#7-3
私が戻ると、土田くんの試合は終わってしまっていた。どちらが勝ったのかを見れば、土田くんは負けてしまったようだ。それでも彼の試合を見たかったな、と思うのと同時に、沖島くんのことも考えてしまう。
私は、どうしてあのとき、ほっとしてしまったのだろう。
きっと、沖島くんは……こんなこと考えて、違ったらすごく恥ずかしいけど……私に、別の話をしようとしてたんじゃないかな、と思ってしまうのだ。それが、いままでの男の子たちとおなじようなもので……あの真剣な目は、何度も見たから……違ったらごめんね、沖島くん、と私は口元をそっと押さえる。
――でも、沖島くんだからこそ、受け入れてはいけないし、きっと彼がそうしたいと思わなかったから、あんな風な言葉で、私を逃がしてくれたんだろう。
――それって、こんなに……苦しいんだ。
――だから、私も知らないふりをする。沖島くんが選んでくれたものを、私が意識してしまったら、沖島くんのことをないがしろにしたということになるでしょう?
そんなことをぐるぐる考えているとき、床につけていた手の小指に、ふと土田くんの指が触れた。ただの偶然で、土田くんは気が付いていないのか、そのままの体制で彼は近山くんの試合を見ている。その指をぴんと軽く叩く。彼はこちらを見たりせず、そのまま試合を見ながら、手は正座している膝の上に戻っていった。
次は副将戦だ。これに近山くんが出て、最後に大将戦で瀬里先輩が出る。
ふたりはきっと、難なく勝てるだろう、という自信が沸くのは、なんでなんだろう。瀬里先輩はとても強いし、いつも勝つからだろうけれど……なんだか、近山くんからも、いつもと違う緊張よりも、楽しそうというのか、勝って戻ってきてくれそうな、そういう自信のようなものを感じるのだ。
近山くんの試合が始まる。それは惚れ惚れとするほど力強いもので、パワーで圧する――というのだろうか。完全に相手が圧されていて、近山くんも満足のいく試合ができたようだった。
大将戦で瀬里先輩がでると、にわかに道場に色が付いた気がした。このひとは本当に華やかなのだと、やっと私もそれに気が付く。瀬里先輩は機械のようだ――と思っていたけれど、正確で、容赦がなくて……本当に人柄がでるなと思う。
瀬里先輩は相手の弱いところや癖を見抜いて、突いていく。瀬里先輩は、鮮やかに面を取って勝った。「一本!」という審判の声に、私は大声を上げそうになる。
――勝ったんだ……!
「初勝利祝いでもするか? ファミレスでも寄る?」
近山くんが嬉しそうに、校門をくぐりながらいう。「俺は良いけど」と瀬里先輩があくびをかみ殺している横で、沖島くんが白い歯を見せていう。「右に同じ」
「ちょっと待って。……空田」
土田くんが、私の腕をそっと引っ張った。「え?」と私が驚くと、土田くんは「きて。すぐ戻る」と、前者は私に、後者はみんなに言って校門を先にくぐってしまった。
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