第25話 最終試験①

 大型魔導艦マグナ・マギ・スキップから降りるとそこは地平線一杯に壁があった。

「万里の長城かよ!」

 健司けんじがそう突っ込むのもよくわかる。

 師匠の説明によると、ここから先の半島を完全に遮断する形で高さ12サート約48m、奥行5サート約20m、幅150サーグ約600kmの壁があるのだ。

 半島自体が中原セントルムにある大陸最大の国家ウィンダリア王国の飛び地なのだそうだ。

 そして驚いたことに徒歩または馬車などで半島に入るための入り口はたった一か所しかなく、かなり警備が厳しいとの事だ。


 僕らは徒歩で門前町まで移動する事となった。距離としては2サーグ約8km程なので一刻二時間ほどで到着だろう。

 しばらく歩いて門前町が目前まで近づいてきたのだが…………。

「なんか汚くね?」

 御子柴みこしばの感想に皆が頷く。

「それに臭いが…………」

 そう言って和花のどかが鼻を押さえる。

「門前町は下水設備がない普通の町だからな。だが多くの町があんな感じだぞ」

 師匠の話によれば上下水道が完備されている町は古代王国時の都市を再利用しているからで衛生面でもある程度の水準を維持できるが、多くの町は上水道もなく下水というか汚水は道に捨てられるレベルらしい。それでもメイン通りは衛生面に気を使っているらしい。

「迷宮都市ってこの壁の向こうなんだろ? さっさと通過しよーぜ」

 そう健司けんじが言うのだが師匠から待ったがかかる。

「お前さんたちはこの町の冒険者エーベンターリア組合ギルドの出張所で仕事を取ってきて茶鉄等級第二階梯に昇格してからだ」

 え? それって暫くこの町に留まれって事?

 僕らの声なき不満を感じたかは分からないが、昇格のコツを一つ教えてくれた。


 ▲△▲△▲△▲△▲△▲


 師匠と別れて冒険者エーベンターリア組合ギルド依頼掲示板リクエストボードの前に立つ。

「赤枠…………赤枠…………あった」

 目当ての依頼リクエストの内容は…………。


 徒歩二日のところにあるサームという農村で赤肌鬼ゴブリンが目撃された。調査と脅威度が高ければ排除をお願いしたいという内容だった。

「なんでこれが赤枠なんだ?」

 依頼票を覗き込んだ健司けんじが呟くが、ここにはなぜこれが赤枠…………緊急案件なのかは記されていない。

「受付で聞くしかないだろうね」

 そう述べる御子柴みこしばのいう事ももっともである。


 ここであれこれ言っていても仕方ないので、受付カウンターへと向かい認識票アーケナングスマークを見せつつ依頼票を差し出す。

「この依頼を受けたいのですが」

 まだ公用交易語トレディア抑揚イントネーションがおかしいけど十分通じるはずだ。


 型通りの挨拶もそこそこに事務的に認識票アーケナングスマークの確認を行う。

 よくよく考えると板状器具タブレット端末を使って何やら操作している時点で昔の魔導機器マギテック文明とやらは僕らのいた世界と大差がなかったかそれ以上に優れていたのだろう。それが今や中世レベルまで落ちてるわけである。


「この依頼は緊急案件で報酬額はかなり減っておりますがご理解の上での依頼受諾でしょうか?」

 受付の女性はそう質問してきた。

「具体的な事は分かりませんが、どういう経緯で緊急案件なのでしょうか?」

 師匠の話では赤枠の依頼リクエストは前金貰って依頼を受けた冒険者エーベンターリアが失敗したか逃走した案件だとは聞いた。報酬は依頼者から出されるわけだが、村から出される報酬は安いうえに、前の冒険者エーベンターリアが前金を受け取っているために、本来の報酬額から前金を引いた分しかでないのである。組合ギルドは報酬額の補填などは一切行わない。

 安い分組合ギルドに貢献したとして昇格審査に考慮されるのだが…………。

「この依頼なんですが、実はすでに二組の冒険者エーベンターリアが受けてまして…………。その二組ともに新人でして、軍資金が足りないからと支度金として前金を受け取っており、今回成功しても報酬金額は金貨1000ガルド1枚しかでないのですが、よろしいですか?」

 

「よーするにマヌケの尻拭いを格安で請け負えって事だな」

「その分昇格の評価に色付けてやんよって事か」

 健司けんじがあえて日本やまと帝国語でそう言う。

 察して御子柴みこしば日本やまと帝国語で応じる。

「私たちはまだ軍資金に余裕があるし受けちゃおうよ。こんな臭くて不潔なところに長居したくないよ」

 和花のどか日本やまと帝国語でそう意見する。


「構いません。これでお願いします」

 情報が不足しているが現地に行って村人に聞くしかあるまい。

「ではお気を付けて」

 何やら板状器具タブレット端末で操作した後に受付さんはそう述べた。


 ▲△▲△▲△▲△▲△▲



 運がいい事にサーム村に行商に行く商人さんが見つかったので荷馬車トローリーに便乗させてもらった。勿論イザってときは護衛をするという条件付きだけどね。


 徒歩だと二日近くかかる行程も荷馬車トローリーのおかげで日が沈む直前にサームの村に到着した。

「やっぱ馬車は欲しいよなー」

 重装備の健司けんじがそう感想を漏らすが、そもそも僕らは馬車を御せないじゃん。

 村の方を見ると既に畑仕事を終えて夕飯の支度中なのだろうか、いくつか煙が上がっている。

「おい。あの黒煙はかまどの煙じゃねーよな?」

赤肌鬼ゴブリンに襲われてるんじゃないのか?」

いつきくん!」

 御子柴みこしば健司けんじ和花のどかが僕を見る。

「行こう! アリバーさん馬車を止めてください」

 御者を務めてた商人のアリバーさんが馬車を止めるのも待たずに身軽な御子柴みこしば和花のどかが飛び降りる。


 停車を待って僕と健司けんじも荷台から降りて村へと入っていく。



 ぱっと見た限りで赤肌鬼ゴブリンが20匹はいる。

 ざっと見た感じで50人規模の村だと思うのだが、それを20匹程度で襲い掛かるって事は、村の中での戦闘要員が少ないことを認識してるって事かな? それもあるけど、新人冒険者エーベンターリアを2度撃退した事で気が大きくなっているんだろう。

 本来は臆病なで無秩序な赤肌鬼ゴブリンだけだここまでの数で動くことはない。この人数を制御できる知能の高い上位種がいる。

「どこかに司令塔あたまの上位種がいるはずなんだけど…………」

 そう呟きつつ周囲を見回す。

 既に健司けんじが手近な赤肌鬼ゴブリン三日月斧バルディッシュを振り下ろしているのが見えた。

 何人かの村人も防戦しているが勢いに飲まれているのか手こずっている。赤肌鬼ゴブリン達の怖いところにはその勢いがある。こういう時の赤肌鬼ゴブリンは素人や経験の浅い人だと手に負えないことが多いと師匠が言っていた。

 まずは司令塔あたまを潰したいところだけど…………。


「見つけた…………」


 師匠に言われた通りで、そいつは他の赤肌鬼ゴブリンと違っていた。特別に体格が大きいわけではないが、身に着けているものが他の赤肌鬼ゴブリンより豪華なのだ。

 そいつは燃え盛る住居の傍で何やら指示を飛ばしているが、赤肌鬼ゴブリン語は理解できないので意味不明な叫びにしか聞こえない。


 僕は片手半剣バスタードソードを抜き、そっとそいつへと近づいていく。

 そいつはまだ僕に気が付いていないようだったが、僕の視界に映ってなかった一匹の赤肌鬼ゴブリンが行く手を塞いできた。どーやら司令塔あたまである赤肌鬼呪術師ゴブリンシャーマンの警護役のようだ。

 普通の赤肌鬼ゴブリンより若干体格の良いそいつの事も師匠から聞いている。赤肌鬼剣士ゴブリンフェンサーだ。先祖返りだが上位種ほど賢いわけではない。

 普通の赤肌鬼ゴブリンより剣を取り扱えて性質が悪いと聞いている。

 実際に赤肌鬼剣士ゴブリンフェンサーの斬撃は鋭く、ただ武器を振り回してるだけの赤肌鬼ゴブリンとは違う。

 明らかに剣術の初歩は心得ているようだ。

 僕はと言えば、まだ師匠のように器用に動きながら魔術は使えないので、威力重視ということで片手半剣バスタードソードを両手持ちにする。


 小剣ショートソードの構え方扱いはそれなりだが、やはり赤肌鬼ゴブリンというべきか堪え性がなく片手半剣バスタードソードを正眼に構えたまま動かない僕に焦れたのか赤肌鬼剣士ゴブリンフェンサーの方が先に動いた。


 しかし互いの攻撃範囲リーチを把握できてないあたりが赤肌鬼ゴブリンと言うべきだろうか?

 攻撃が届く前にこちらの一振りによって絶命した。

 肉を割き骨を断つ感触は気分がいいものではないな————。


「あっちぃっ!」

 戦闘中に思案とか間抜けもいいところである。

 視界の端に赤い火線が見えたと思った時には胸に命中していた。

 赤肌鬼呪術師ゴブリンシャーマンの存在を忘れていたわけではないが、精霊魔法バイムマジカの発動条件を失念していた。

 幸い命中した箇所は硬革鎧ハードレザーアーマーの部分だったので被害は少ない。【炎弾ファイアブリッド】が命中した際の火の粉が熱かっただけだ。

 赤肌鬼呪術師ゴブリンシャーマンの傍に炎があった時点で警戒しておくべきだった。


 傍の家屋の炎が不自然に揺らめく。


 まずい。また【炎弾ファイアブリッド】を唱えてる。

 ダッシュで赤肌鬼呪術師ゴブリンシャーマンへと向かうが間に合いそうもない。

「くそっ」

 走りつつ半ば自棄糞で胸の投擲短剣スローイングナイフを右手で投擲する。その距離1.5サート約6mと有効射程ギリギリだったが赤肌鬼呪術師ゴブリンシャーマンは慌てて避けた。

 逃げようと慌ててこちらに背を向ける所を左手に持つ片手半剣バスタードソードで横薙ぎに斬る。

 服と共に肉を割く嫌な感触が左手に残る。

 赤肌鬼呪術師ゴブリンシャーマンは背後から斬られた勢いでそのまま転倒する。

「殺生は好きになれないが、お前らとは永遠に分かり合えないからな…………」

 理解していないだろうと思いつつもそう呟き片手半剣バスタードソードを両手で持ち上段に構える。


 赤肌鬼呪術師ゴブリンシャーマンがこちらに向かって何やら口にしているが通じない。たぶん命乞いなんだろう。


「……………………はっ」


 唐突な雑念で意識がそっちにいってた。そして赤肌鬼呪術師ゴブリンシャーマンはと言えばヨロヨロと距離を取ろうと這いずっていた。

「くそっ! 【雑念デストラクション】の魔法か!」

 あっさり魔法にかかってしまった事にイラっとして八つ当

生物の感情を司る精神の精霊の一種であるを用いたたりのするかのように片手半剣バスタードソードを振り下ろした。


 ▲△▲△▲△▲△▲△▲



 挨拶も兼ねて村長に挨拶に行った。

 流暢な公用交易語トレディアで僕らを迎えてくれて、被害が軽微だった事を感謝された。

 被害が出たことを詫びたところ、

赤肌鬼ゴブリン20匹に襲撃されてこの程度の被害なら軽微だ。気にするな」

 と村長に気を使われてしまった。


 その後は夕飯に招待され、前任者が4日前に森に入ったきり戻ってこないとの情報を得た。

 村在住の狩人ハンターによると村はずれの森の中に洞窟があるそうで赤肌鬼ゴブリン共はそこを巣穴にしているのではないかという事だ。


 四日前?

 馬車などでも往復二日かかるんだけど、その割には随分と依頼の再掲載が早いな。


 そのあたりの事を質問すると、森に入った翌朝に血塗れの革鎧ソフトレザーアーマー狩人ハンターが見つけたそうだ。大きな森ではないしこれは返り討ちにあったなと判断したらしい。


 聞いた限りでは、もう巣穴に残っている赤肌鬼ゴブリンは多くても10匹くらいではなかろうかとの事だ。

 既に夜だが、ここは一気に攻めるか?

「みんなはどう思う?」


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