第1話 運命の歯車が回り始める

 日本やまと帝国と呼ばれる海洋国家の弓状列島がある。帝都直轄領である伊豆諸島の大島にその学園は存在する。島の住人を追い出し幼稚舎から大学院までを含む学園都市に魔改造された島だ。

 そこは武家と呼ばれる特権階級の子弟や優秀な二等市民一般市民に無償で高等教育を施す施設がある。中等部までは通学便と呼ばれる小型ジェットで通っていたが高校からは全寮制となるのである。


 事件のあった日は快晴で一〇年高校一年生へと進級して最初の全校集会の日だった。

 30分を超える学園長の長すぎる挨拶に皆が集中力を欠いていた時だった。突然地面が銀色に輝き次々と生徒たちが地面に沈んでいくのである。僕は、いや僕と離れた場所に居る和花のどか竜也りゅうやだけがこれが何かを瞬時に理解した。

 だが他の生徒たちが吸い込まれていくのを眺める事しかできなかった。強制召喚のこと自体は古書でライトノベルと呼ばれたジャンルに異世界召喚モノがあったし読んでいたので来ちゃったかぁ~くらいの軽い認識でしかなかった。


 落下しているのか浮いているだけなのかわからない中で僕は自衛することにした。

 強制召喚に巻き込まれたら余程の強者か幸運の持ち主でもない限りは回避の手段はないと昔に聞いている。ただ召喚主は召喚した者を従わせるために精神的に服従などの魔法を施すのでそれだけは抗わなければならない。

 そう考えていたら何かが僕の精神に干渉してきた。とにかく強く拒絶しろと教えられていたので拒絶した。どれくらい拒絶していたかは分からないけど身を縛るような拘束感が霧散し気が付いたら地面に倒れていた。


 起き上がり制服についた土を払い周囲を見回すと、僕のほかにも生徒たちが結構いるようだ。おおよそ五〇人くらいだろうか?

 周囲の風景は畑と土壁に藁ぶき屋根の家屋が三〇戸ほどが点在している。周囲は北と思しき方角に深い森がある。他の方角は多少の起伏はあるものの平野と言ってよさそうである。太陽の位置が違う事から時間もずれているのではと推測する。あと酸素濃度が違うのか少し息苦しい気がする。気のせいだと思いたい。


 この寂れた農村の広場のようなところで年配の男性と生徒会長である藤堂とうどうさんが言い合っているが話が通じていない。生徒会長は数か国語を話せるのが自慢の人だったが、アメリカイギリスドイツフランス中華帝国ロシア帝国イタリアオランダ西スペインと駆使しているが通じていない。

 当たり前の話である。

 ここは間違いなく異世界なのだから。

 遠巻きに見ている村人達を見ているとわかるが人種が明らかに日本やまと帝国人ではないし西洋人にも東洋系にも見えない。


 昨年まで食客で滞在していた異世界人の偉丈夫が僕に対して念の為にと【通訳コミュニケート】という刻印魔術カーブルを施していなければ詰んでいただろう。

 僕には初老の男性が何を言っているか理解できる。初老の男性はこの開拓村の村長を務めている人であり彼は僕らが何処の誰で目的は何かと訪ねている。村人は僕らの制服姿からどこかの地方の貴族の子弟達ではないかと脅えているのだ。確かに武家出身の者は貴族のようなものだから間違ってはいないだろうけど…………。


 面倒だなとは思ったけど、帰る手段も思いつかないし状況を理解できていない者も多いので仕方なく村長と交渉するために近寄っていく。

 生徒会長の藤堂とうどうさんに断りを入れてから村長に話しかける。もちろん日本やまと帝国語でだ。【通訳コミュニケート】の刻印魔術カーブルの効果でお互いの母国語での会話しているのにも関わらず意味が通じ合っている。五分とかからないうちに話はまとまった。


 要約すると、こちらの事情は理解出来たが貧しい村にて大勢に分けてやるような食料はない。更に大勢を寝泊まりさせる家屋もない。身体を休ませるのなら農作業の邪魔にならない場所ならどこでも構わない。食べ物は森に入れば何かしらあるし狩りをしても構わない、水は飲むだけなら井戸水を使うことを許可された。後の事は自分たちで何とかしろといった感じだった。


わかりきっていると思いますが、僕らは歓迎されていません」

 僕は振り返り藤堂とうどうさんにそう告げた。

「雰囲気でそんな気はしていたけど…………それ以前になんで会話が成立してるんだ?」

 そう言われるだろうと思ってざっくりと嘘を織り交ぜつつ僕の過去の事を伝える。

「こんな状況じゃなければ、頭の中身を疑うレベルの内容だな」

 そう言って藤堂とうどうさんは力なく笑う。

「僕も同じ立場ならこいつ頭大丈夫か?と心配しますよ」

 そう言って僕も笑う。そして当面は僕が窓口として現地人と交渉することを命じられる。

 生徒会長の指示で村はずれの空き地に集合し点呼を取ったところ、52名がこの場所に飛ばされたことが分かった。教職員はらず、下は七年中学一年生から上は十二年高校三年生までだ。救いなのは初等部や幼稚舎の子達がいない事だろう。こんな状況で幼子の面倒を見る余裕は僕らにはない。

 召喚前のそれぞれの配置もバラバラだったところを見ると僕らは強制召喚に対して中途半端に抵抗して弾かれたのではないかと推測する。


 僕にとって幸運だったのは、藤堂とうどうさんとは家同士の繋がりでそれなりに面識がある事、それと————。


「飛ばされた先にいつき君が居るのはラッキーだったのかな?」

 そう声をかけてきたのは幼馴染で幼稚舎からの付き合いがある小鳥遊たかなし和花のどかだ。

 黙って立っていれば深窓の令嬢風味で胸部装甲が慎ましいという欠点を除けば学園でもトップレベルの黒髪のセミロングの美少女だ。性格の方は令嬢とはかなりかけ離れているけどね。親同士は政敵であるが同じ歳で末っ子同士の僕らはそんな家同士の関係とか気にせずに仲がいい。


「まさか俺らが異世界に来るとは思ってもみなかったな」

 そう言って近づいてきて和花のどかの隣に立った身長一八〇を超える体躯にさわやかマスクのイケメンの男である六道りくどう竜也りゅうやだ。


 他にも高屋たかや家の末席にある桐生きりゅうかおるという九年中学三年生の男の娘…………って言うと怒られるが学園の非公式美少女ランキング三位に位置する細身の美少女顔の男の子とその妹で七年中学一年生の瑞穂みずほがこの集団に混ざっていて、親しい者が多いのも心強い。他の生徒はというと見知った者同士で固まってはいるが現実を受け入れられない者も多い。中には「俺の異能チートは何かな?」などとある意味現実逃避している者もいる。


 ▲△▲△▲△▲△▲△▲


 日が傾いてきて空腹を訴え始める者が出始めてから問題が出始めてきた。水に関しては飲料水として井戸から汲み上げる分には構わないと話はついたとはいえ果たしてそのまま飲んで大丈夫なのだろうか? それでも飲んだ。そして食料はどうにもならなかった。空腹を我慢しながら一夜を何とか明かしたら問題が発生していた。お風呂に入りたいと駄々をこねだした女生徒や森の中でトイレとか無理と喚くものが出始めていたが問題はまだ肌寒く何人か生徒が風邪をひいた事だ。さらに数人の生徒が居なくなっているのである。最初はトイレではなかろうかという意見をもとに森へと足を踏み入れて三時間ほど探してみたのだが姿形も見えない。


 他の人は余裕がないのか気が付いていない様だが、昨日の村長の後ろから様子を窺っていた若い村人が数人減っている。それに馬と荷車キャリオールがない。村長にそれとなく質問すると収穫物を売りに行ったとの事だが、畑の状態から推測するに昨日までに収穫があったとも思えない。また昨日に荷車キャリオールには荷は積んでいなかった。

 どこかに収穫物をしまっていたと考えることも可能ではあるが…………。


 そして昼近くになり点呼を取り居なくなった者が判明した。

 男一名、女六名が行方不明だった。その中にはかおる瑞穂みずほが居た。


 皆がざわめく中でこっそり生徒会長に自分の考えを打ち明けることにした。

 行方の分からない女生徒は全員がそれなりの容姿の優れた七年中学一年生か十一年高校二年生あること。

 男はかおるなんで女子と間違われたのではないかという事。

 昨夜まであった空の荷車キャリオール荷馬ヘスターがなくなっていること。

 村人のうち若い男が数人見当たらない事。

 村長は収穫物を売りに行ったと回答があったけど、昨夜は荷車キャリオールは空だったし、畑なども収穫があった形跡がない事。

 ほとんどの者が会話が成立しない事をいいことに誘拐されて売り払われたのではないか?


高屋たかやはその話を誰かにしたか?」

「いいえ」

「なら、とりあえずその話は皆には内緒だ。余計混乱するからね」

 藤堂とうどうさんにこの件に関しては口止めされた。僕と藤堂とうどうさんはある予想を立てた。そしてそれは間違っていなかったんではないかという結果が待っていた。


 ▲△▲△▲△▲△▲△▲


 村はずれの広場では焚火を囲う生徒たちの機嫌の良い話し声が飛び交っている。村から薪と食料が提供されたのだ。食事の内容は葉野菜と根野菜と何かの肉が入った薄味のスープと黒パンにチーズだった。満腹感と温かさで気が緩み始めている。


「同胞を売った金で食わせてもらった飯はそんなに美味いもんかねぇ」

 そう呟かずにはいられなかった。

いつき。それってマジなのかよ」

 近くに居て僕の呟きを耳にした竜也りゅうやがこちらに身を乗り出してきて聞いてきたのを押しとどめて一瞬思案したけど切り出すことにした。


「今日一日ずっと村を回ってて思ったけど、間違いないと思うよ。この村にこんな大人数に食糧を供給する余力はない。ほら、あの人…………ヴァルザスさんも言ってただろ。人間という種が蔓延っている世界は細部は異なってもわりと似たような文化形態や思考形態の世界が多いって。だから大きく外れてはいないと思う」

「あーヴァルザスさんがそんなこと言っていたな」

 どうやら竜也りゅうやにも理解してもらえたようだ。頭を寄せてきて小声でそう言った。


「ならそれを皆に伝えるの?」

 和花のどかもそういって頭を寄せてきた。

「いや、藤堂とうどうさんには相談したけど他の人には内緒にする。いらぬ混乱を招くだけだからね」

「俺らでこの村を制圧できないか? 金も食料もあるしその方が楽だろ?」

 僕の答えに竜也りゅうやが過激な意見を述べるが、それは難しいと推測する。村人の総数は八〇人ほどで老人や子供も多いが問題は————。

「若い人の中に多分だけど…………荒事に強そうな人たちが混ざってる」

「マジかよ。いつきが頑張ればれる?」

 竜也りゅうやが不穏な事を言っているが、僕らの住んでいた日本やまと帝国は永世中立国で七年中学一年生から十二年高校三年生まで授業の一環で軍事教練も含まれている。特に十年高校一年生以降は戦闘訓練もするので暴力で物事を解決する事に躊躇がないのであるなら可能性は低くない。

「難しいと思う。数人の荒事に強そうな人達だけど、体の動きを見るに結構手練れだ。足運びとか視線とかが結構すごい」

 ヴァルザスさんの話ではこちらの世界の冒険者はある程度お金を稼いだら開拓村などで自警団をしながら畑を開墾して余生を過ごす者が多いらしい。

いつきだって[高屋流剣術]の中伝まで修めてるんだしいけるっしょ」

 竜也りゅうやは分かっていないが、中伝を修めた者は防衛軍や警察に行けばそれなりにいるので自慢できる実力とは思えないし、そもそも殺し合いとかしたくはないんだけどなぁ。

竜也りゅうや。僕は————」


 村の反対側が急に騒がしくなった。怒号と悲鳴と剣撃が聞こえてくる。

通訳コミュニケート】の刻印魔術カーブルによって分かったことは…………。


 赤肌鬼ゴブリンの大群が森から襲撃してきた。

 数が多すぎて対処しきれない。

 そんな感じの内容だった。

「みんな何でもいいから武器になるものを取れ! 敵襲だ!」

 不穏な事態を察した藤堂とうどうさんが立ち上がりそう叫んだ。

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