第3話 裏切り

 あれから三日経過した。

 ようやく僕らも自力で食事をとったりできるようになった。昨日まではトイレとか聖職者クレリックさんたちの付き添い介護が必須だったから解放感もある。


 この三日間は僕にとって、この世界の情報収集に良い時間だったと言える。

 ただ自称マリアベルデさんとはあまり話す機会が得られなかった。その代わり赤肌鬼ゴブリン討伐で来ていた冒険者エーベンターリア一行と話す機会を得た。

 ただそこで得られた冒険者エーベンターリアという職業にはやや失望感があった。


 曰く、まず体力、次に体力、その次に根性が必須。

 曰く、極潰しの最終就職先。

 曰く、男臭い職種で意外にお金が溜まらない。

 曰く、一部の市民からの認識は犯罪者予備軍。

 曰く、五年続けられれば立派。

 曰く、利用する便利じゃん感覚で消耗品感覚で扱われる。

 曰く、仕事の中身は多岐にわたるが、ろくでもない仕事ばかり。

 曰く、運が良ければ英雄に祭り上げられる。

 曰く、運が良ければ一発逆転。

 曰く、運よく十年くらい続いたら開拓村で嫁付き警備員しながら農夫で余生を過ごせる…………かも。


 そんな感じの内容だった。後は自己研鑽の出来ない者は長く務まらないとも言われた。

 多くの冒険者エーベンターリアが一発逆転やら英雄を目指しているのは間違いないが、冒険者エーベンターリア組合ギルドに登録している冒険者エーベンターリアの総数は五百万人程いておいしい話は大抵は高階梯ランク冒険者エーベンターリアが持っていく。

 話を聞かせてくれた冒険者エーベンターリアたちも既に三十歳近くて引退を考えているらしい。

 男臭い職場と言われるとおりに女性冒険者エーベンターリアは一割ほどしか居ないらしい。

 魔法使いスペル・キャスターと呼ばれる者たちも冒険者エーベンターリア全体の二割ほどしかいないそうで、魔術師メイジに至っては生活魔術師ユーズアル・メイジ程度でさえ重宝されるらしい。


 稀にではあるが僕らのように強制召喚に巻き込まれたものの何らかの理由で本来呼び出される場所から弾かれた者がいるという。言語などが通じない事もあり立ち回りに気を付けないと奴隷堕ちの未来しかないので気を付けろよと忠告された。


 その日の夜は、僕が集めた情報を生徒会長の藤堂さんの口から告げられた。

 皆のざわめきを眺めつつこれからどうしたものかと思案していると————。

「また考え事?」

 そう言って話しかけてきたのは和花のどかだった。

「うん。これからの事をね…………考えていたんだ」

「私は帰れなくて良かったかなと思ってるんだ…………」

 そう言いながら和花のどかは僕の隣に腰を下ろす。気のせいか妙に密着してくる。

「なんでまた?どうみてもこっちの世界の方が生きにくいと思うよ」

 僕の方に顔を寄せ、

「顔も知らない男と結婚して子供を産まされる義務から解放されるんだよ。最高じゃない。いつきくんは違うの?」

 そのささやきは僕自身も常に思っていたことだ。武家という特権階級は色々都合がいい反面で唯一そこだけが不満だと考えていた。三人程子供が出来れば、体裁もあって離婚は出来ないけど好きな人と恋愛するもお咎めなしだし、二等市民一般市民の美女を集めて酒池肉林な事も許されるんだけど僕はどうもそれが納得できないのだ。

 特権を享受し義務をこなさないで二等市民一般市民に落ちるという選択もあるのだが、風当たりが強い。

 ちょっと話を変えることにした。

「そういえば竜也りゅうやは戻りたがっているんでしょ?」

「さぁ?」

 竜也りゅうや和花のどかは付き合っているはずなんだが妙な反応だ。

「そもそも私たちは仮面夫婦ならぬ仮面カップルだし」

 和花のどかはサラリと衝撃的な事をいい放った。

「え! なんで?」

「なんでって…………誰かさんが竜也りゅうやは将来有望だから付き合っちゃいなよって散々後押ししたからだけど?」

 そう言ってジロリと僕を睨む。

 はい。竜也りゅうやの熱意に負けて後押ししたのは僕です。

「やっぱり何もわかってないんだ…………」

 そういうと和花のどかは立ち上がり女子の輪へと歩いて行った。

 何のことだ?


 ▲△▲△▲△▲△▲△▲


 更に五日が経過した。

 自称マリアベルデさんは何かから逃げるように慌てて去っていき、事後処理の終わった冒険者エーベンターリアたちや聖職者クレリックたちも去っていった。

 僕ら45人はと言えば幾人かが片言ではあるが現地語を体得し、身振り手振りを交えればなんとかなりそうな状態であった。

 食料や水などは僕や竜也りゅうやの【時空収納インベントリ】から取り出して供与した。まだ二週間は暮らせるはずだ。

 井戸水があったのだが、初日に何人かがお腹を壊してしまい基本的には飲料水としては使っていない。

 上級生たちが中心となって今後どうするかを会議しているが僕らは参加していない。


 古典ラノベをこよなく愛する同志たちは、

「|われらの女神マリアベルデが去ってしまって絶望しかない」とか「今度こそ何かに目覚めているはずだ」とか「彼女にはバブみを感じた」とかの話で盛り上がっている。


 竜也りゅうやはと言えば取り巻きの男女と何やら盛り上がっているが内容までは聞こえない。時々取り巻きが僕の方を見ている気がするんだけど自意識過剰なのだろうか?

 ここ数日で思ったのは僕はなぜ竜也を無二の親友と思っていたのだろうか? という事だ。少なくても集団転移前は親友だと胸を張って言えたはずだが、今はなぜか疑問形だ。やはり和花のどかの仮面カップル発言だろうか?


 和花のどかもあれ以来殆んど女子の輪に混ざったきりで会話していない。時々目が合うけど逸らされてしまう。三人でつるんでいた時が懐かしい。


 僕は一人今後の活動方針をあれこれと検討していた。

 武家の中でも上位の格式の家に生まれた僕には遺伝子情報から算出された最も最適な婚約者が既にいる。和花のどかには言っていないが既に顔合わせも行っている。一学年下のやや格式の低い家柄の娘だ。ここには居ない彼女の事が急に気になり始めているのだ。

 似非えせ深窓の令嬢の和花のどかと違って本物の深窓の令嬢って雰囲気の彼女にはこの世界は辛いだろうから見つけ出して元の世界へ戻してやりたいとか考え始めている。

 帰還方法自体は分かっている。

次元門ディメンジョン・ゲート】という魔法があれば帰れる訳だから使い手を探せばいい。

 実際にヴァルザスさんもその魔法で異次元の壁を越えてるわけだし。

 問題は使い手がどれくらい居るのかが判らない事だ。使い手は大都市なら居そうな気もするし無料タダでは魔法を使ってくれるとは思えないからお金か珍しいものが必要かな? 会話は【通訳コミュニケート】の刻印魔術カーブルで済ませられるし、食料は【時空収納インベントリ】に入ってる分で賄えるだろう。

 軍資金に関しては【時空収納インベントリ】に入っている元の世界の物品が売れればラッキーかな。ただこちらの世界の文明レベルは思ったほど低くないようで一度町に出てみないと最終的には分からないだろう。


 こっちに残るつもりの和花のどかを誘い出したいけどタイミングが合わない。最悪一人で決行かな。

「行くなら早い方がいいし、決行は今夜かな」

 そう呟いてしまった。


 幸いなことに古典ラノベ好きの同志たちには聞こえていなかったようだ。



 ▲△▲△▲△▲△▲△▲


「さて、そろそろかな?」

 生徒会長から明日中に仕度を整えて町に向けて出発するとの発表に何やら盛り上がっていたが夜半を過ぎるころには皆が寝静まり僕は赤肌鬼ゴブリンの襲撃で住人が居なくなった開拓村の家屋からコッソリと抜け出す。何に襲われるかわからないので念の為に【時空収納インベントリ】から木刀を取り出し周囲を警戒しつつ夜空に浮かぶ二つの月明かりを頼りに家屋から離れる。

 不意に不穏な気配を感じて振り返って木刀でソレを受けた。


「な、なんで…………」

 月明かりに照らされたその人物は、名前は憶えていないが12年高校三年生だ。まさか上級生に襲撃されるとは想定していなかった。

「すまないが俺たちのために死んでくれ!」

 鍔迫り合いのような状態で力比べが続く。名も知らぬ上級生の得物は村の周囲を覆っていた柵に使っていた木材だ。長さも太さもこちらの得物より大きい。そのうえ体格も膂力も相手が上では話にもならない。

 一瞬力を抜き相手の攻撃をなしてバランスを失い無防備になった胴を薙いだ。


 運よく一撃で倒れたようで起き上がる気配はなかった。そこで気が付いた。

「なんだ…………これ…………」


 最初は気が付かなかったが裸の男女が倒れている。共に頭部を鈍器で一撃のようで二人とも大きく陥没している。だがそれより驚いたのは明らかに身包み剥いだような形跡が————。


ガツッ


首元への激しい痛みとともに僕の意識は薄れていって、最後に「すまない」と聞こえた気がするが…………。




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