#7-4
◆
「みつき、こころの騎士になってよ」
「は? なに、キシって」
――あれは、小学生の頃だっただろうか。
剣道教室に通う弟を迎えに来ていた、同級生の、泉川旭とかいう女の子。男勝りで、いかにも男ばかりとつるんでそうなタイプなのに、彼女はどうも男友達より、こころとかいう女の友達を一等大事にしているらしかった。こころがね、こころがね、というものだから、その顔よりもその名前のほうを覚えてしまっていた俺は、またこころか、と思っていただけだったのに。
騎士、というのは、そのときよく意味がわからなかった。ゲームとか、アニメの中で、そういうものがあるのは知っていた。でも俺はそういったものに触れる機会が、本当に少なくて。ファンタジー、というものも、興味はあっても、学校の図書館で借りる本に、ちょっと出てくるくらいの認識しかなかった。
だから、わからなかったのだ。旭のいう言葉の意味が。こころを守って、という、彼女なりのお願いだったのだと、いまならやっとわかるけれど。
「よくわかんないこというなよな」
そういってそっぽを向いてしまったけれど、いまの俺なら、全く違う言葉を返すのだろう。
「あとでファミレス集合な。メールするから」と近山くんが笑って手を振る。
「土田、あとでしめるからな!」
沖島くんの声を最後に、土田くんにぐいぐい引っ張られて、あまり人気のないところに連れて行かれる。なんだろう、と思いながら腕をひかれるままついていくと、土田くんはやっと足を止めて、こちらを向いた。「なあ」と私を呼ぶけれど、その顔は夕日の逆光であまりよく見えない。
「どうしたの?」
「……沖島に、その。……いや、なんでもない」
「うん?」
私が問い返すと、土田くんは片頬を押さえて顔を背ける。夕日の光が薄らいで、一瞬、その顔が見たことないくらい、照れているように見えた。
「勝って浮かれてるわけじゃないから。どちらかというと、……とられないように、必死っていうか」
「うん……?」
「――あのさ」と土田くんは、足を踏みしめた。じゃり、と道端の小石が踏まれて鳴る。
「すきだ」
――瞬間、なにも考えられなかった。目を丸くしたまま、私は無言で固まってしまう。「……あー」と土田くんが言葉じゃないような声を出して、それから、「でも、無理は言わない。俺もこんなだしさ、俺はまあ……」
「空田を守るとかさ、たいそうなこと言わないし、言おうとも思わない。でも、……ごめん。やっぱ、付き合ってほしい」
「……ふふ」
なんで、笑いがでるんだろう。土田くんが、「ごめん」とか、「やっぱり」とかいうからだ。「なんなの、それ」とくすくす笑えば、土田くんも一緒にちょっと笑う。
「……うん。いいよ」
――初めて誰かの告白を、受け入れてみたくなった。
――土田くんの言葉なら信じられる気がするのは、なんでだろう。ああそうか、とぼんやり思う。そうか、私も土田くんが好きなんだ。きっと、土田くんと同じような間を、同じように好きだったんだ!
「……沖島には、なんて答えたの」
「沖島くん?」
「あいつ、空田に……違うならいいか。まあいいや。今度じっくり聞くわ」
土田くんがなにを聞こうとしたのかわかっていながら、私は知らないふりをする。「ファミレスどうするって? メールきた?」と聞き流せば、土田くんは「うん? いや、まだみたいだな」と自分のスマホを取り出して、通知を確認していた。
「初勝利! お祝いしなきゃね」
「ふたりでもしような。楽しみにしてるわ」
「……ほんと、慣れてる」
「なんなんだよ、その慣れてるって」と土田くんがむっとしたのが、表情でわかった。私は目をそらし、「さあね」と言う。
「めちゃくちゃ緊張してるんだぞ、これでも」
土田くんが小さくつぶやいたけれど、あまり聞こえなくって、振り向いて「なに?」と問い返す。土田くんは笑って、「なんでもない」と、今度はいつもの声で言った。
「俺さ、母さんに捨てられたみたいなもんだって、言ったじゃん。でもあの話のあともさ、空田はかわいそうとかって顔しなかったんだよな。近山とのことを言ったときも、あいつと喧嘩したときもそうだったけど、お前ってほんと、バカ真面目でさ。すげえ自分のことみたいに、人の事考えんだよな。そこがすげえなって、思ってたわけ」
「なんかそういわれると、めちゃくちゃいい子みたいに聞こえてやだ」
バスの中で、二人並んで一番後ろの座席に座って、そんな話をする。照れるとか、恥ずかしいとか、そういうのもたしかにあるんだけれど、その土田くんの言い方だと、なんだか私じゃないみたいな気がする。「やだってなに。良いやつだって言ってんだよ、俺は」
「旭ちゃんも、私のこといい子だって、言ってくれてたよ。でもなんか、信じられなくて」
「じゃあこれからさ、嫌ってほど、俺が空田に認めさせるから」
――認められたら、もっと自分を好きになれるかな。
でも、本当は私も、少しだけ気づいてきている。自分のことを百パーセント信じているとか、そういう風にはいつまで経ってもなれないだろうけれど、私は、これから先、自分のことをすこしだけ好きになれそうな気がしているんだ。それはきっと、旭ちゃんが広げてくれたこの場所に、土田くんがいるからで、そこにはもちろん、沖島くんも、近山くんも、瀬里先輩も……颯大もいるからで……。
――だから、いまはそれでいいかなって、思うんだ。
「土田くん、ありがと」
「うん? なんだよ、突然」
私がなんだかたまらない気持ちになって、つい、そんな言葉が口からこぼれる。土田くんは一瞬不思議そうな顔をしたけれど、すぐにくしゃくしゃの笑顔になって、「ほんと、かわいいよな、お前」と私の手に自分の指を絡めた。
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