#7-5

「瀬里さん、本当に強いですね」

「泉川は本当に良い奴だな。お前らも見習えよ、特に土田」

「あ、近山、俺はコーラが良い」

 通例になった、勝利祝いのファミレスで、ほめる颯大に瀬里先輩が満足そうにしている横で、そんな瀬里先輩の話を、土田くんは聞いていない。

 ――一年後、剣道部は部員とマネージャーがすこし増えて、公式戦にも出れるようになっていた。もちろん強豪校! とかではないのだけれど、このメンバーで試合に出られるようになって、みんなそれはそれで満足そうだ。瀬里先輩は、どうせいくなら上を目指せ、と言うけれど。でもそれも、瀬里先輩がいる間に、すこしでもその上、というものに、近づきたいな、と私もこっそり思っている。

「こころ、それこっち。俺だよ」

「はい」

 店員さんが持ってきてくれた料理に手を出す土田くんに、私がその料理を土田くんの目の前に置く。「ありがと」と土田くんが上機嫌にいうのを見て、颯大が嫌そうな顔をする。

「近山さん、三月がこころに手を出さないように見張るって約束したのに」

「いや、あまりにも自然だから、見張りも出来なくてさ」

「よくいうよ。お前とお前の姉ちゃんが俺に――」

 「はい、三月、コーラ」と、土田くんの言葉を颯大がさえぎる。手渡されたその空のコップに、「ちょっと待て。颯大、これ中身ないんだけど」と土田くんがさすがに嫌な顔をする。「あ、間違えた。ごめん、わざとじゃないよ」と颯大がにやりと笑う。

「これだからこいつは……瀬里先輩、一応言っときますけど、こいつは策士ですからね」

「策士だろうがなんでもいいんだよ。目上を敬えるのは良いことだろ」

 土田くんの言葉を、今度は瀬里先輩が聞き流す。それを見ていた沖島くんが、ほかの後輩との話の途中で、こちらの会話に笑って参加する。「颯大は良いやつじゃん。もっとやっていいからな? 颯大」

「俺の味方はいないのかよ」

「部長が味方だろ。空田ちゃんは俺らの味方だけど」

「え? うーん、そうだね、もっとからかっていいよ、颯大」

 「よし、多数決で決まり。民主主義だから仕方ないよな、三月」と颯大も私たちの悪ふざけにさらに乗ってくる。そこで場はぱっと笑いに包まれ、土田くんが私にだけ聞こえる声で「あとで覚えてろよ、こころ」とつぶやく。

「なにを覚えておけばいいの?」

「わかって聞いてるな、お前」

 一年でだいぶ伸びた私の茶髪の一束をぴんと指で弾いて、土田くんは拗ねたように言う。それに反応したのは沖島くんだ。「あー、俺も彼女が欲しいな」

「とっかえひっかえをやめろ、まず」

「とっかえひっかえはしてないでしょ! 大体、瀬里先輩もちゃっかり彼女できてるし」

「俺は周りが放っておかないだけ」

 沖島くんのつぶやきから、瀬里先輩の彼女の話になって、それから沖島くんは頬杖をつく。「はあ……、本当に、剣道部にいると俺が目立たなくて嫌になる」

 沖島くんは、あの一年前のあの日のあとに、突然髪を黒く染めなおした。いまとなってはもう立派な地毛で、金髪でない彼は、前より親しみやすいというか、爽やかで可愛いタイプに見えるのだ。「前もめちゃくちゃモテてたけどさ、正直いまのほうがモテてるかも」という沖島くんは、その言葉が本当にその通りなんだろうと思うほど、いつも女の子に囲まれている。

「俺がいるんだから、お前が目立たないのは当然だろ」

「ちょ、ほんとそういうところですよ、瀬里先輩」

「ふふ」

 瀬里先輩と沖島くんの話を聞いてると、すごく面白いなといつも思う。二人の会話にくすくす笑っていた私に、土田くんがテーブルの下でそっと手をつないでくる。

「空田先輩、ジュースきましたよー」

「ありがと」

 マネージャーの一人に声をかけられ、私はぱっとその手を放してしまったけれど、なんだか名残惜しくて、ジュースを渡し終えてから今度はこちらから土田くんと手をつなぐ。彼は私が放した瞬間ちょっと不機嫌そうにこちらをちらっと見たのに、私からつないだ後は上機嫌そうにほかの人と話していた。


 ――こういう風に、自分が旭ちゃん以外の人の横で、笑ってる未来があるなんて、考えたこともなかった。

 私はずっと、旭ちゃん一人がいいと思っていた。友達は旭ちゃん一人で、周りの男の子たちは、みんな外見ばかりしか見ていないと決めつけて、殻にこもっていたのに。それを打ち破ってくれたのはきっと旭ちゃんで、手を引いてくれたのは剣道部のみんななのだ。

 ――ありがとう、と思う気持ちが大きすぎて、なにも言葉にできないけれど。

 何年経っても、どんなに形を変えても、この楽しい世界が続くことを、私は本気で信じている。

 ――この世界がずっと、続けばいいと思うのだ!

(そらいろこころ/完)

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そらいろこころ なづ @aohi31

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