第22話 長い夜③

「どうして冒険者エーベンターリア組合ギルドじゃないんですか?」


 高級宿リクシグト・ボーンド を飛び出し、玄関周りを封じていた無数の正規兵達を師匠の【昏倒の矢スタン・ボルト】で昏倒させ、僕らは目的地へと向けて走っている。


「確かに冒険者エーベンターリア組合ギルドの建屋なら安全かもしれないが、あそこは規模も小さいから今更行っても入る事は叶わないだろう。それならさっさと脱出するに限る!」


 師匠の回答はそんな感じだった。

 そして僕らは略奪に酔いしれ襲い来る民兵や正規兵を戦闘不能にしつつ目的地である市壁そばの駐騎場へと向かっているのである。



 ▲△▲△▲△▲△▲△▲



 まず根本的に大きな勘違いをしていた。

 遭遇エンカウントしたら足を止めて戦闘して倒しての繰り返しと何故考えていたんだろう? 完全にゲーム脳すぎる。

 実際には御子柴みこしばが索敵をし、遭遇した場合は進路上の邪魔となれば健司けんじの横薙ぎの一撃で排除または進路上から退かせば済むだけで足を止める事無く走り去る。襲撃のタイミングがずれても一合してそのまま置き去りである。

 後ろを振り返ってはいないが殿しんがりの師匠がきちんと仕事をしてるのか追手の心配はなさそうだ。



 だが————。


「「「「「…………」」」」」


 そしてなんとか駐機場に到着したのだが、そこで見たものに皆の思考が一瞬だけ止まる。

「ちっ…………運が悪いな」

 舌打ちとともに師匠のボヤキが無人の駐機場に響く。


 この町に乗り付けてきた魔導客車マギ・ビーグルだが、事故か戦闘なのか魔導従士マギ・スレイブが踏み潰すように尻もちをつく格好で擱座しており踏み潰されていたのだ。

「師匠。どうします?」

 市壁の鉄門も破壊されているので、このまま走り去っても大丈夫な気もするけど…………。

 そう思って見渡せば逃げ出そうとする冒険者エーベンターリア商人マークアンテ旅人ビアトーレムや生き残っていた市民等で溢れ返っていて殺伐としている。余計なトラブルに巻き込まれそうだ。


「あれって動かないんですかね?」

 御子柴みこしばが指さしたアレとは擱座した魔導従士マギ・スレイブの事だ。

「ぱっと見た感じだとダメっぽいが調べてみるか」

 師匠は御子柴みこしばの提案に頷いて、尻もちをつく形で擱座している魔導従士マギ・スレイブの周りをひと廻りして状況を確認する。

「どうです?」

「んー…………下半身は生きてるが、昨日の戦闘での胴体の左袈裟がかなり致命傷だな。動くかどうかは運次第といったところだ」

 師匠の指す方を見ると確かに箱っぽい胴体に左肩から右胴へと走る深そうな裂傷がある。

「取りあえず操縦槽ディポッドに上がってみるから、四人は周辺を警戒を頼む」

 師匠はそう言うとガタイに見合わぬ動きで軽々と昇っていった。動きがネコ科のそれだ。



「ふへへ。獲物だ…………」

「女がいるぞ」

「金持ってそうだ…………」

「どうせ俺たちゃ殺されるんだ。今を楽しむぜ!」


 操縦槽ディポッドへと入っていった師匠を見上げて待っていると、こちらの存在に気が付いた民兵たちが口々にそう言いつつ近づいてきた。その数は七人だ。

 目が狂気に帯びているヤケクソになっているのか妙なヤクをキメてるのかは分からないけど、説得して解決できる状態ではないらしい。


「男は殺せ。女は…………分かっているな」

「でもあいつら…………いい尻してますよ」


「「「!!」」」


 戦慄が走った。


 その男の目線は明らかに僕らを見ていた。

 もう穴があったら入れたい心理なんだろうか?

 ダメだ。

 僕らの尊厳のためにもここは力づくでお引き取り願おう。


「先手必勝!」

 健司けんじ三日月斧バルディッシュを大きく振りかぶり走り出した。


健司けんじ! ころ————」


 赤い月明りの中…………先頭にいた民兵の間抜けツラが宙に舞った。


「なんだ…………大したことはないな…………余裕じゃん」

 健司けんじはそう呟いた。その表情かおは影となって見えない。


「そうだな。ちょっとリアルなフルダイブVRゲーと大差ないわ」

 健司けんじに気を取られていたが御子柴みこしばもいつの間にか民兵を一人倒していた。


 出鼻を挫かれ目の前で首の飛んだ仲間を見て冷静さを取り戻したのか悲鳴を上げて逃げて行ってしまった。


「「いえーい」」

 そして二人で拳をぶつけあう。


「二人ともおかしいだろ!」

 咄嗟にそう叫ばずにはいられなかった。

「ん? なら罪にふさわしく犯罪奴隷として人間としての尊厳を踏みにじられて苦しんで苦しんで苦しみまくってから惨めに死なせた方が良かったか?」

「これは慈悲なんだけどねぇ」

 健司けんじの後を御子柴みこしばが追従する。

「よーするにお前は自分で手にかけるのは嫌だが自分の見ていないところでなら構わないって事だろ?」


「そーじゃない!」

 うまく言えないけど、そうじゃないんだ…………。

いつきくんは二人があっさり人を殺すから人としておかしくはないか? って言いたいのでしょ。でもそれって日本やまと帝国人の普通の感覚なんだろうね」

 和花のどかの言葉を聞いて自分が何に違和感を覚えていたのか理解した。


「なんだ。そんな事か…………」

 御子柴みこしばの口調には若干だが侮蔑が混じっていたように感じた。

「覚悟の違いじゃね? いつきは元の世界が恋しいんじゃねーの?」

 健司けんじの口調にも若干だが侮蔑の混じったような雰囲気を感じた。

「帰りたくない永住するというなら、こっちの世界のやり方に適応しろよ。それが出来ないならさっさと元の世界に戻って大人しく婚約者が戻ってくるのを待ってな。俺らが捜して送り返してやるよ」

「…………」

 健司けんじの言う事に反論ができなかった。

 僕は戻りたくないと言いつつ本当は元の世界が恋しいのだろうか? 

 覚悟が足りないのだろうか?

いつきくんの考えは間違ってないよ。でもここで永住を考えているなら覚悟は必要だよ。綺麗事だけじゃこっちでは生きていけない…………そういう選択肢を選んだって思わないと」

 和花のどかがそう囁いて僕の右手を握ってきた。

「郷に入れば郷に従えって事か…………努力はするよ」

 そう和花のどかに答えたものの果たして簡単に割り切れるだろうか?


「お前ら登ってこい」

 操縦槽ディポッド動くかどうか調べていた師匠が声をかけてきた。だけど師匠じゃあるまいし登れるわけないじゃないか。

 そう思っていたら上から縄梯子が降ろされた。



 御子柴みこしば健司けんじの順に縄梯子を上っていき、和花のどかに先を譲ろうと思ったのだけど頑なに嫌がるので先に登る。


 この擱座したと思っていた魔導従士マギ・スレイブだけど、師匠の説明だと開放型オープントップ構造の騎体らしく背中と天頂部に遮蔽物がない構造となっている。しかもこの騎体は本来は戦闘用ではなく騎士キャバリエライダーの随伴従士が荷物や予備の武器を運ぶのに使う騎体だそうで腰の部分に突き出した荷台が存在する。

 僕らは今その荷台の上に立っている。


「こいつで行けるところまで進む。相棒には連絡済みだからどこかで拾ってもらえる筈だ」

 師匠はそう言うと操縦桿スティック操踏桿ペダルを操作して動かし始めた。左腕が完全に動かない事で何度か平衝バランスを崩しつつもなんとか起き上がり移動を始める。

 町を出るのはすんなりいった。

 巨体に踏まれないように周りの人々が避けてくれたのだ。

 転倒した衝撃で映像盤モニターが砕け散っていて、師匠は覗き窓と呼ばれる装甲の隙間から外を見て操縦している。

 結構な速度で走っているけど、とにかく揺れがひどい。

 健司けんじ御子柴みこしばは酔ったようで何度か吐いている。

 僕は耐性があったのかこの激しい不規則な揺れの中でも平然としていた。

 町を出て半刻1時間ほど走ったあたりでガクリと大きく平衝バランスを崩すものの師匠が冷静に立て直して事なきを得た。

「これまでだな」

 そう言って師匠は騎体を止めて片膝をつく駐騎姿勢へと移行する。


 止まってから気が付いたけど何か焦げ臭い臭いが漂っている。

「師匠なんか焦げ臭いんですけど」

魔力収縮筋マナ・コントラクタイルを冷却する冷却水管パーライ・ベセルがほとんど残ってなかったから焼き付いたんだよ。こいつはもう限界だ」

「捨てるって事ですか?」

 捨てるなら欲しいと思ったがそれは言えなかった。

魔力収縮筋マナ・コントラクタイルが焼き付いたから交換だろうし、大きな裂傷で左腕がまるっきり応答しない状態なので修理するくらいなら同程度の中古品を買った方がマシだからな」

 捨てるって事らしい。


 今日の出来事を思い返していたらお迎えが来たようだ。

 以前見た師匠たちの母艦である大型魔導艦マグナ・マギ・スキップの巨躯が月明りに浮かんだ。

だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る