第13話 不意打ち

「おい。起きろ」

 肩を激しく揺すられて夢うつつだった意識が一気に覚醒する。


 目に前には健司けんじが居て、どうやら僕を揺すったのは健司けんじのようだ。

「目が覚めたら間近に健司けんじの顔とかどんな罰ゲームなんだよ…………」

 思わず文句を口にしてしまう。せめて…………。

「せめて小鳥遊たかなしなら良かったとか言うなよ」

「なぜわかった」

「誰でもわかるって」

 健司けんじがそう言って小さく笑う。


「もう全員支度も終わって後はいつきだけだ。これでも食ってさっさと支度しろ」

 師匠はそう言って昨夜も食べた携帯口糧レーションを放り投げてきた。

 それをふた口で食べ終わらせて思った。

「これって食べた後に水分が欲しくなりますね」

 そう感想を漏らして水袋の生ぬるい水をひと口含む。

 支度と言っても昨日は座って寝ただけだから土を払い、ベルトを緩めた硬革鎧ハードレザーアーマーを定位置に戻して背負い袋バックパックを担いで主武器メインアームを腰にけば準備完了である。

 ただ…………昨夜から着替えもしてないし風呂にも入ってないしで結構不快だ。

 取りあえず師匠に片っ端から不満をぶつけてみたが返ってきた答えは「貧乏が悪い。慣れろ」だった。確かに僕らは一文無しで師匠に金貨一万ガルド10枚を借りている状態である。利息なしで返済に関してはある時払いなのが数少ない救いではあるけど…………。もっとも僕らは装備を整えるのに金貨五千ガルド5枚ほど使っている。


 因みに金貨一万ガルド10枚がどの程度かと言うと食費と宿賃をギリギリまで切り詰めて、尚且つ怪我や病気などにならなければ、三人で五か月ちょっとで資金が底をつく計算になる。

 ただし、この金額設定は師匠に言わせると、僕や健司けんじ和花のどかの貞操に危機は考慮されていないそうだ。

 そう————男の尻でも狙われるのである。金がなくて妓館に行けないから、とりあえず穴があったら入れたい…………そういう底辺冒険者もそれなりに居るのである。彼らに自家発電という発想はないらしい。いい迷惑である。

「早く稼げるようになりたいもんだ」

 そのぼやきは師匠の耳に届いたようで、

「なら商人の護衛が楽で良いぞ。ただし人間そっくりの姿をした野盗という怪物モンスターを殺すことに躊躇ためらいがなければだけどな」

 怪物モンスター揶揄やゆしているが、もちろん野盗は普通に人間だ。よーするに人殺し出来れば手堅く稼げるという話である。盗賊は捕まると犯罪奴隷として櫂船ガレーの漕ぎ手として死ぬまで鎖に繋がれる。そして死ねば魚の餌である。その場で斬り捨てるかジワジワと苦しめて自分の見ていないところで殺すかの違いでしかない。

 あ、船が沈む際には道連れになる。生存率は限りなく低い。師匠に言わせればさっさと殺してやるのも慈悲かもしれないとの事だ。

 因みに生かして捕えて官憲に引き渡せれば賞金が手に入る。


 ▲△▲△▲△▲△▲△▲



 臨時の野営地から移動を開始して一刻二時間程が経過した。

 道なき道を只管ひたすら山頂付近に向けて歩いている。

 歩きつつ師匠は食べられる野草や茸、根菜などを教えてくれたり、水場の探し方などをレクチャーしてくれた。更に生存術サバイバリティとして実地こそしなかったけど裸一貫での生存術なども教わった。本来であれば実際に体験するべきだとは言っていたが…………。

「足元ばかり気にして歩くなよ。全周囲に気を配るんだ」

 師匠の注意を聞いて確かになって思うのだけど、実際に整備されていない山道を歩くのに気を取られて他が疎かになってしまう。

「特に上は注意が————」

「キャァァァァ!!」

 師匠の説明をかき消すように和花のどかの悲鳴が木霊する。

 一番体力のない和花のどかは最後尾を歩いていたのだが、振り返ると背負い袋バックパックだけが転がっていて姿が見えない。

「あれ?」

いつきくん! 上だよ!」

 声を辿れば何かよってに逆さ吊りされている和花のどかが必死に長衣ローブの裾を抑えながら叫んでいた。

「特に上には注意が必要だ。油断していると蛸モドキシャム・オクトープスなどが頭上から襲ってくる」

 既に襲われているのに師匠はわざわざ言い直した!

 和花のどかの左足首に絡みつく二本の触腕には吸盤がびっしりとあり蛸の足と言われるとなるほどと納得もできる。

 蛸モドキシャム・オクトープスという陸生の怪物モンスターは頭部のない蛸という表現がぴったりの生物である。ただし触腕は6本しかない。肉食で枝などの高い場所で待機して下を通過する獲物を伸縮する触腕で捕まえて引き上げる。和花のどかを吊り上げるとなるとかなり力はあるようだ。


「ほれ、これも訓練の一環だぞ。取りあえず危機察知能力は落第だな。で、どーやって救助するんだ?」

 師匠はあくまでも傍観者というスタンスらしい。

 僕らは無意識のうちにどこかで師匠に頼っている部分があったんだろう。


 蛸モドキシャム・オクトープスがいる場所は高さ2サート約8m程だ。木に登って殴るほかないか?

 木登りにはあまり自信がないけど裸足になれば…………。


「…………お前ら何のために飛び道具ミサイルウェポン買ったんだ?」

 靴を脱ぎかけていた僕へ呆れみの視線を投げかける師匠にそう指摘されて思い出した。

 肩から掛けた皮帯ベルト投擲短剣スローイング・ナイフが5本止めてあることを今更ながら思い出して、一本抜いてみて思い至った。


「そーいや、これの投げ方知らないんだが?」

 取りあえず投げてみた。


「「…………」」

 投擲短剣スローイング・ナイフは明後日の方向へと飛んで行った。

いつきくん! 遊んでないで早く助けてよ!」

 和花のどかに怒られてしまった。

 気が付いたのだが、引き釣り上げる速度が異様に遅い。触腕2本で和花のどかを引っ張り上げているのだが、やはり2本では重すぎるのだろう。更に触腕を降ろすのかと思ったのだが、残り4本は木にしがみつくのに使っているので焦らなくても直ぐには食べられるという事はなさそうだ。

和花のどかは腹筋を鍛えるべきだと思う」

 重い背負い袋バックパックは逆さに引っ張られる際に地面に落ちたのだから腰にいている短剣ダガーを抜いて触腕を斬ればとも思うのだが…………。


 投擲短剣スローイング・ナイフもう一本抜き構えようとしたとき、

投擲短剣スローイング・ナイフなんかは水平に投げても有効射程は2サート約8m程度だぞ。上に投げて殺傷力が残ってると思うか? 何のために軽弩ライトクロスボウを買ったんだ」

 さらに師匠にダメだしされた。

「あ…………」

 僕は慌てて背負い袋バックパックを降ろして横に固定していた軽弩ライトクロスボウを立てかけ先端の金具に足をかけ装填用のレバーを背筋力にものを言わせて引っ張ると掛け金に弦が固定される。

 矢筒から太矢クォーレルを抜いて台座に装填し構える。

 僕の購入した軽弩ライトクロスボウ銃床ストックのあるモノだ。これがあるおかげで照準が安定するし、発射時の反動を肩で吸収させられる。


 弦の音が鳴り響いて太矢クォーレル蛸モドキシャム・オクトープスの居る近くに突き刺さる。ただし撃ったのは僕ではない。健司けんじ重弩ヘビークロスボウだ。

「ちっ」

 舌打ちとともに健司けんじは次弾の装填に作業に入る。重弩ヘビークロスボウはテコの原理と背筋力で弦を引く関係で強力な一撃を生むが、欠点は連射がきかないところだ。熟練者でも1分で3射が限界らしい。もちろん僕らは素人なので1分で一射出来れば御の字である。


「当たれ!」

 意味もなく叫んでみて引金トリガーを引く。

 発射された太矢クォーレルは距離も近い事もあり和花のどかの脚に絡みついた触腕の一本に突き刺さ…………貫通しそのまま飛んでいった。

「あれ?」

「先に本体を仕留めろ。もっと周囲に気を配って観察しろ。二人して同じ事してても仕方ないだろう?」

 只管ひたすら師匠にダメだしされている。赤肌鬼ゴブリン戦の時は無我夢中でなんも考えていなかったし、今回は平静のつもりなんだけどパニくってる?

 弦が鳴る音で思考を中断し、そちらを見ると射撃を終え満足そうに上を見上げる健司けんじが居た。釣られて上を見ると見事に蛸モドキシャム・オクトープス太矢クォーレルが突き刺さり気に縫い付けた状態になっていた。

「見たか! 俺の実力」

 にやりと笑みを浮かべてこちらにサムズアップしてくる。釣られてこちらもサムズアップで返す。


「お、落ちちゃう!」


 その和花のどかの叫びで慌てて真下に移動し受け止めようと両手を広げたところで気が付いた。脚に絡んだ残り一本の触腕が和花のどかを支えきれなくて千切れそうになっているのだ。

 和花のどかの体重は推定で装備を含めて50キロには満たないはずだが、1サート約4m高さから落ちてくる彼女を無事に受け止められるのだろうか?

 どうしたもんかと考えこんでいるうちに触腕は千切れ、和花のどかの悲鳴とともに————。

「「「あれ?」」」

 僕も健司けんじ和花のどかも事態が呑み込めなくてたぶん間抜けな表情ツラをしているんだろう。

 頭を下にしたままふわふわと羽根のようにゆっくりと落ちてきたのである。


「念の為に【落下制御フォーリング・コントロール】の魔術をかけておいて正解だったな」

 師匠のおかげで助かったのか…………。

「まー未知の生物相手に初戦ならこんなもんだろ。個人的な感想としてはもうちょっと冷静に周囲に気を配ってくれたらこういうミスはしないんだがな。あと重量物の真下には入らない事だ。怪我の元だぞ」

 怒るわけでもなく師匠の解説は続く…………。


 触腕に絡みつかれていた和花のどかの脚は鬱血うっけつしていたが、師匠の【軽癒リクトヒール】の魔術で綺麗に癒される。


「基本的にはお前たち三人の生命が脅かされない限りは俺は傍観者のつもりだ。今回の件で懲りたのであれば————」

「大丈夫です!」

 師匠の話を遮って返事をしたのは和花のどかだった。

「ま、俺も自分の意志でこっちに渡ってきたんだし、このまま追い返されたんじゃ後悔しか残らないだろうな」

 巻き込まれた僕や和花のどかと違い自分の意志でここに来た健司けんじならそうだろう。

「僕も大丈夫です。多分何処かで甘えがあったんだと思います」



「正直この世界は転職という考え方はあまり浸透していない。それは既得権益を犯されるのを嫌がっているからだ。ただし冒険者エーベンターリアは除くだが…………。だらだらとその日暮らしをしてると、最後は体力の限界で野垂れ死にか農夫にでもなって開拓村で余生を過ごすとかしか選択肢はないが、やる気があるなら出来る限り教えてはやる。ただし俺は優しくない」


 最も迷宮宝珠ダンジョン・オーブによって作られた迷宮アトラクションを適当に彷徨さまよえば何とか生活は出来るんで野外活動なんて覚えたくなければ覚えなくてもいいとは言われた。五百万人以上いる冒険者エーベンターリアの二割はくらいはそうやってその日暮らしをしているらしい。後は傭兵稼業が四割、商人の護衛が三割くらいだそうだ。

「本当の意味で[冒険者エーベンターリア]って奴は一割未満なのさ」

 師匠はそう言って話を締めくくった。



 ▲△▲△▲△▲△▲△▲



「さて、目当ての薬草はこのあたりで採取できる。乾燥させて渡すんで二週間二〇日くらい籠る予定だ。その間に狩りの仕方とか野外での動き方を教える」

 これからの方針を師匠が説明する。

「ヴァルザスさん。質問です!」

 なぜか健司けんじが挙手してる。師匠はそのまま話すようにと促すと、

「戦闘訓練とか魔戦技ストラグル・アーツの訓練はしないんすか?」

 そう質問をした。そういえば訓練項目になかった気が…………。

「こっちは空気も薄いし高度順化を数日行ってから徐々にだな」

 いまの標高だと日本やまと帝国なら二千五百メートル相当だから、高山病をわずらう可能性も出てくるのか…………。

「まずは周囲の地形を頭に入れてもらう。水場の確認と多少開けた場所を探すぞ」

 そう宣言して師匠は歩き始める。

 依頼の薬草はこの山の山頂付近に点在していてとにかく歩き回って見つけるしかないらしい。


 途中で軽くお昼を済ませて延べ三刻六時間ほど山を歩き回り、そろそろ野営をしようという話になった。

「師匠…………あれって…………」

 距離にして7.5サート約30mほど先に六本脚の黒い大きな物体が数匹がそれぞれ何かを引きずって移動している。周囲はそろそろ日が暮れそうなこともあり分かりにくいが、先頭を行く黒い物体が引きずっているモノは人のように見える。

 助けないと! そう思うと同時に右手は広刃の剣ブロードソードの柄に伸びていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る