第24話 個別特訓

 無事に合流を果たし心身ともに疲れ果てた僕らは割り当てられた個室で泥のように眠った。


 目が覚めたのは昼を過ぎたあたりだった。

 少し遅めの昼食を食堂で取りつつ、これからの二週間二〇日の予定を聞かされる。


 ざっくりとは聞いていたけど四人それぞれの長所を伸ばすために師匠の共同体クランである双頭の真龍ドレイク・ア・ドユ・テルトから専門の人員を呼び寄せたそうだ。

 昼食後はそのまま全員で座学を行うことになっている。

 内容は一党パーティでの行動のイロハや手信号ハンドサインの復習などだ。実地は後日行うとの事で先ずは知識を頭に入れておけというスタンスらしい。

 夕飯までの二刻四時間ほどを質疑応答と状況別対処法の解説などであっという間に過ぎていった。実戦で試すのは個別訓練が終わった後の総仕上げだそうだ。


 夕飯後は公用交易語トレディアの授業だった。

 師匠の説明は発せられた言葉をとして捉えてはいけないとの事だった。

 文字として捉えてしまった場合、意思の疎通において認識のズレが生じるとの事だ。例として出されたのは僕らの世界でもよくあるネット掲示板の書き込みと炎上だった。文字として捉えてしまうと発言者の細かいニュアンスなどが抜け落ちてしまい真意が伝わらない事が多々あるので、注意するのは相手の身振り手振りや仕草、視線、声色などにも注意を払うようにとの事だ。尋問するときもされる際にもこの辺りを意識しておくようにとの事だった。


 まだ拉致られてひと月…………きっちり勉強を始めてから二週間二〇日も経過していない事もあって、僕らの公用交易語トレディアはかなり残念仕様だ。会話は身振り手振りで必死に訴えかければ、なんとか通じそうだけど問題は文字のほうだ。師匠に冒険者エーベンターリアがよく使う用語などの辞書を貰ったので暫くは辞書片手に依頼掲示板とか眺めることになるだろう。


 もちろん懐具合に余裕があれば通訳師インタプリット代筆屋アマヌーンスを頼むという手もある。


 公用交易語トレディアの講義も終わり、後は久しぶりのお風呂に入れるとあって和花のどかが珍しく鼻歌交じりに横を歩いている。

 健司けんじ御子柴みこしばはといえば二人で何やら話し込んでいる。混ざりたいけど昨夜の出来事で溝を感じてしまい話しかけにくい…………。


 娯楽もないので早めの就寝だった。



 翌朝は二の刻判五時に叩き起こされる。

 朝食前に柔軟を行いその後は甲板の上を延々と走らされる。体力スタミナつくりのためだ。七時に食堂で朝食を取り、その時に教官役の人たちの紹介を受ける。


 健司けんじ魔戦技ストラグル・アーツの効率化の訓練と戦闘訓練が主との事で教官役には上位地霊族ハイドワーフのバルドさんが担当する。豊かな髭を伸ばし樽型の体形は如何にも僕らが知る地霊族ドワーフといった感じだ。ただし種族的にはかなりの大柄な人らしい。なぜこの人が担当するのかというと健司けんじの戦闘スタイルは大物喰いジャイアントキリング向きだから。細かい技術は力で粉砕してしまえというわけだ。


 御子柴みこしば斥候スカウトとしての才能を底上げすることが今回の目的であり、大きく分けて野伏レンジャー手練師トレーナーとしての訓練に特化し空き時間で戦闘訓練を行うそうだ。

 手練師トレーナーとはゲームでいう所の盗賊シーフ暗殺者アサシンに相当するのだが、呼び名が犯罪者臭いので冒険者エーベンターリア組合ギルドでは手練師トレーナーと呼ぶらしい。教官役はちっこい女の子だった。

 なんでも幼人族リトナーという種族で身長は27.5サーグ約110cmほどが成人サイズらしく見た目もトゥル族の7歳児くらいにしか見えない。御子柴みこしばが「合法ロリきたー」と小声とともにガッツポーズをしていたのを僕は見た。


 和花のどか精霊魔法バイムマジカ真語魔術ハイ・エンシェントの他に飛び道具ミサイルウェポンの訓練を行うそうだ。精霊魔法バイムマジカに関しては既に使えるようだけど、使える事と使いこなせる事は別物なので共同体クランに所属の森霊族エルフのフランさんという小柄な女性だ。イメージしていたより耳は長くない。気になって質問してみたら僕のイメージしている森霊族エルフ上位森霊族ハイエルフだと言われた。真語魔術ハイ・エンシェントの方は師匠のイケメン相棒であるフェリウスさんだ。両腰に長剣ロングソードを差す双剣使いってイメージの強い人だけど真語魔術ハイ・エンシェントの達人でもある。飛び道具ミサイルウェポンは後衛にとってはある意味必須技能らしい。ゲームのように魔法をバンバン使うことはできないので戦闘が多いと暇になるらしい。教師役は精霊魔法バイムマジカを担当する森霊族エルフのフランさんだ。


 ここで気が付いたのだけど、まだ教師役が十人もいるのだが?

 これまさか全部僕の担当? 

 ハハ…………嘘だよね?



 本当でした。


 この十人は僕の戦闘訓練のために用意した人員でそれぞれ得意の得物が違うそうだ。身体の使い方自体は長年培った[高屋流剣術]で出来上がっているので少しでも今の武器に慣れさせるためにとにかく模擬戦地獄で身体に叩き込もうという事らしい。朝食後に真語魔術ハイ・エンシェントを習い昼食後から夕飯までを延々と模擬戦に費やすそうだ、


 彼らは舌なめずりしてこっちを見ているんだが生き残れるのだろうか?


 ▲△▲△▲△▲△▲△▲



 あっという間に一週間一〇日が過ぎ去った…………。


 毎日二の刻半五時に起床し柔軟とマラソンをこなして朝食後はひたすら発声練習と聞き取り訓練を行う。

 今の時代の魔術師メイジは,言葉そのものに力が宿るとされる上位古代語ハイ・エンシェントを正確に発音し術式グラニによって決められた通りに魔力マーナを流し、補助として呪印タルムー、分かりやすく言うと手話に相当するらしく再編によって簡略化された上位古代語ハイ・エンシェントを補助する役目があるらしい。その呪印タルムーを結ぶという工程によって決められた効果の魔術が発動される。

 筈なのだが、この発声がネックで使い手の数が少ないのだそうだ。

 とにかく僅かな音の違いを発声できないが故に魔術師メイジの道を諦めるものも多い。

 そして正確な発声にはそれを聞き分ける聴力も必須となる。

 僕と和花のどかにはすべての条件が揃っていたが、健司けんじは聴力に、御子柴みこしばは発声に適性がなかったそうだ。


 術式グラニだがこれは例えるなら数学のようなものだ。

 万能素子マナという目に見えない存在を認識し魔力マーナと変じさせ、変じた魔力マーナを決められた手順で処理した事で魔術が完成する。それを脳内で処理するのだ。学術であるため想像力で威力や規模が変わることはない。

 呪句タンスラいわゆる呪文と呪印タルムーはと言うと脳内処理のサポート的役割だそうだ。

 古典ラノベで典型的な無詠唱などはまずはこの基本を押さえる事と無詠唱化という儀式をする必要性があるとの事だ。


 無詠唱は脳の未使用領域に術式グラニの焼付作業を行う事で意識するだけで発動できるが欠点は、上書きができないので厳選して焼き付けない事と魔術の効果の拡大が出来ない事だ。ちなみに後で上書きとかは出来ないので厳選する必要がある。


 刻印魔術カーブルに似ているが刻印魔術カーブルは当人に効果がある魔術である事と、自動使用の為に必要になれば勝手に作動する反面、体内保有万能素子インターナル・マナが枯渇してしまうと発動しない。


 昼食後に最も過酷な模擬戦が始まる。

 様々な武器を持った十人の戦士たちと交代で戦闘を行うのだけど、一人頭五分毎に交代で合間に一分間の休憩が入る。


 勝てるとは思っていなかったが善戦できる思っていた。

 だがいざ始めてみると子供をあしらうようにいい様に翻弄されて気が付くと一本取られている。どれだけヘロヘロになろうと模擬戦は続く。

 結局四周ほどして模擬戦は終わった。

 その後は夕飯まで延々と瞑想メディタジアンである。

 この瞑想メディタジアン魔法使いスペル・キャスターの一日の魔法使用量を底上げする訓練なのだそうだ。

 魔法を使うと脳に負荷がかかる。

 この瞑想メディタジアンによって負荷のかかった脳を正常な状態に戻せる…………らしいのだが実感が湧くのはある程度魔法が使いこなせるようになってかららしい。


 夕飯は四人とも時間をずらされているのか誰とも会わずに教師役の人たちとあれこれ話しながら大盛りの食事に挑む。僕は大食いフードファイターじゃないんだが…………。


 だがこの大量の食事も特訓の一環であるとの事でかなり無理やり食べさせられる。スポーツ選手が結構なカロリーを摂取してるのを見たことがあるから言いたいことは分かるので食べるが、明らかに普段の倍以上の食事量は拷問にも思う。

 食後はシャワーを浴びてベッドにダイブである。


 変化を感じたのは特訓を初めて12日目の模擬戦の時だった。


 今までモヤモヤしていた何かが噛み合ったという表現が一番しっくりくる。


 身体がようやく片手半剣バスタードソードを使いこなせるようになってきたのか[高屋流剣術]の技術が生かせるようになってきたのだ。


 身体がイメージ通りに動くと言うべきなんだろうか?


 昔道場で稽古していた時のような感覚が戻ってきた。


 その日の特訓が終わって師匠から特訓の内容を変更すると言われた。


「よーやくスランプから抜け出せたようだな」

「え?」

 僕がスランプ? 

 どーいう事?

「自覚がなかったのか? いつきは本来であれば今日くらいの実力があったんだよ」

「何が原因なのか…………」

 それがさっぱりわからない。

「憶測だがこの世界にきて最初の赤肌鬼ゴブリン戦で死んだ訳だが、そこで無意識に委縮してしまったんだろう。そんな心理状態で健司けんじの活躍にコンプレックスを感じたりしてなかったか?」


 確かに言われてみると…………。


「これまでの特訓は様々な戦闘パターンに対処させる特訓でもあった。そもそも[高屋流剣術]は対人戦闘が主でその心構えも習っていたはずだ。おかしいとは思わなかったのか?」

 そーいえば理由ははっきりしないけど頑なに対人戦を嫌悪していた気がするな…………。

 この強制転移騒ぎがなければ僕は防衛軍士官か武装警官の道に進むことになる筈で…………凄惨な赤肌鬼ゴブリン戦で怖気づいたんだろうか?


「ところでなんで健司けんじたちと戦闘訓練の内容が違うんです?」

 その質問に対する師匠の回答はというと————。

 以前にも説明されたが健司けんじ大物喰いジャイアントキリング型の戦士ウォーリアで大型の武器をその膂力で振り回すことに特化している。大型生物の多くは知能も低く回避能力も決して高くないが防御力はある。そういう敵に対して小細工もいらないただ力任せに武器を振ればいい。

 僕に求められているのは高い知能を持つ強敵への対処だ。高い知能を持つ相手は牽制フェイントもするし、そういう健司けんじの苦手なタイプを対処するのが僕の役目なのだ。


 そしてもう一つこの特訓で僕は知らないうちに魔戦技ストラグル・アーツの基礎を体得していたらしい。

 元々は[高屋流剣術]上伝の技にもあるらしく下地自体は出来上がっていたらしい。


 一気に状況が変わって少し混乱しているが、どうやら自分に自信をもっていいらしい。


 個別訓練開始から13日目

 真語魔術ハイ・エンシェントの方にも変化が現れた。

綴るコンポーズ八大エルム初位レイオー第1階梯ファルク光輝パリティ輝きイスマ白光ビアンカ発動ヴァルツ。【光源ライト】」

 右手に発動体となる魔術師の棒杖メイジワンドを持ち術式グラニを描き、左手で呪印タルムーを結び、呪句タンスラを口にする。

 すると疲労感のようなもの感じたと同時に魔術師の棒杖メイジワンドの先端が白く輝いた。

「成功したな」

 師匠のその言葉で初めて真語魔術ハイ・エンシェントが成功したことを実感した。

「やったー!」

 思わず叫んで飛び上がってしまった。

「気絶するまで繰り返して、自分がどれだけ魔法が使えるか身体に刷り込んでおくといい」

 そう師匠に言われて【光源ライト】の魔術を繰り返す事、合計で7回で意識が飛んだ。


 真語魔術ハイ・エンシェントが発動したので次の課題は魔術の暗記だ。

 超人の師匠のようにすべて暗記って訳にはいかないので、第一階梯の魔術の中で利用頻度の高い魔術を選んで暗記する事となった。


 実戦向きの魔術にしようか…………。


 悩んだ末に暗記すると決めた魔術は————。

 対象の魔法抵抗力を底上げする【抗魔カウンターマジック

 対象の防御力を底上げする【防護膜プロテクション

 対象の攻撃回避能力を底上げする【不可視の盾シールド

 対象の武器の威力を削ぐ【威力減衰ブラントウェポン

 対象の武器の威力を上げる【威力強化エンチャントウェポン

 光り輝く魔法の矢を作り出し攻撃する【魔法の矢エネルギーボルト

 そして初歩にして基本とも言うべき【魔力撃ブラスター】である。もっとも【魔力撃ブラスター】は元々無詠唱テルガンで使える唯一の魔術なんだけどね。


 真語魔術ハイ・エンシェントを習っている和花のどかと相談して決めてもよかったけど、それは後でゆっくり決めればいいよね。


「さて、忘れてはならないのが、基本的には特定の対象にかける魔術は対象を増やす場合は負荷が増えることだ。例えば【防護膜プロテクション】を2人にかければ2回分疲労する。いつきの場合は7人に同時にかければ気絶するから気を付けるようにな」

 ゲームみたいに一党パーティ全体にかかる魔法とかないのが、こっちの世界の魔法は不便だ。基本的には個別か範囲のどちらかなんだよねぇ。

 僕の場合は休憩込みで一日に使える魔術の数は10回くらいだろうとの事だ。ただし魔戦技ストラグル・アーツの使用分は体内保有万能素子インターナル・マナなのでこっちは体力スタミナを養おう事で対応するらしい。


 昼食後は戦闘訓練だったのだが、ここにも大きな違いがあった。

 いつもの教師陣がいないのである。

 その代わり木剣を持った師匠が突っ立っていただけである。

「あれ? いつもの人たちは?」

「今日から俺が相手だ」

 そういうとニヤリとした。



 ▲△▲△▲△▲△▲△▲



「これで45回死んだな」

 そう笑う師匠。

 もちろん実際に死んだわけじゃない。

 とにかく手も足も出ない。完全に師匠の掌で踊らされているというべきだろうか?

 詰将棋のようにジワジワと回避スペースが削られていき気が付けば詰んでいるか、自棄になって距離を取ろうとしてもすかさず棒手裏剣スローイングニードルが飛んできて回避ないし武器で弾くと既に師匠が懐に飛び込んできているという…………。

 そして最も嫌らしいのがこちらの攻撃を躱しつつ器用に魔法を使うところだ。

 先ほどもこちらの斬撃を躱しつつ器用に呪印タルムーを結び、呪句タンスラを詠唱し、こちらの攻撃のタイミングに合わせてスルリと懐に入り込まれて左の掌をそっと押し当てられた。

感電掌スタン・プラム】と呼ばれる師匠の改良魔術だ。


 だが、流石に45回も死亡判定されれば僕が阿呆でも師匠の意図に気が付く。

 これは僕の目指すべき戦闘スタイルなんだ。

 もちろん僕と師匠じゃ体格など違う面は多々あるが思い返してみればそうとしか思えない行動も結構あった。


 その後も師匠にはいい様に遊ばれて結局死亡判定は62回を数えた。


 自信を取り戻し目標が見えてくると特訓も楽しく気が付くと残りの日数をあっという間に過ぎ去ってしまった。


 特訓最終日の夕飯は珍しく四人揃った。

いつきくん変わった?」

 隣に座った和花のどかがそんな事を聞いてきた。

「そうかもね。なんていうか…………吹っ切れた感じかな? 和花のどかはどうなの?」

「私は精霊契約コンラドフ・スピオラダルターも済んだし、真語魔術ハイ・エンシェントを使えるようになったよ。後衛うしろは任せてね」

 なら暗記した魔術が被らないように後で相談しないといけないね。


 食事しつつお互いの特訓状況を語り合った。みんなそれなりに手応えがあったらしい。


 食事も終わり食後のお茶を飲んで寛いでいると師匠が食堂に入ってくるなりこう述べた。

「明日は最終試験を行う。一党パーティを編成し、仕事を受けて無事に戻ってこい。詳しい説明は明朝に行う」

 言うだけ言うとさっさと食堂から立ち去ってしまった。


「これに不合格だと俺らどうなるんだ?」

 健司けんじがそう言ったわけだが、それは皆が考えた事だろう。

「あの人の事だし、失敗したら適性なしとみなして元の世界に送還だろうねぇ」

 御子柴みこしばの意見はたぶん合っているだろう。

「お前らは魔法とかどれだけ使えるようになったんだよ?」

 前衛まえ担当の健司けんじとしては気になるところだろう。

 僕と和花のどかでお互いに暗記した魔術を公表しダブったものや優先度の低いものを決めていった。

「昔読んだなんかの小説で魔術師メイジが毎朝呪文書を読んでる描写があったけどあれってすぐに使えるように必死に記憶させてたんだねぇ。魔法名唱えたら勝手に魔法使えるとか思い込んでたよ」

 御子柴みこしばの感想を聞いて僕と健司けんじも「同じ事を思った」と口に出し二人して笑ってしまった。


 明日の試験とやらが無事に済むように祈りつつこの日はぐっすりと眠りについたのだった。

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