って組合ギルドに失敗報告してほしいと告げて移動を始める。


 その時、

御子柴みこしば!にげ————」

 和花のどかが叫びが森に響いたのと御子柴みこしばが背後から漆黒の頭巾フード付き長衣ローブを身にまとった人物に斬られたのは同時だった。

 御子柴みこしばが倒れこんだのと僕らが走り出したのはほぼ同じだった。

「野郎っ」

 健司けんじ三日月斧バルディッシュが黒長衣ローブへと振り下ろされるがスルリと回避される。避け様に右手の三日月刀シミターが翻り健司けんじを斬りつける。しかし非力な一撃は健司けんじ板金鎧プレートアーマーに金属音だけ響き弾かれた。

 その際に頭巾フードが捲れてその正体が晒される。


 黒い肌、黒い髪、特徴的な長い耳…………。

闇森霊族ダークエルフ…………」

 師匠の話では極稀に闇森霊族ダークエルフ赤肌鬼ゴブリン達を奴隷のようにこき使う事があるとは聞いていたけど完全に失念していた。

 そりゃー経験の浅い新人冒険者が返り討ちに合うわ。

 闇森霊族ダークエルフ健司けんじの鋭いが雑な攻撃を身軽に躱しつつ何やら呟いている。


 何か違和感を感じ和花のどかの方を見ると口をパクパクしているが何も聞こえない。

「————————」

 こちらの声も耳に入ってこない。魔法の抵抗レジストは意識していないと掛かりやすいと言うが無警戒に相手の術中にハマり過ぎである。

 この無能めと心の中で自分を叱咤する。

 精霊魔法バイムマジカの【沈黙サイレンス】か!

 なら効果範囲の外に出れば問題は解決だ!

 そう思ったのだが…………。


 健司けんじの罵声は聞こえるのである。

沈黙サイレンス】なら空間の音の動きが止まるので無音の筈だ。


 そうか!【無音ミュート】か!

 あの呟きは対象を魔術師メイジ風の僕と和花のどかに拡大した【無音ミュート】だったんだ…………。

 師匠からあれこれレクチャーされていたから知識としてはあったけど…………そうか御子柴みこしばが不意を衝かれたのは【姿隠しインビジビリティ】か。


 ならそろそろ魔法は打ち止めだろう。こちらも暫くは魔法が使えないし殴り合いとなりそうだ。

 魔術師の棒杖メイジ・ワンド腰帯ベルトに差して代わりに片手半剣バスタードソードを抜く。手信号ハンドサイン和花のどかには待機を命じて健司けんじの援護へと走る。


 結果として健司けんじの援護は叶わなかった。

 まずは意固地になった大振りフルスイング健司けんじの攻撃範囲に近寄れなかった事と洞窟から棍棒クラブを持った大柄な赤肌鬼ゴブリン、いわゆる田舎者赤肌鬼ホブゴブリンとそれに率いられた赤肌鬼ゴブリンが二匹出てきたのである。

 流石に三対一は勘弁して欲しかった。


 だが相手は連帯もなく個々に振り回しているだけで場所的にも閉所や障害物が多いでもなく数的有利をあまり生かせていない。気勢を制されなければ、やはり赤肌鬼ゴブリンは雑魚と呼ぶにふさわしい。

 気持ちに余裕が出来たこともあり冷静に対処しつつ健司けんじの戦いぶりを窺うと…………。


 完全に相性が悪い。


 闇森霊族ダークエルフは間違いなく対人戦を心得ており巧みな牽制フェイント健司けんじを翻弄している。幸い得物ぶき三日月刀シミターであり、板金軽鎧プレートメイルアーマーでがっちり守られている健司けんじにはあまり効果がない。ただ刀身に何かどろりとした粘着質の液体、毒のようなものが塗られており、健司けんじの装備上の唯一の弱点である顔を負傷すると危ない。健司けんじもそれが分かっているのか、顔への攻撃に過剰に反応していい様に遊ばれている。

 装備を決める際に視界が遮られるのを極端に嫌ってヘルム開放型兜オープンヘルムを選択したのが裏目に出た感じだ。

 闇森霊族ダークエルフ健司けんじなぶるように攻撃を加える。特に顔を狙うと見せかけて健司けんじが慌てて防御する様を見てニタニタと笑っている。たぶん格下をいびるのが楽しいのだろう。


 片手半剣バスタードソードを片手持ちにし、左手は後ろにいる和花のどかに向けて手信号ハンドサインで加勢を頼む。僕自身はまだ問題ないけど、守勢に回った健司けんじがそろそろ危ない。

 田舎者赤肌鬼ホブゴブリンは大柄と言っても35サーグ約140cmくらいだ。そうは言っても明らかに赤肌鬼ゴブリンよりも筋肉が発達している。棍棒クラブの一撃は強烈そうだが力任せに振り回している感じなのか、三対一でも負けない戦いは出来ている。


 倒れている御子柴みこしばは起きる気配がない。すでに出血は止まっているようだが早く応急手当したい。そもそも生きているかすらわからない。


いつき!代わってくれ!」


 防戦一方どころか遊ばれている事にイラついた健司けんじが対戦相手の変更を要求してきた。

 代わってやりたいのは山々だが、こっちは田舎者赤肌鬼ホブゴブリン赤肌鬼ゴブリン二匹を相手していて、流石に隙を見せると組み付かれそうだ。入れ替わる瞬間だけは無防備になる。


 そう思っているとタイミングよく和花のどか長杖スタッフによる大振りフルスイングが牽制としてはいる。

 これに驚いたのが赤肌鬼ゴブリンだ。

 一匹はかなり大げさに飛びのいて難を逃れたが、もう一匹は転倒した。すかさず転倒した赤肌鬼ゴブリン片手半剣バスタードソードを振り下ろし————。


 血飛沫が舞う。


 右手に肉を断つ嫌な感触があるが今はそれどころではない。


 立て直した田舎者赤肌鬼ホブゴブリンの一撃を鍔元で受止めて体格差を生かして押し返す。田舎者赤肌鬼ホブゴブリンが踏ん張って耐えようとするところに下段の蹴撃しゅうげきを入れる。

 この蹴撃しゅうげき牽制フェイントだ。

 慌てて回避しようとし、自分で自分の足を引っかけて転倒してしまう。


 転倒したことで距離が開いたので、これ幸いと健司けんじの救援に走る。

 距離自体は1.5サート約6mほどだが、先ずは牽制の意味も込めて走りながら投擲短剣スローイングナイフを左手で投擲する。


 闇森霊族ダークエルフが小馬鹿にしたような笑みを浮かべてワザとギリギリで回避した。


 そもそも当たらないのは分かっていたさ…………。


 だけどこれでいい。こちらを標的タゲとして認識させるのが目的だ。

 思い切りのいい健司けんじは、この僅かな時間で回れ右して田舎者赤肌鬼ホブゴブリンへと走る。

 闇森霊族ダークエルフはそんな健司けんじの背に毒刃を振り下ろそうとするも、割り込んだ僕の刃留めソードストッパーがそれを阻む。

 予想以上に斬撃が軽い。

 力押しでは勝てないと踏んだか、こちらが三日月刀シミターを押し返そうという動きに合わせてバックステップで距離を空ける。


 こちらもそれに合わせて踏み込んで片手半剣バスタードソードを左袈裟で斬り下ろすがかわされる。大丈夫だ。これも計算のうちだ。この一撃は単に距離を詰める為のモノで最初から当たるとは思っていない。

 左袈裟を完全に振り下ろさないで腕の力だけで逆袈裟気味にで斬り上げる。

 予想してなかったのか回避が遅れて闇森霊族ダークエルフの服が裂ける。腹部に薄っすらと切り傷が見えた。

 闇森霊族ダークエルフが何やら呟く。

 今度は分かった! 

 精霊魔法バイムマジカだ! 

 精神に何か干渉するような感覚を覚えたが跳ね退けた。今のはたぶん【雑念デストラクション】か【混乱コンフージョン】の魔法だ。

 魔法が効果を及ぼさなかった事に驚いたようで、慌てて次の魔法を唱えだす。

 しかしそうは問屋が卸さないとばかりに左手を腰に伸ばし投擲短剣スローイングナイフを抜き去り手首のスナップだけで投擲する。その距離0.25サート約1m

 運が味方したのか左手で放った投擲短剣スローイングナイフは吸い込まれるように闇森霊族ダークエルフの喉に突き刺さる。だが死へと誘うには浅すぎた。


『ここだ!』


 ほとんど反射的に片手半剣バスタードソードを両手で握り渾身の力をもって身体ごとぶつかる様に突き出す。


 嫌な感触が両手に伝わり、片手半剣バスタードソード闇森霊族ダークエルフを貫いた。


 崩れ落ちる闇森霊族ダークエルフから片手半剣バスタードソードを引き抜き一振りし血を払う。

「なんだれるじゃん…………」



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