第21話 長い夜②

 寝苦しさから目が覚めてしまった。

「ん…………う~ん…………」

 そして寝苦しさの原因がすぐ隣にいた。

「なんでこっちのベッドに入ってきてるの?」

 部屋は真っ暗で顔も見えないが、そう和花のどかに言わずにはいられなかった。どーせ聞こえてないだろうけども。


 その時————。


 階下から伝わる剣撃と叫び声が聞こえた。

「まさか…………」

 略奪暴行祭りでラリってた民兵が、この商人マークアンテ組合ギルド管轄の高級宿リクシグト・ボーンド を襲撃しに来たのだろうか?


 ここで考え込んでいても埒が明かないので、まずは皮製の遮光カーテンを開け月明かりを取り込む。

 雲一つないようで二つの月に照らされて結構明るい。そこで気が付いたのだけど今日は二番目の月である赤き月ルードの光が強いのか月明かりが赤い。

 近くにあった燃料角灯オイルランタンを点けようかと手を伸ばしたけど、ほとんど燃料オイルが残ってなかった事を思い出し、月明かりを頼りに身支度を整えることにした。


 だが、その前に————。


和花のどか起きて!」

 先に和花のどかを起こすことに決め身体を揺する。


「う~ん…………もう少し…………下ぁ…………」


「いや、もう少しじゃないよ! とにかく起きて!」


「……ん……そこじゃないよぉ…………」


 正直言えばどんな夢を見ているのか気にもなったが、何度か揺すっても起きそうもないので先に自分の仕度を整える事にした。もたもたしていて部屋に乗り込まれたら目も当てられない。


 手早く防具も身に着け剣を佩いたところでようやく和花のどかが上体を起こした。


「…………何があったの?」


 まだ半分寝ぼけたような声でそう尋ねてきた。


「下で襲撃があったみたいだ。和花のどかも急いで支度して」


 そう和花のどかに告げて扉へと移動する。

 和花のどかも寝間着代わりの筒型衣チュニックを脱ぎだした。


 扉に耳を当てると、ドタドタと複数の何かが階段を駆け上がってくる。ほぼ間違いなく略奪暴行に大絶賛ラリっている民兵だろう。クスリをキメてるわけでもないのに雰囲気に酔ってるんだろうなー。


 隣の部屋の扉が開き続いて苦悶の声がいくつも上がる。師匠が対処したのだろう。


いつきくん。準備できたよ」

 振り返れば長衣ローブを纏い右手には六尺棒クォータースタッフを持ち背負い袋バックパックを背負って何時でも出立できる状態になっていた。

「明かりはどうする? 点けようか?」

「ん? 燃料オイルは殆んど残ってないよ?」

「ふふふ…………。ここは和花のどかさんに任せなさい」

 そういって慎まし胸を反らすのであった。


 目を閉じると、

光の精霊ウィル・オー・ウィスプよ。ここにおいで」

 そう和花のどかが口にすると空間の一点にふわふわと光輝く物体が出現する。

「いつの間に使えるようになったの?」

 ふわふわした光輝く物体へと興味本位で右手を伸ばす。

「触っちゃダ————」

 バチッっと弾けるような音と共に強烈な痛みが右手を襲う。そして周囲はまた月明かりだけとなった。

「いってぇー」

「大丈夫?」

 正直言えば感電したような感じで右腕全体が痺れているのか、動かせなくはないが反応が鈍い。

「右腕がちょっと痺れるけど大丈夫だよ」

 剣を振るのはちょっと怖いけどね。

「なら良かった。光の精霊ウィル・オー・ウィスプは物体に触れると弾けちゃうから触っちゃダメって言おうと思ったのにー」

 そう言ってちょっと頬を膨らませる。

「ごめんごめん。で、いつ使えるようになったの?」

 精霊魔法バイムマジカ習得の一環として先日まで瞑想っぽい事していたのは知ってるけど、使えるようになっていたとはなー。


「ん? たった今だよ。なんか出来そーとか思ったの」

 和花のどかはそう言ってドヤ顔をした。

 改めて明りを灯してもらおうかと思った時、扉が激しくノックされた。

 警戒して無言でいると、

いつき。起きてるか? 開けてくれ」

 どうやらノックの主は健司けんじのようだ。声の感じから慌てているようにも感じる。


 扉を開けると健司けんじが慌てている理由が判明した。


「まさかとは思うけど…………」

 廊下に転がっていたのは貧相な装備の民兵などではなく、硬革鎧ハードレザーアーマーでがっちりと武装した占領軍の兵隊ソルジャーだった。

「先に言っておくけど、間違えて倒したとかじゃないぞ」

 健司けんじの言い分から推測するに想像の斜め上の展開になったという事だろうか?

「まさかとは思うけど、略奪暴行にラリった民兵がトチ狂って商人マークアンテ組合ギルドに喧嘩売るようなマネをしたという設定で正規軍が略奪しにきたとか?」


 言った自分でもまさかそこまで阿呆ではないだろうとか思ったのだけど、

「設定とか言うなよ…………。だけどヴァルザスさんの見立てだとそれで間違いないらしい」

 健司けんじの答えに救いようのない阿呆だったのかとガックリきてしまった


「ねぇ。すめらぎ。先生はどこ行ったの?」

 和花のどか光の精霊ウィル・オー・ウィスプを再度呼び出したようで周囲が明るくなる。

 そういえば師匠と御子柴みこしばが見当たらない。

小鳥遊たかなしは魔法使えるようになったのかよ。やったな!」

 魔法の適性がなかった健司けんじが素直に称賛した。

「まーね。で、先生は?」

御子柴みこしばを連絡要員に連れてって階下を制圧してくるってさ」

 賞賛されてちょっと鼻高々な和花のどかだったが、直ぐに真顔に戻る。

「なら明りもあるし————」

 和花のどかがそう言いかけた時に階下からドタドタと御子柴みこしばが上がってきた。

「玄関ホールまで制圧終ったから降りて来いってさ、って…………小鳥遊たかなしは魔法使えるようになったのかー。いいね」

 そう言ってサムズアップした。

 和花のどかは「ありがとー」とサムズアップを返して歩き始める。

 僕はと言えば、まだ、おめでとうと言えてないなという事に気が付く。まさか嫉妬してる? 

 いやいやタイミングを逸しただけだと思うことにする。



 きっちりと師匠が制圧したようで玄関ホールまで昏倒した兵隊ソルジャーが転がっていた。きっちり数を数えてはいないが30人近かったように思う。


「まさか本当に襲ってくるとかね……」

 玄関ホールで僕らを出迎えてくれた師匠はそう言って苦笑いしていた。ここに泊まった当初は商人マークアンテ組合ギルド管轄の高級宿リクシグト・ボーンド を襲撃する馬鹿は居まいと思っていたのだ。


 それが略奪暴行にラリった民兵が殴りこんできた……のではなく、その民兵を捕らえるという名目で襲撃してきた兵隊ソルジャーが来ることまでは想定してないよ。


「ヴァルザスさん。この後どうします?」

 そう健司けんじに質問された後に少し考えこんでいる。

「今後の展開は民兵と正規兵どちらにでも襲われる可能性が高いという事は分かるな?」

 師匠は確認するかのように問いかけてきた。

「この混乱に乗じて略奪祭りに参加する者も出るでしょうね。武装しているとはいえこのままで歩けば僕らも襲われる可能性はあるでしょう。そうなると————」

「人を傷つける覚悟があるか? という事ですかね」

 御子柴みこしばが僕の言いたいことを横取りしてしまったが、つまりはそういうことだ。


「俺は特に問題ないな。襲われれば返りうちにするまでよ」

 鼻息荒くそう健司けんじが言えば、

「俺も積極的な殺人は非推奨だけど、こういうケースは割り切れるかな」

 御子柴みこしばも問題ないと答える。気になって和花のどかの方を見ると————。

「私も御子柴みこしばに同意かな。神ならぬ身としては自分の身は自分で守らないとね」

 和花のどかも覚悟は決まっているって事か…………。


 自衛の結果の殺害は僕らの世界でも稀にあるケースだ。だけどアレは咄嗟の行為の結果だ。意図して人が斬れるか? うちの流派は人斬りを前提としているけど僕にはその覚悟がまだない。ただここで悩んでいても事態は好転しないし腹を括ろう。

「僕も大丈夫です。行きましょう」


「なら、先ず先頭は隼人はやと健司けんじだ。前方に注意を払い襲われても最低限の応戦で済ませろ。後は後ろとの距離を常に意識しろ」

「「はい」」

 二人の返事を確認し師匠は僕らを見る。

「お前らは前衛との距離を離されないようにしつつ側面からの襲撃に備えろ。殿しんがりは俺が務める」

「「はい」」

 僕らの返事を確認して師匠は目的地を告げる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る