第11話 浪漫は未実装

 魔法!

 それは浪漫!

 だが高揚した気分もヴァルザスさんの説明を聞くにつれ失意に変わりつつある。

 まず大きく分けて四つに分類される。

 精霊との交信コンタクトによって精霊が司る力を物質界この世界で振るう精霊魔法バイムマジカ、信仰心により神に祈りを捧げることで効果を発現する奇跡ホーリープレイ、太古の力ある言語パラブラズ呪句タンスラ術式グラニを組み合わせた学術に相当する真語魔術ハイ・エンシェントである。

 この世界に来たばかりでいきなり神を敬えと言われて「はい。わかりました」で奇跡ホーリープレイが使えれば苦労はしない。三人とも使えるかどうかは未定だそうだ。


 精霊との交信コンタクトは感覚的な話で口で説明するのは難しいが僕と和花のどかには適性があるらしく頑張ればいつかは習得できるかもしれないとの事である。


 真語魔術ハイ・エンシェントは幼少の頃から賢者の学院スカラー・アカデミアに入学し十年前後で初歩的な魔術が使えるかもしれない。なぜなら受講生の一割程度が魔術師見習いメイジ・アプレンティスになれる。更に魔術師メイジになれるのはその中のから一割という。これも僕と和花のどかに適性があったけどさ…………。

「今から十年前後も勉強とか流石にありえませんって」

 思わずヴァルザスさんに文句を言ってしまった。

 それに対してヴァルザスさんは笑いながらこう言った。

「基礎教育から始めるから十年なのさ。お前さんら元の世界で基礎教育は済ませてるから魔術を使うだけなら数か月もかからないさ」

 時間のかかる理由は他にも魔術師メイジ賢者スカラーでもあるから様々な知識に精通していることが求められるのでそれだけ時間がかかるという事だ。

「それは分かりましたが、賢者の学院スカラー・アカデミアとやらには入らないとまずいんですか?」

「いや、私塾もあるし、なんなら俺が教えても構わない」

 これはラッキーと思っていたのだが続いた言葉が————。

「授業料代わりに雑用さパシらせるけどな」

 しかしこれはかもしれない。本来であれば高い入学金と高い月謝を払う事を考えるとね。

「ところで最後の一つはなんなんです?」

 これまで素養なしだった健司けんじがそう質問してきた。

「最後のは全員適性ありだった。魔戦技ストラグル・アーツだな。体内の体内保有万能素子インターナル・マナを練り上げて身体能力を強化したりする技法だ」

 魔戦技ストラグル・アーツの使える戦士とそうでない戦士では評価がまるっきり違うそうだ。体内保有万能素子インターナル・マナの保有量は体格に正比例するそうなのでこの三人の中では健司けんじが最も素養が高いという。


 ▲△▲△▲△▲△▲△▲


 健司けんじ板金鎧プレートメイルアーマーが出来上がるまでは大した仕事はできないだろうという事で、宿屋に籠って只管ひたすら語学…………公用交易語トレディアの勉強に明け暮れた。文字が読めなければ依頼掲示板も利用できないし、会話が出来なければ受付ですら困る。

 皮肉というべきか強制召喚で多くの異なる世界の人間をさらって来たおかげなのか知ってる固有名詞や単語が散見していた事と文法が英語に近い事もあって、会話に関しては身振り手振りを交えればなんとか意思の疎通は出来程度にはなった。

 文字の方はヴァルザスさんが単語帳を用意してくれた事もあり、なんとか…………辛うじて? 依頼掲示板の依頼も理解できるようにはなった。この小都市程度だと公用交易語トレディアの識字率は四割程度との事だけど町の住人は使えなくてもさほど困らない事もあるからだ。文法は英語に近いが文字は日本やまと帝国語に近くひらがなやカタカナに相当するものと漢字に相当する文字が存在する。それ故に覚える文字が多すぎて使いこなすまでにはそれなりに時間が必要である。

 問題は単位だ。長さは四センチが基準となっているし重量は1.2キログラムが基準となっている。他にも速度も温度も面積なども使い慣れない数値で割と混乱する。


 文字に関しては幸運なことに法律によって漢字に相当する文字にはルビを振ることが義務づけられており公用交易語トレディアに不慣れな人が多いことがわかっているので結構根気よくこちらの不慣れな会話にも付き合ってくれる。

 そのおかげもあって————。



「いよいよ初仕事かー」

 一番装備の重いはずの健司けんじだが今のところは歩きも軽やかだ。

「でも採取の仕事ってもっと近場でぱぱっと済ませられるものだと思ったなぁ」

 この仕事を選んだのは和花のどかである。三人の中で最も軽量ではあるが普段歩き慣れてない影響なのか体力もなく既に疲れを見せている。

 現在僕らはヴァルザスさん…………以後は師匠と呼ぶ。の命令で依頼掲示板にて手頃な依頼を受けて移動している真っ最中なのである。

「正直言えば僕も採取の仕事はルートの町を出てすぐ近くに薬草の採取場所があるものだと勘違いしていたよ。師匠に指摘されていたのにね。でも普通に考えたらそんな近場なら態々わざわざ安くもないお金払って冒険者に依頼するわけがないよね」

 銘々めいめいにぼやきつつ途中で休憩を挟んで二刻四時間ほど平坦な街道を歩いている。平坦と言っても整備されているわけでもなく、また僕らも履き慣れない靴と装備に悩まされつつと言う事もあり3サーグ約12kmほどしか歩けていない。宿泊予定の山裾の村まで後2サーグ約8kmほどある。

「今のペースで歩ければ後一刻二時間程で到着だけど和花のどかは大丈夫?」

「疲れてはいるけど…………まだ大丈夫」

 そう返事をかえした和花のどかの口調はまだはっきりしている。義務化している軍事教練でも武家のお嬢さん方はあまりきつい訓練は受けない。なぜなら兵役義務時に配属される部署がほぼ後方勤務になるからだ。



 ▲△▲△▲△▲△▲△▲



 日が西に沈んだ頃にようやく本日宿泊する予定のダロト村に到着した。残念なことに途中で和花のどかがへばってしまい一刻二時間で到着する予定が一刻半三時間かかってしまったからだ。

 健司けんじは多少疲れてはいるものの特に問題があるようには見受けられないし、師匠に至っては平然としている。僕自身もそれなりに疲労感はあるもののゆっくり休めば明日は問題なく歩けるだろう。

 それよりもゲームみたいに道中で盗賊やら怪物モンスターとの遭遇エンカウントが全くなく、それが正直言うと残念なのかホッとしたというべきなのか…………。


「昼間から野生動物や怪物モンスターが徘徊して人を襲うような終末世界じゃないし、都市から出て一日目程度の距離で盗賊に襲われるほど治安も乱れてはいないさ」

 疑問を口にした僕に対しての師匠が笑って答えたのであった。


 月明かりと家から照らす僅かな明りだけを頼りに一番大きそうな建物へと歩いていく。僕らの世界では当り前のようにあった街灯すらここにはない。

「なんか明かりの灯っている家の数少なくないですか?」

 とりあえず疑問は口に出しておけば監督役として同伴してきている師匠が何らかの回答をくれる。

「それは下層民まで娯楽が浸透してないし照明用の油の節約で多くの村人は床に入ってるんだろう…………だがそれにしては変だな————」

 師匠の呟きは地に響くような重い金属音によってかき消された。 


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