第5話 別離

「え! 帰れるんですか?」

 帰りたくないような事を散々考えていたけど、惨劇を経験した後だけに帰れると判ると現金なもので帰りたくなるもんだ。

「ただし今夜を逃すと暫くは送ってやれない。奥の手もあるが効率が悪いうえに成功率はかなり低い。蘇生からまだ二日しか経ってなくて倦怠感も酷いだろうが今すぐにでも決めてくれ」

 一瞬だが帰れるんだと歓喜したものの…………。

「僕は帰りませんので、他の残った生徒たちを帰してあげてください」

 その答えに対してヴァルザスさんはと言うと。

「確認するが残ってどうする気だ? 恵まれた環境で育ったお前がどうやって暮らしていくんだ? 俺の援助を期待しているなら殴ってでも送り返すぞ」

 そんなことを言われた。寄生パラサイトする気はないけど、ここで生きていく為のイロハくらいは教えて欲しいものだ。

 だがここで違和感を覚えた。

 ヴァルザスさんは何故日本やまと帝国語を話してるんだ? 僕は刻印魔術カーブルで【通訳コミュニケート】が刻んでもらっている現地語で会話しても問題ないはずなんだけど…………。


「気が付いたようだな。【通訳コミュニケート】が使えない事に」

 表情の変化から考えを読まれたのだろうか? ヴァルザスさんに違和感の正体を当てられた。

「どうしてです?」

 何故使えなくなったのか確認せずにはいられなかった。

 それに対しての回答はこうだった。

「頸椎が折れた際に刻印カーブも破損した。生体情報から肉体は再生させたが破損した刻印カーブは復旧させられない…………。再刻印の必要性を感じなかったからそのままにしてただけだ」


 あっさりと異世界生活を送る上での根底を崩されてしまった。意思疎通が楽にできるからこそだったんだけどなぁ。


 ▲△▲△▲△▲△▲△▲


 とにかく急いでるからという理由でヴァルザスさんに肩を貸してもらって目的の部屋に連れてきてもらった。

いつき! 目が覚めたのか。ちょっと聞いてくれよ───」


 部屋に入り真っ先に話しかけてきたのが幼馴染の竜也りゅうやである。まだ蘇生から二日ほどで魂の定着も完全ではないはずだから倦怠感が酷いはずなのだけどやたらと元気だ。これだから体力チート男は…………。

 その竜也の話を要約すると…………。


 ヴァルザスさんが【次元門ディメンジョン・ゲート】という魔術を既に展開させていて、元の世界に帰還できるから帰ろうって話になったのに和花のどかが絶対に帰らないと頑なに拒否をするから説得してくれとの事だった。


 当の和花のどかは大変不機嫌そうな表情で床に座り込んでいる。彼女は機嫌が悪くなると意固地になって全く言う事を聞かなくなる。対策としてはほとぼりが冷めるまで放置する事で彼女が冷静になるのを待つのが幼い事から付き合いのある僕の意見だ。構えば余計に拗れるし竜也りゅうやには申し訳ないけど後回しにしよう。


「あれ?他の面子は?」

 部屋を見回してもヴァルザスさんの他に僕と竜也りゅうや和花のどかの他には名前も知らない上級生の女子と、ここにいないはずの男子が居るだけだ。残り六人はもうすでに帰還したという事になるのか。そのここに居ないはずの奴がこちらに近寄ってきた。

「よーいつき。まさかこんなにあっさり夢の異世界に来れるとは驚きだな」

 そう話しかけてきたのは僕と同じく古典ラノベをこよなく愛する同志にして元武家の嫡男である隣のクラスのすめらぎ健司けんじだ。最初の五二人には居なかったはずなのだが…………。


いつき。すまないがそいつも説得して追い返してくれ。【次元門ディメンジョン・ゲート】を繋げて生徒を送り返してたら逆に向こうから乗り込んできやがった」

 後ろに居るヴァルザスさんがそんな事を言う。

健司けんじ…………。何やってんだよ」

「聞いてくれよ。新学年になって早々にさぼ、…………風邪で寝込んで学校休んでたらみんな神隠しにあったってニュースになっててよ————」


 今サボったって言いそうになったな。その健司けんじの無駄に長い話を要約すると、マスコミ攻勢と本土の野次馬と防衛軍が入り込んできて島中が人で溢れ返っている。インタビューしようと二四時間監視されたり敷地内に不法侵入されたりで凄い事になっていて逃げるように学校へ来てみたら、地面に描かれた丸い銀鏡面から人が出てきたので、隙を見計らって飛び込んできたらしい。急がないと他の好奇心旺盛な人も来ちゃうかもしれんねとの事だった。だからヴァルザスさんがは焦ってるのか。


「そろそろ効果時間が切れて帰れなくなるからとっとと中に入れ」

 少しイラついたような口調でヴァルザスさんが動き出した。まず上級生の女子を床に浮かんだ円形の銀鏡面に放り込んだ。名も知らぬ上級生は悲鳴をあげつつ銀鏡面に沈み込んでいき消えていった。

「さて、あとはお前らだけだ。投げ込まれるか自分で入るか選ばせてやる」

 そろそろ効果が切れそうなのか銀鏡面が揺らぎ始めた。


和花のどかいい加減にしろよ!帰るぞ!」

 竜也りゅうや和花のどかの手を掴んで力づくで立ち上がらせると引き摺るように銀鏡面へと歩いていく。自らが先に銀鏡面と入り力任せに和花のどかを引っ張り込むつもりだったようだが、

「いやっ!」

 かなり強い拒絶の声とともに必死に抵抗した結果、

和花のどか…………なんで───」

 不意の事に事態が呑み込めないといった表情かお竜也りゅうやだけが銀鏡面の中へと沈んでいった。


 運がいいのか悪いのかそれで時間切れとなり床に貼られた銀鏡面が消えた。これで残った三人は当面は帰還できなくなったわけだ。


和花のどか。良かったの?」

 気怠そうに座り込んでいる和花のどかに確認を取ってみたが首を縦に振り、

「うん。これで良かったの」と呟くだけだった。

 これは暫く何も話してくれなさそうだと諦めて今後について考えていこう。


「お前らこれからどうするつもりだ? 言っておくがこっちの世界は優しくないぞ」

 半ば呆れつつと言った感じでヴァルザスさんはそう言ってくる。

 優しくないのは承知している。早々に洗礼を受けたからね。

 こちらとしては働きつつ基本的な事を学ばせてもらうしか選択肢はないかな?

「基本的な事だけでも学ばせてください。生活にかかる費用は働いて返します」

 僕のその返事に続いて健司が、

「何でもしますんで俺もお願いします」

 と言った瞬間にヴァルザスさんの表情が変わった。

 自らの腰袋ベルトポーチから赤い球を取り出し健司に握らせる。

「例えばだが、ある町に行ってそれを握ったまま特定の合言葉コマンドワードを唱えろと言ったらやれるか?」

 ヴァルザスさんの目は真剣だ。冗談の類ではなさそうだ。

「唱えたらどういう結果になるんです?」

 健司は恐る恐るといった感じで確認をとる。

「それを聞いてどうする。なんでもするんだろ? その結果がどうなろうと関係はない。俺が聞いているのはやるのかやらないのかだ」

 なんかヴァルザスさんらしくないんだけど、うちに食客としていた時期はキャラ作っていたんだろうか?


「…………わかりました。俺、やります」

 悩んだ挙句に健司はそう言った。

 その途端ヴァルザスさんは笑い出し、ひとしきり笑った後に健司に持たせていた赤い球を取り上げて

「いやーすまんすまん。試すような事をして悪かったな。基本的に俺らの世界の住人と考え方が違うな…………まずはそこから教育しようか」


「「え?」」

 多分だが僕も健司も呆けていたと思う。

「お前さんらの国だと空気を読むとか本音と建前があったりするが、こっちだと何でもしますなんて言ったらそれこそ鉄砲玉になってこいとか言われるぞ。変な遠慮や建前は不要だ。覚えておくといい」

 そう言って部屋を出ていこうとするヴァルザスさんだったが、扉の前で立ち止まり振り返ってこう言った。

「明日の昼前にこっちの仕事が片付くんで、そしたらお前たち三人の適性を調べて、今後の希望なども確認するからよく考えておくように」


 ヴァルザスさんが出て行ったのを確認して健司けんじが肩の力を抜く。

本気マジで鉄砲玉にされるかと思ったわ」

 健司けんじがそう言うのも解る。僕自身も同じことを思ってた。

「でも何にしても当面は一安心かな?」

「そうだな」

 健司けんじと頷きあう。

「そうだ。情報の共有しようぜ。いつき…………何があったか説明してくれよ」

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